クジラが、哭く

骨身

無く

佐藤 鯨夜(さとう けいや) 15歳。

季節は春。

蝉がなく声がうるさい。

旧美術室の側は山があるため、騒がしい。むしろそれが落ち着く。

みんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃけいやみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみん

「けいや!!!!」

背後から鈴を転がしたような底抜けに明るい声が聞こえる。

振り向くと彼女がいた。

波夏 鰶奈(なみな せいな)15歳。

「まだ書いてるのー!もうすぐ授業だよ!」

時計を見る、1時23分。授業が始まるのは1時30分。

「そろそろ行こうか。」

「行ったらもう始まってるよ。この学校の広さなめない方がいいよ。」

「そうだな。」

「もう蝉鳴いてるね。この世もおかしくなっちゃったなー。」


沈黙する。


僕の沈黙

彼女の沈黙


蝉が泣いてる。なぜそんなに泣くのか。悲しいことがあったのか?辛いことがあったのか?

僕に、できることはなんだろう。何をしたら僕は、泣いている君を救えるのだろうか。


救う.........。

巣食う、掬う。

金魚掬い、金魚救い、禁魚救い・・・・・・。


「わ!!!!!」

思考がぶつん、と途切れる。

彼女の鈴の音が僕の頭の中に介入する。

「まだ考え込んでたでしょ、間に合わないよ。」

彼女の底抜けのこの明るさに救われる。


ハタハタハタハタ、と廊下を歩く。

昨日今日と雨が降っていたせいで、音が連続して、途切れない。

ハタハタハタ、ハタハタ。

ピタリと彼女が止まる。

「この学校って広いよね。旧美術室側ほとんど誰も使わないし、誰もいないみたい。」

くすくすと笑う。

「授業間に合わなくていいのか?」

「いいでしょ、別に。わたし、けいやが小説書いてるところみたい。」

「言い訳するの僕なのに。」


美術室の椅子に再び腰かける。

彼女は歌を歌いながら舞う。

デタラメな踊りだが、とても楽しそうで、とても綺麗で、創作が捗る。

書く、書く、書く。

僕の小説を、僕の書きたいものを、紙にぶつける。

30分ほどたち、踊ったり窓の外を見たりしていた彼女は僕の目の前に座る。

「今回は何書いてるの?」

「言わない。」

「けいやいつもそうじゃん!気になるー!」

「教えれない。」

「ひどい。」

彼女はわざと少しだけ泣きそうな顔をする。

ずるい。

仕方なく教えることにした。

「女の子が、無くし物を探す話。」

彼女がぱあっと顔色を明るくさせる。

「面白そう!わたし絶対けいやが本出したら買う!」

「サインは?」

「いる!」

嬉しすぎたのか、桃のように彼女は頬を染める。

やがて彼女は黙り、僕が動かすペン先を愛おしそうに見つめだした。

何が面白いのか、僕には分からなかった。


きんこんかんこんきんこんかんこん

がらがらがら

「あれ、君何してるの。授業は?」

5時間目が終わるチャイムが鳴り、1人の先生が入ってきた。多分、旧美術室にある画材を取りに来たのだ。

「すみません、お腹痛くて近かったここで休んでました。今すぐ出ます。鰶奈、行こう。」

先生は、目を丸くした。

「あれ、ほかにも人いるの?その子も腹痛?大丈夫?」

僕は、時が止まったかのように感じた。

この人は今、何を言ったんだ。

僕が、1人?どういうことだ?鰶奈は確かにここにいる。

「けいや。」

目眩がする、耳鳴りがする、頭痛がする。

だっ

「あ、君!」

僕は走りだしたようだ。走って走って、走って、トイレに駆け込む。

顔をバシャっと水で叩く。

痛い。夢じゃない。

「けいや、ねえ、けいや。」

「鰶奈?」

「そうだよ。」

「なんで先生は見えてないようなことを言ったんだ?」

「けいや。」

「鰶奈は、いきてるのか?」


鰶奈の、沈黙





僕と、沈黙。





…………しんでるよ。




もう、鰶奈は、


無いんだよ。




蝉の泣き声は、いつの間にか無くなっていた。

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クジラが、哭く 骨身 @kotumigaikotu00

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