36話 貴方の魔法は

「な──!?」


 属性付与エンチャント水氷アクエス


 確かにそう唱えたエルメスに、クリスが目を見開く。

 まさかあり得ないと疑うクリスだったが、その疑念を裏切ってエルメスの背後の魔弾が、クリスのそれとは対照的に蒼く染まった。

 同時に射出。この戦い何度目か分からない魔弾同士の正面衝突が為され。


 ──この戦いで初めて、エルメスの方が上回った。


「ッ!?」


 クリスが慌てて転がってエルメスの魔弾を避ける。一瞬呆然としたもののすぐに憤怒の視線を向けて、


「この──ッ、ふざけるなぁッ!!」


 再度火炎の魔弾を撃つ。けれど結果は先ほどと同じく水氷の魔弾にかき消され、撃てば撃つほど不利になっていく。


「『魔弾の射手ミストール・ティナ』の属性付与は、確かに魔弾自体の威力を大幅に上げます」


 対処で手一杯になるクリスの元に、エルメスの冷静な声が響いた。


「けれど、これまで安定した無色の力であった魔弾に属性を付与した代償として、相性が悪い属性の魔法に対して不利になる。このようにね」

「知ったような口を、聞くなぁ!!」


 まるで出来の悪い生徒に言い聞かせるような口調。激昂したクリスが更に魔法の勢いを上げるが、その程度で結果は変わらない。

 そんな彼に追い討ちをかけるように、エルメスは告げた。


「だからこちらの属性付与に合わせてそちらも属性を変更するのが定石なんですが──やっぱり」

「ッ!!」

「貴方、火炎以外の属性付与ができないんですね?」


 クリスが憎々しげにエルメスを睨みつけ、けれど咄嗟には何も言えずに黙り込む。


 図星だった。

 付け加えて言うのであれば、普段のクリスは属性付与すら満足に扱うことができず。

 古代魔道具アーティファクト:カドゥケウスの力を借りてようやく辛うじて得意な火炎属性だけを付与できたのが現状なのだ。

 だから、何も無しにそれをやってのけたエルメスの存在を尚更認めるわけにはいかなくて。


「お、お前だってどうせ! その属性しか──」


 けれど、そんな苦し紛れに繰り出した反論ともつかないせめてもの言葉すら否定するように、彼の言葉が無情に響く。


「──属性付与エンチャント雷電エレカ

「ぐ──ッ!?」


 今度はスパークを放つ黄金の魔弾。


「──属性付与エンチャント火炎フラメア。……弱点属性以外だと出力では劣るか、流石は古代魔道具アーティファクト


 更には唯一自分ができる火炎の属性付与さえもあっさりと行われてしまった。

 弱点属性以外との撃ち合いではまだクリスの方が勝っていたが、そんなもの水氷属性に戻せば済む話である。再度蒼の魔弾でクリスを圧倒し始めるエルメス。


「こ、のッ!!」


 火炎属性のままでは勝てない。そう瞬時に判断し、属性付与自体を解除した判断は賞賛すべきだろう。

 属性付きの魔弾は通常の魔弾よりも威力が上。けれどクリスの魔法出力は今の所エルメスよりも上だ。それで差を埋め、どうにか無色の魔弾でエルメスと辛うじての拮抗まで持ち込むことに成功する。


