第4話 ソープ嬢「みなみ」
その時行ったお店というのは、昔からあるお店のようで、最初は、お店を決めていかなかった。
もちろん、
「どんな女の子がいるか?」
というのが楽しみの一つではあったので、最初から決めていくのは、嫌でもあった。
それでも、呼び込みに引っかかるのは嫌だったので、そういう風俗街には、必ず存在するという、
「無料案内所」
というところに顔を出したのだ。
そこでは、看板のようなものが、所せましとかかっていて、お店と、女の子の写真が、数人、宣伝用に掛けられている。
どうしても、昔から、
「看板に偽りがある」
というのが、当たり前のように言われていた。
特に、昔からあるもので、田舎道などにある、
「ビニ本などの自動販売機の表紙だけを見て買うと、中身は、似ても似つかぬ、おばさんが出てくる」
ということで、
「あれは、詐欺だわ」
とよく言われていたものだ。
それを思い出すと、
「風俗などで、出されるパネルというものは、写真を加工してきれいに見せている」
と言われるだけに、なかなか、パネルを見ても信じられない場合が多かったりする。
いわゆる、
「パネマジ」
と呼ばれるもので、正確には、
「パネルマジック」
というものだ。
その名の通り、
「写真を加工して、よく見せている」
という意味で、
「詐欺じゃないか?」
と言われているが、
実はこれに関しては、
「致し方がない」
と言われることもあった。
というのも、
「女の子にとって、こういう仕事をしていて、一番リアルに怖いと思っていること」
というのを考えると、
「しょうがない部分m多いのだろう」
と納得できるところもある。
というのは、女の子にとって、一番怖いのは、
「身バレ」
ということである。
つまりは、あまり写真などを、加工もせずにばらしてしまうと、本人が特定されてしまう。
「客がストーカーになる」
というのも怖いが、何よりも怖いというのは、
「家族や上司に、自分が、こういう仕事をしているのがバレる」
ということである。
親であれば、すぐに辞めさせられるということにもなりかねない。昔は、星人が二十歳だったので、二十歳未満の女の子は、親が、
「辞めろ」
と言えば、辞めなければならない。下手をすれば、親から店が訴えられかねないからである。
会社の上司であれば、今度は昼職を辞めなければいけなくなり、その分収入が減ったり、「卒業後の進路に、決定的な問題が起こってしまう」
ということになってしまうだろう。
それを考えると、身バレというのは、本当に女の子にとっては、大きな問題となるのであった。
だから、身バレに対しては、店側も結構注意をしているという。
お客さんが、待合室にいる時、マジックミラーで確認したり、防犯カメラを見せて女の子に確認させたり、店によっては、客に対して、
「防犯カメラの方を見てください」
といって、客に協力させることもある。
さらには、この間までの、
「世界的なパンデミック」
の影響で、
「マスク着用義務」
があったが、受付まではマスクをさせていても、待合室から先は、
「マスクを外してください」
と言われる。
もちろん、嬢と対面の時には、マスクを外すことになるので、別に待合室から外していてもいいのだが、そこからも、
「待合室では、客を女の子が確認する」
ということでの、
「身バレ防止」
が施されているということが分かるというものだ。
実際に、それで知り合いがいたりしたことで、その日の女の子が、
「仕事ができない」
ということにもなるかも知れない。
女の子としても、その日は、仕事をするつもりで、頑張って出てきているので、仕事ができないということは、その日一日の収入を考えると、その分がもらえないというのは、結構大きかったりする。
お金だけではなく、実際に、
「接客が好きだ」
という女の子で、その日、その客が、
「鍵開け」
だったりして、その後、ずっと予約が詰まっているなどということになると、まったく計画が狂ってしまうことになる。
それは、本人にとっても、お店にとっても、大きな問題ということになるだろう。
神崎は、最初から、そんなに詳しい話を知っていたわけではないが、最初についた女の子が、こういう話をするのが好きな子で、特に、
「私、童貞さんの筆おろし、結構多いんですよ。私も好きだし、男性の方が、私を選んでくれることもあるし、最初はそうだったんだけど、最近では、フリーで来た客を見て、受付の人が、童貞だと思うと、私を推薦してくれることが多くなったんですよ。私も、おかげで、童貞キラーとか言われて、その気になったというわけなのよ」
といって、彼女は、ニコニコ笑っている。
こういうお店では、もちろん、本名を名乗ることはなく、
「源氏名」
というもので、通っている。
彼女は、源氏名を、
