第51話 どうしてくれよう……

 後半戦だ。

 トイレの中で作戦タイムだ。

 私の作戦ゴールとしては、


『彼女がいても変わらんでしょ?』


 姉ぇからラインで送られてきたこの言葉に激しく同意している。

 エッチなこともしたいが、それ以上に誠一さんに恋してる。つまり彼女さんに勝たなければならないのだ。

 いや、まずは勝たなくても良い。

 私と誠一さんで同意を取って行為を行えばいい。

 なんせ、彼女さんからの許可は貰っていると聞いた。

 後は誠一さんの同意だ。


「彼女が居るという情報は初めて聞いたけど」


 こんだけ良い人だ。

 居る可能性に思い至らなかった私が迂闊なのだ。

 それに、


「……姉ぇなら、奪えとかいいそう」 


 激しく同意だが。

 とはいえ、彼女になるのが究極的な目的であるならば、到達目標というのもある。

 つまり、次につなげることだ。

 そうすれば親しくなっていける。

 何回も会うことを繰り返せば、好感度があがるというのをテレビで見た覚えがある。

 ザイオンス効果という名称だった気がする。


「前半戦で少しは意識させれた、うん。

 ポジティブポジティブ」


 私といて楽しいとも言わせた。

 昨日もエッチな誘いに自制してると言っていた。

 これらは小さな一歩だが、私にとって大きな一歩だ。

 余裕をかましている彼女さんから、奪い取れる可能性が少なからずあるということだ。

 私だって姉ぇと同じで美少女だ。うん。

 そして、一つ確認したいこともある。もしかしたら勝機に繋がるかもしれない。


「はい、初音さん。

 プレゼント」


 トイレから出てくるとモフッとした感触を押し付けられる。

 見れば、あるゲームキャラクターの兎のぬいぐるみだ。


「ありがとうございます!

 私、こういうのやったことなくて……」

「僕も初めてだったが旨い事取れて良かった」


 というわけで、横浜五番街のゲームセンターに居る。

 キャッチャーで遊ぶお金がある訳でも無く、姉との作戦タイム確保にトイレに立ち寄ったのだ。ふとした一瞬、私が立ち止まったのを観てくれていたのだろう。

 確かに欲しかったモノだ。


「何で判ったんですか?」


 ベンチに隣り合って座りながら休憩だ。

 ウサギの手と握手しながら、上目な目線をしながら問う。


「物欲しそうに見てた目線が、初音に似てたから」

「あー……。

 私、そんなに姉ぇに似てます?」


 私自身は、外見自体は似ていると思うが。


「何というか、ふとした仕草とかね」


 予想外の所が来た。


「そこは言われたこと無かったですね。

 眼鏡無しなら外見はよく似てるって言われますけど」


 よく姉ぇのことを観ている誠一を見て確信し、質問をする決意をする。


「何となく感じてたことをダイレクトに聞きますが、誠一さん、姉ぇのこと好きだったんですか?」

「……ノーコメント」


 それは答えに聞こえた。

 姉ぇには彼氏が出来てしまった。

 下半身しか浮かばない私の頭はどうかと思うが、確か、メガネのマジメそうな人だった。

 そうか、誠一さんは姉ぇに振られたのか。

 なるほど、だから誠一さんは姉ぇの面影に似た私と今日、付き合ってくれたのかもしれない。

 合点が行き、同時に勝機を見いだせてくる。


「一つ、誠一さんは彼女さんと上手くいってるんですか?」

「……戸惑うこともあるけど、基本は良好だ。

 それ以上は彼女のプライバシーもあるから、ノーコメントで」


 流石に踏み込みすぎたかな、と思いながら攻め手は緩めない。

 

「誠一さん、もし、姉ぇに付き合うと言われたら、今の彼女をどうしますか?」

「難しいことを聞くね……ノーコメントで」


 誠一さんは否定しなかった。

 つまり、姉に未練があるということだろう。

 苦しい顔をしているのが、何よりの証拠だ。


「ノーコメントばかりじゃないですか!」


 と、ワザと怒気を見せる。

 これにより、


「ごめんごめん。

 難しい質問ばかりでね?」


 謝罪を引き出し、有利に立つ。


「そしたら、逆に私に質問してください」


 私のことを考えて貰い、意識させようという作戦だ。


「また、難しい注文を……」

「姉ぇ関連は禁止ですよ?

 今は私とデート中ですから。

 ただ姉ぇと私の共通点であれば、お答えしますが」


 誠一さんが渋い顔をする。


「……初音さんの好きなものは?」

「誠一さん」


 即答。

 すると、誠一さんは目を見ひらいてくれるので、マジメに追加する。


「後は、子供ですかね」

「子供?」

「よく生徒会の活動やボランティアで小中にいきますが、生意気だったりやんちゃだったりしますが、観ていると楽しくなるんですよ?」

「へー……僕はそういった活動をしたことが無いが、いいね」


 放課後、横浜駅近くで月四ぐらいのペースで活動している。

 実際、同年代と付き合うよりは肩が抜ける時間だ。

 スカートめくりだとか色々してくるが裏が無いのだ。


「生徒会で取り締まりとかしてると、同年代やクラスの人にウザがられたり、怖がられたりするので。ボランティアで癒されてます」

「成程なぁ。

 ウチのクラスの場合、初音以外にも方向性は違うがトラブルメーカーが五人ほどいるモノの、今は仲が良いからなぁ」


 姉ぇ以外にと言われても、ちょっと想像が付かない。


「次の質問を思いついた。

 初音のことはどう思ってる?」

「……ノーカウントしたい質問ですが。

 尊敬してます」


 これは事実だ。


「基本、私の事を思って行動してくれてるし、頼りになるし。

 ビッチでなければ本当に自慢の姉です。

 やる時は結果残しますし。

 知ってます?

