第19話 悩んでいることがあるなら聞くよ?

 難波啓介なんば/けいすけかしたら、莉子のすべてを知っているわけではなかった。

 まだ理解していないところもあるわけで、昼休みになった今、教室にいる啓介は、斜め右前の席の月見里莉子つきみさと/りこを後ろから眺めていたのだ。


 丁度、午前の授業が終わったばかりで、教師がいなくなった教室内は次第に騒がしくなってきていた。


 莉子が仮にビッチだとして、誰がどういう意図で、そういう噂を広げたのか疑問に残る。


 さっきの教室の扉の先に、その答えがあったはずなのに、その扉を開ける勇気はなかったのだ。


 莉子の事を思うと、変な噂を出来るだけ解消してあげたい。


 でも、どうしたらいいんだろ……。


 授業終わり。

 他の人らが昼食の準備をしている最中。

 いつまでも悩んでばかりでは先に進めないと思い、啓介は席から立ち上がると、いつも通りに購買部に向かって行こうとする。


 購買部は混んでいたものの。

 普段よりも早く到着した事で、三切れずつ袋に入った人気なピザパンと、350mlの紙パックの飲み物を手に入れられていたのだ。


 購買部を後に一階の廊下を歩いていると、丁度階段を下ってきた莉子とバッタリ出会う。


「今から昼食を食べるの?」


 近づいてきた莉子は、啓介が手にしている購入品を見ながら言ってきた。


「そ、そうだけど」


 莉子は噂の件については何も言ってないが、啓介からしたら心苦しくもあった。


「どうかしたの? 顔色が暗いよ?」

「な、なんでもないけど。月見里さんも昼食なんでしょ?」

「そうだよ。一緒に食べる?」


 莉子は笑顔で返答してきた。

 そんな彼女の対応に戸惑う事しかできなかった。


「難波君って、何か隠している事ってない?」

「な、何もないけど」

「でも、いつもと少し雰囲気が違うよ」

「そ、そうかな」

「それに、ちょっと活舌も悪いし、何かで悩んでいるなら話でも聞くよ」


 莉子の方が状況的に大変な立場だと思う。

 それでも、啓介の方を心配してくれるのは本当に優しいと感じる。


 啓介は一応、彼女の優しさを受け入れ、二人で食事が出来る場所まで移動する事にしたのだ。




 二人がいる場所というのは、校舎の裏庭のベンチだった。

 そこに隣同士で座り、食事を取ろうという事になったのだ。


 提案したのは啓介の方だった。

 やはり、人が多くいる場所だと、噂の件について聞くのも難しいと思ったからだ。


 だが、実際に二人っきりになったとしても、直接、あの噂の事について聞くのは勇気がいるものだ。


 啓介は口ごもる。

 しかし、ここで言わないと何も始まらない。

 ただ単に、莉子を不安にさせてしまうだけである。


「あの、悩みっていうわけではないんだけど」

「うん」

「月見里さんは、悩んでいる事ってないのかなって。俺、それが気になってて、それで悩んでたんだ」

「私のこと?」


 突然の事に、莉子は目を丸くしていた。


 彼女は心を落ち着かせると、ゆっくりと口元を開く。

 それから莉子は、自身の悩みを打ち明けてくれる事となったのだ。

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