「みなみ」
といい、みなみさんは、いろいろ教えてくれたのだった。
「私は、童貞に当たる率はそういう意味では多いんだけど、その人たちが、私のリピーターになってくれるかというと、微妙なんですよ」
という。
「どうしてなの?」
と聞くと、
「半分くらいのお客さんは、他の女の子とも遊んでみたいという人が多いのかな? だから私は、彼らにいろいろ教えてあげるんですよ。どうすれば女の子に好かれるか? もっといえば、嫌われないようにするにはどうすればいいかってね。意外と女の子って、相手がお客さんでも、好き嫌いがハッキリしている女の子も多いので、男性も慣れてくると、自分が、塩対応されているということに気付くことがあるの。だけど、どうして、そんな対応をされるのかってことが、よくわかっていない場合が多いのよね。そう思うと、結構大変だったりするようで、結局、いろいろな子に入っては、ずっと塩対応されるようになり、こういうお店では、皆そういう対応をすると思い込んで、次第に来なくなるという人も少なくないみたいなの、私は、できれば、それを防ぎたいと思っているのかな? だって、せっかく来てくれたんだから、仲良くなりたいし、リピーターになってほしいもの」
とみなみは、いうのだった。
みなみは、お店でも、ランカーと呼ばれていて、いつも予約でいっぱいということであった。
だからなのかも知れないが、必要以上に、
「リピーターになって」
というようなことは言わなかった。
逆に、
「他の女の子に入ってみるのも、いいわよ」
といってくれた。
「それじゃあ」
ということで、神崎は、他の女の子にも入った。
同じ店でも入ってみたし、他のお店の女の子にも入ってみた。しかし、相手はどんどん、劣化していくように思え、やはり、
「みなみが最高だ」
と感じたのだ。
しかし、神崎は、
「人間というのは、必ず飽きがくるものだ」
と感じていた。
だから、
「俺は、結婚というものをしたいとは思わない」
と感じたのだ。
もし、相手のことが好きになって結婚したとしても、恋愛期間とはまったく違う結婚生活しか待っていないと考えると、
「結婚生活のどこがいいというのだ?」
と思えば、
「寂しくなれば、風俗にくればいいではないか?」
ということもあって、風俗遊びをするようになったのだ。
もちろん、
「彼女がほしい」
と思ったり、
「好きになった女性と一緒にいたい」
という思いがないわけではないが、一度、一緒になってしまうと、簡単に離れることはできないと思うと、
「最初から、一緒になることをしなければ、いいのではないか?」
と思ったのだ。
だから、恋愛をしたことがないわけではない。相手が、結婚を迫ってくるような相手でなければ、それでいいと思っている。
今の時代は、女の子も、
「交際するということは、結婚ということではない」
ということを割り切っていて、
「恋愛と結婚は別だ」
とよく言われるが、結婚相手を探すわけではなく、
「一緒にいて、楽しい」
という人を探すだけである。
そういう意味では、女性にそういう考えの人は多いと思えるが、男性にはどうなのだろう?
やはり、昔ながらに、
「恋愛をすれば、結婚というものが待っている」
と考えるのは、男性の方が多いのかも知れない。
だから、
「すぐに飽きる」
というような考え方の男性は珍しいような気がするが、
「結果としては、その通りになるというのが、一般的ではないか?」
と考えるのであった。
確かに、飽き性なのは、女性よりも男性なのかも知れない。それは、
「男女の身体の違いから考えられるだろう」
というのも、男性には女性にはない、
「賢者モード」
というのが、存在するからだ。
「賢者モード」
というのは、男性は射精をする際に、絶頂を迎えたその後、虚脱感や、根拠のない、罪悪感のようなものに見舞われる時の状態をいう。
急に
「冷めてしまった」
というような態度になり、相手の女性に対しての、感情よりも、自分のことで精一杯になってしまうことをいう。
つまり、身体全体で虚脱感を感じてしまったことで、身体がだるかったり、億劫だったりして、倦怠感のようなものが襲ってくるということだ。
女性の場合には、そういう感情はない。
男性が、一度絶頂に達すると、しばらくは、
「放心状態」
であったり、
「賢者モード」
となって、何もできなくなるのに対して、女性の感情が消えることはなく、
「何度でも、絶頂を迎えることができる」
というものだ。
男性には、女性のそんな感情が理解できるわけもなく、女性も、男性の、
「賢者モード」
が理解できなかったりする。
後は、それぞれの、
「個人差」
であろうが、
「飽きやすい」
という意味でいえば、
「男性の方が、その傾向にある」
といってもいいのではないだろうか?