 中学時代、姉ぇとはリレー出たんです。

 私のせいで怪我して辞めてしまいましたが……怪我自体は大したことなかったんですが、その時に男をたぶらかすことを覚えて……部活辞めて……。

 元々、男子と話すことに垣根を作らなかったから素質もあったんでしょうけど……」


 とはいえ、


「私はそんな姉にコンプレックスも抱いてます。

 私が始めると姉もそれに追随するように初めて追い抜いていき、それを捨てる。

 出来の差を見せつけられているようで……本人に悪気が無いのもまた」


 正直な所だ。


「成程な。

 まぁ、人間、誰かと比べてコンプレックスを抱くのは自然だ。

 出来ない所はどうしても良く見えてしまうものさ。

 なら、三つ目の質問はこれにしようか」


 誠一さんが私を真剣な眼差しで見つめてくる。

 照れそうになるのを抑え、身構える。


「自分が初音に、姉に勝てると思ったことは何だい?」

「……胸の大きさぐらいですかね?」

「……まぁ、そういった小さなところでも積み重ねれば、コンプレックスは解消されていくと思う。

 後は他人と比べるよりも自分で決めたハードルに勝つことを優先するとかな。僕はこっちだ。

 ちょっと、初音さんは初音の事を意識しすぎてる気がしてだな。

 お節介だったらすまない」


 あ……私がお姉ちゃんと似ていることを意識させようとしたことが裏目に出た感じを覚えた。

 結局、私自身をアピールできていないのだ。


「……誠一さんは私を観てくれますか?

 姉ぇの妹ではなく、私自身として」


 ふと、私は本音が漏れた。

 呆れた様子で誠一さんは息を漏らし、


「最初からそのつもりだが?

 初音と似ている所はあるが、当然、違う部分も見ている」


 驚いた顔で当然だと言い切られた。

 そう言われ、一瞬呆気に取られ、次の瞬間に心が沸騰するのを抑えきれなくなる。

 ヤバい。

 本当に私はこの人が好きだ。

 ちゃんと姉ぇというレッテル無しで私を観てくれる人だ。

 初恋の直感は当たっていたのだと、心が理解出来た。


「誠一さん……好きです」


 ポロっと漏れた。


「好きです」


 二度目は意識して言った。


「彼女さんが居るのは聞きましたが、それでも好きです。

 都合のいい女でも良いです!

 誠一さん、私、私!」


 三度目は溢れでた。

 感情の赴くままに誠一さんへ、思いの丈を伝えようと詰め寄り、抱き着き、女の武器で意識させようとする。


「落ち着け落ち着け」


 まるで妹にするかのように、頭を撫でてくれる。

 ハッと私は思いが暴走していたことに気づかされる。


「ごめんなさい……、今の忘れてください。

 重いですよね、こんな私」

「あまり自分を否定しない方がいい」


 叱る様な口調だ。

 ただ、彼は笑顔で、


「それだけ僕の事を思ってくれるのは正直、有難いし、無下にはしない。

 ただ僕は君のことを知り始めたばかりだから、教えて欲しい」

「……ぁ」


 やはり誠一さんは大人でカッコいいと思った。

 私はそこから、色々な事を話した。

 自分の事。

 学校での事。

 姉ぇへの不満と感謝。

 本当に色々話した。

 脈略もなく、私を取り巻く様々な事を思いつくままだ。

 そんな私の話を彼は嬉しそうに聞いてくれていた。

 時には質問し、質問されたり、本当に楽しい時間だった。

 

「本当に……ラブホいかないんですか?

 据え膳ですよ?

 それに彼女さんもご了承しているかと」

「行くわけ無いだろ……。

 君に魅力がないとかではなくね?」


 っと何度か問うた質問を最後に念押ししたが行かないと固辞された。

 姉ぇにはデートの締めはラブホで攻めろと言われていたが、これは譲れないと言われてしまった。


「代わりにまたデートには付き合ってくださいね?」

「判った」


 とはいえ、次には繋げた。

 私としては夢のような日だった。

 自分が自分でないかのように強気に出れたのだ。

 姉ぇのアドバイスのお陰ともいう。


「そうだ、姉ぇにお礼をしにいこうかな……」


 時計を観るとまだ最後の便まで時間がある。

 誠一さんと別れ、ブルーライン口から北口に足を向ける。


「あれ、姉ぇ」


 そこは北口の改札口の人混みの中、有象無象の中でも整った容姿や身だしなみで目立つ、姉ぇが居た。

 声を掛けようと近寄ると、


「……⁈」


 見知った顔と親しそうに話をしている。

 誠一さんだ。

 それだけならいい。

 誠一さんも笑顔だし、姉ぇも笑顔で、何だか入っていけない雰囲気を醸し出している。

 何を話しているのか聞こえない。

 近付く。


「してくれば良かったのに」

「……ムリだろ」

「そういうとこ、昔から真面目よね。

 と言っても、私たちも付き合って短いけど」


 姉ぇが誠一さんの身体を抱きしめに行く。


「とはいえ、だいぶ理性がすり減った。

 押されてたら押し切られてたかもしれない。

 本気の好意をもって言われてるから、義務感や背徳がこうチクチクと」

「ふふ、それでも我慢出来るのは流石のマジメガネね?

 そしたら今日もサービスしちゃうわよー、ふふふー」


 二人の距離が近い。

 姉ぇには彼氏が居た筈。

 この人ではない真面目な眼鏡の男性だ。

 つまり、姉ぇは誠一さんを弄んでいるのか、二股をしているのか。

 ……それとも、私が相談したことで横から奪おうとしているのか。

 この姉ぇはまた受験の時の様に、私から奪おうとしているのか。

 そう私の中で何かが爆発したような気がした。

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