「まだだ、まだ、カドゥケウスの力をもっと引き出せば──!」


 ここに至っても尚、自分の内ではなく古代魔道具アーティファクトに勝機を求めるクリス。

 そんな彼に応えてか別の要因か、カドゥケウスが更に光り輝き魔法の威力が上昇する。

 代償として凄まじい頭痛がクリスを襲うが、エルメスに対する憎悪でそれをねじ伏せて前を向いた。これで、勝てると。


「──それと、もう一つ」


 だが。

 対照的に落ち着いた口調で、エルメスは更に告げる。


「『付与』こそが『魔弾の射手ミストール・ティナ』の本質。それが分かっているなら何故──属性の付与しか・・・・・・・しないのですか・・・・・・・?」

「──え」


 あまりに予想外のこと。

 そんなことなど考えもしなかったと言いたげな顔を見せたクリスに対し、エルメスは手本を見せるように。

 まず何故か強化汎用魔法である光の壁を眼前に展開し──一息。



「『魔弾の射手ミストール・ティナ』──強化付与エンチャント障壁スラスタ


 瞬間。

 エルメスの目の前にあった壁が、凄まじい勢いでクリスの元に飛んできた。


「な──!?」


 巨大な壁が超速で迫ってくる恐怖。壁に当たった魔弾の爆風すら巻き込みながらやってくる障壁に、直撃こそしなかったものの完全に体勢を崩されてしまう。


『付与』こそがこの魔法の本質。それは『魔弾に属性を付与する』ことに留まらない。

 当然属性以外の特殊効果もやろうと思えば可能だし、何より──『魔弾自体を別の何かに付与する』ということもできる。


 エルメスが今やったのはそれだ。魔弾を障壁に付与し、『飛んでいく大壁』というとんでもない攻撃で奇襲を行なった。

 この無限とも言える応用性こそが、『魔弾の射手ミストール・ティナ』の本領。属性付与など、本質の一部も一部に過ぎないのだ。

 王都にいる間この魔法を『原初の碑文エメラルド・タブレット』で詳細に解析した彼は、そのことを誰よりも理解していた。


 そして彼の奇襲によって隙ができたクリス。ここがチャンスだとエルメスは判断した。


「こんな──子供騙しでぇッ!!」


 しかしクリスも、体勢を崩しつつも残りの魔弾を撃ち放つ。

 エルメスは先ほどの攻撃で使った分弾幕が薄くなっている。これに撃ち勝つのは今この瞬間だけは難しい。

 だが、彼はあくまで冷静に呼吸を落ち着けて──


「──強化付与エンチャント脚式スプリント



 魔弾の・・・肉体に対する付与・・・・・・・・



 結果、爆発と見紛うほどの勢いで地面を蹴り壊し、一瞬にして相手の攻撃軌道から逃れたエルメス。

 そのまま、それこそ魔弾もかくやの速度で一挙にクリスに向かって突撃する。


「そんな馬鹿な真似が──!?」


 驚愕の表情で、体を捻ってどうにか突撃を回避するクリス。エルメスは勢い余って逆方向に進み、また少し距離が離れる。


「……っと、流石にまだ制御が難しいか」


 けれどまた付与し直し、尋常ではない機動力で突撃を再開する。

 彼の言う通り制御がやや甘いのか、クリスを決定的に捉えることは出来ていない。その隙を縫ってクリスがなんとか攻撃を仕掛けるが──


「当たら、ない……!」


 そう、当たるわけがないのだ。今の彼にとって、クリスの魔弾など止まっているようなものだ。

 猛攻にさらされるクリスはまざまざと見せつけられる。

 エルメスが、出来損ないと蔑んだかつての弟が自分を圧倒し、魔法に選ばれたと思っていた彼と同じ魔法を使い、どころか自分よりも魔法を使いこなしている様を。


 それを考えた瞬間、クリスは思い至る。


「ふざけるな、ふざけるなッ! お前にできることくらい、僕にだって──」


 そう、同じ魔法を使えるのだから、自分も同じことをやればいいのだと。

 天才的な発想だと酔いしれて、見様見真似でクリスは魔弾の一つを自分の脚に向かって付与して。




 これが、決定的な敗着となった。




「あぎゃああああああああッ!!」


 右脚が爆発したかと思った。

 事実、彼の脚は皮膚がずたずたに裂け、見るも悍ましい血だらけの様相と成り果てている。


「こんな、なんで……ッ」

「やめておいた方がいい、と言おうとしたんですがね」


 のたうち回るクリスの上で、エルメスの声が響いた。


「肉体への付与は、少しばかり・・・・・複雑な魔力操作が必要になるので」


 少しばかり、どころでないことはクリス自身が一番良く理解してしまった。


 そもそもこの魔法は攻撃魔法。人を傷つける機能に特化している魔法なのだ。それを自らに付与するなど、普通に考えれば自傷行為以外の何者でもない。クリスの右脚の惨状を見れば明らかだ。

 その道理を捻じ曲げ、自らを傷つけることなく推進力だけを余すところなく採用し、しかもそれをある程度の方向性を持って制御するなど──どれほどの魔力制御、操作の技量があれば可能になるのか。


 そんな神業を成功させたエルメスは、尚も戦意の消えないクリスに向かって腕を振りかぶり。


「──強化付与エンチャント腕式アームズ。お分かりいただけましたか、兄上」

「エルメスゥウウウウッ!!」


 クリスが再度撃ち放つより遥かに早く、正確に、強力な魔弾をその拳に付与し。




「貴方の魔法はね、こうやって使うんですよ」




 決着の一撃を、躊躇なく腹部に叩き込んだのだった。

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