そういう意味で、それは、
「風俗嬢に対しても言える」
ということであった。
「いつも同じ相手であれば、飽きが来る」
というのも、無理もないことで、最初は、
「フリーで行くと、好みでもない女の子に当たってしまう」
と思い、ずっと指名してきた男性が、たまに、フリーでいくと、
「どんな女の子に遭うか、それが楽しみだ」
と考えるようになったりする人もいる。
確かにフリーで入ると、どんな女の子に遭うか分からない」
ということであるが、指名しても、その子が自分の思っていたような女の子だとは限らない。
特に、店側の、
「パネマジ」
に引っかかってしまうこともある。
「パネマジ」
というのは、確かに、
「身バレを防ぐ」
ということが一番の理由だが、店側からすれば、
「綺麗に加工することで、客に指名してもらおう」
と考えるのは当たり前のことである。
そう考えると、
「パネマジに引っかかる」
ということを思えば、フリーの方が、
「どんな子がカーテンの向こうで待っているか?」
という楽しみがあるというものだ。
それで、想像していたような、あまり好みではない女性であったとすれば、それはそれで仕方がないと、諦めもつくというものだ。
長く風俗を利用していると、それこそ、自分にとっての、
「当たりはずれ」
があるというものである。
みなみと、しばらく会わなかったが、また会いたくなったのは、それまでに出会った女の子が不満だったというわけではない。
どちらかというと、嫌いというわけではなかったのだが、
「一緒にいて癒される」
と思う女の子とは、性行為にいたることに、違和感を感じ始めたのだ。
一種の、
「違和感を感じた」
といってもいいわけで、何か、
「精神的な矛盾を感じさせる」
のであった。
その矛盾というものが、いかなるものであるかということを考えてみると、
「そもそも、ソープ通いというものが、癒しを求めてのことではない」
ということを思い出したのだ。
もちろん、
「癒しを与えてくれた女の子と、また遭いたい」
と思うのは、当然であり、もう一度くらいは指名することはあるだろう。
しかし、それ以上となると、躊躇してしまう。会う時までは楽しみなのだが、実際にプレイとなると、自分が望んだようにはならないのだ。
というのも、
「身体が反応しない」
と言った方がいいかも知れない。
嫌いになったわけでも、満足できないと思い込んでいるわけでもない。ただ、身体が反応しないということは、
「癒しというものが、飽きを誘っているのではないか?」
ということに気付いたからだ。
これは、
「心と身体の矛盾」
から来ているもので、それを、
「飽き」
ということで片付けようとするのは、
「このままだと、ソープに来て、どの女の子に相手をしてもらっても、自分の身体が反応しなくなる」
と感じたからだ、
これは、それだけではなく、
「ソープ嬢以外の女の子に対しても、まったく同じことが言える」
と思ったが、
「いや、それ以上に、他の女の子であれば、もっと、立ち直りできない」
というほどになるに違いないと感じたのだ。
だから、そうならないようにという思いを込めて、
「最初の原点」
である、みなみのところを訪れたのだ。
みなみには、正直に話した。
みなみの方も、
「余計なことはいえない」
とでも思ったのか、必要以上のことは言わなかった。
しかし、
「あなたが、そう思うのならそうなんでしょうね。だって、あなたの身体はあなたにしか分からないことだから」
といって、みなみは悲しそうな顔をした。
今まで、みなみがそんな顔をしたのを初めて見た。そう思っていると、みなみが、話し始めた。
「私も、前に同じようなことを言っている人がいて、私のサービスを受けに来たんだけど、今のあなたと同じようにね」
という。
「それで、その人はどうなりました?」
と聞くと、
「それから、一度も私のところに来ていないから分からないの。ソープを卒業したのか、抜けれずに、ずっと彷徨っているのか? どちらにしても、私は後悔はしていないの。私としても、乗り越えなければいけない道だったのだからと思うの」
というのだった。
「そうなんだ。まるで、一つの人生を繰り返しているような気がするんだけど、違うのだろうか?」
と神崎がいうと、
「そうなのかも知れないわね。因果応報という言葉があるけど、それって、人生をまたいでもあるのかも知れないわね」
とみなみが言った。
「というと?」
と神崎が聴くと、
「これもお客さんから聞いた話なんだけど、もし、今この世界で、苦しんでいることがあるのなら、それは、前世の自分のおこないが災いしているからではないか? と言われていることなのね」
というではないか。
「なるほど、そういう前世の話はよく聞く気がするな。でも、それは、今の自分の人生じゃなくって、前の人の一生なのに、それが、まったく関係のない人に影響するというのは、どういうことなのだろうか?」
と神崎がいうと、
「私も詳しくはないんだけど、実際に、そういう人生を歩んできた人は、前の人の人生を引きずることになるらしいの。でも、確かにそれなら理不尽なことなのよね」
と、みなみがいうと、
「そうなんだよね。それが、もし親子であったとすれば、ことわざにあるように、親の因果が子に報いと言われるんでしょうけど、それだって、理不尽だということを表すことわざなんじゃないかと思うんだよ。だとすれば、どこの誰とも分からない人の前世を引きずってしまうのは、理不尽以外の何者でないように思うんだけどね」
と、神崎はいった。
「私は、おばあちゃんから、その話を聞いたんだけど、おばあちゃんも、自分のおばあちゃんから聞いたというのよね。こういう話は親から聴くものではなく、おばあちゃんから、孫に聴かせるものだということなのね」
というので、
「でも、孫がその話を聞くくらいまでになった時、おばあちゃんがいなかったら、その孫は、誰からも聞くことはないということになるのよね。だとすると、子供世代では、話が受け継がれていくけど、自分世代では、その話は、そこで終わっているので、片手落ちのように伝わっていくのかも知れないな」
というと、
「そうでもないようなのよ」
と、みなみはいった。
「それはどういうこと?」
と聞くと、
「そんな時、おばあちゃんが夢に出てくるらしいの。最初はおばあちゃんが夢に出てきたということが分かっているので、そんなことは信じられないと思うらしいんだけど、次第に、夢を見たことが、自分の中での問題となり、その問題が、いかに大きなものになるかということを冠が合えると、時間が経つにつれて、夢というものが、本当は、過去からの警鐘のために見るのではないか? と思うのね」
それを聞いた神崎は、
「なるほど、夢というものが、自分の意識の中で、口伝のようなものとなって、それが、説得力につながるとすれば、自分にとって、一番説得力のあるものが、夢ということになるのではないかと思うと、みなみちゃんの言っていることも、まんざらでもないように思う。覚えている夢と忘れてしまった夢を考えた時、忘れている夢が楽しい夢で、覚えているのが、怖い夢だったりするのよね。それは、それだけ怖い夢の印象が深いからで、印象が深いからこそ、大切なことなんだろうと思うと、今のいなみちゃんの言葉から、説得力という言葉が生まれてくるというのも、分かる気がするんだよな」
と、神崎はいうのだった。
ただ、いくら説得力があるとはいえ、前世の話を、一足飛びに理解するというのは、難しいものであった。
世の中において、
「前世というものが繋がっているとすれば、そこにあるのは因果というものであり、それぞれに、報いるから、因果応報というわけで、片方からの一方通行であってはいけないだろう」
と思った。さらに、
「もし、そういうことであれば、時系列が存在するというのはおかしなことで、時系列が問題ではないという因果応報が存在するというのであれば、次元と時間というものが歪んでしまっていることを感じるのだ。
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