35話 兄弟対決
互いの魔法を展開したクリスとエルメス。
続いてエルメスは、以前と同じように扱う血統魔法を決定する。
「──【六つは聖弓 一つは魔弾 其の
「……」
おや、と思った。
エルメスが扱う『
通常と違い『
だが、クリスの挑発するような表情を見てすぐに分かった。
なるほど、どうやらあの時と同じく真正面から撃ち合いをしたいらしい。
別に先制攻撃をされても強化汎用魔法でいくらでも対処はできたのだが、そう来るなら好都合だ。
向こうの望み通り魔弾を展開し、クリスとエルメスが同時に魔法を発射し、両者の中間でそれが衝突し。
──エルメスの方が、圧し負けた。
「!」
撃ち漏らした魔弾が自分の方向に飛んでくる。エルメスが咄嗟に横っ飛びでそれを回避するが、その後にはすでにクリスが次弾を用意していた。
「ははははは! どうだいエルメス、これが僕の本当の実力だ!」
エルメスも移動しながら次弾を生成して射出。射撃戦が始まるが、確かにクリスの方が威力が強い。防戦一方になる。
以前戦った時と比べれば、より魔法を使いこなしている分エルメス側の威力も上がっているはずなのだが。クリスはそれすら超える強化がなされていた──不自然な程に。
「一度打ち勝ったからって調子に乗らないことだね! あの時の僕はこれっぽっちも本気を出していなかったのさ! 分かったかいエルメス、これが僕と君の決して埋められない差で──」
「兄上」
調子の良い口上を断ち切って、エルメスが問いかけた。
「その懐に隠しているものは何ですか?」
「ッ!」
よく観察すれば、すぐに分かった。
クリスの羽織っているローブの内側。微かな膨らみがあるし、何よりその異常な魔力反応が全てを物語っている。
クリスは一度歯軋りしたが、すぐに気を取り直した様子で。むしろ見せびらかすようにローブを開けてそれを取り出した。
「それは──」
見覚えがある、杖だ。銀の輝きを放つ杖本体に絡みつく蛇の彫刻、そして頭に光の翼。
「……
「その通り! 銘はカドゥケウス、この僕が持つに相応しい神の杖だ!」
紛れもない、エルメスとカティアがかつて訪れた迷宮で発見し、王家に献上した魔道具だ。
どうしてクリスがそれを持っているのかは不明だが、彼は仮にもアスターの配下。アスターが何かをしたのかもしれない。
そして合点が行った。あの杖を用いて魔力出力と魔法自体の性能を大幅に跳ね上げているのだろう。
「……自分で見つけたわけでもない道具に頼り切って『本当の実力』と。それで僕を上回って満足ですか?」
「はは! 負け犬の遠吠えにしか聞こえないね!」
純粋な疑問からの言葉だったが、クリスはもう開き直って誇らしげに杖、カドゥケウスを掲げてみせる。
「いいかい、この杖は僕を選んだんだよ! これを持てるだけの力、器を含めての僕の実力だ!」
「……」
「羨ましいかい? でも残念だったね、これに最も相応しいのは僕だ! 選ばれなかった君に同じことはできないよ!!」
「へぇ。じゃあ、試しに僕にも使わせてくれませんか?」
「──はっ、何を言っているんだい! 君のような人間はこの神器に触れることすら烏滸がましい!」
エルメスが杖を自分以上に使いこなすことを恐れているようにしか見えないが、まぁ戦闘中なので当然そんな真似はできないだろう。
それに、クリスの言い分にも一理ある。
器だの何だのは知らないが、クリスがそれを用いても許される立場を持っていたのは確か。それはエルメスになかったもので、使えるものを使うことに異議を唱えるつもりはない。
そう結論付けたエルメスを他所に、クリスは手を広げて高らかに叫ぶ。
「さぁ、そして見せてあげよう! 君のような紛い物じゃない、真に神に愛されたものが扱う本当の魔法を!」
杖が光る。背後に魔弾を展開し、それを放つ──のではなく。
クリスはそこで、更にこう告げた。
「『
瞬間。
クリスの背後にある魔弾が、真紅に燃え上がった。
彼が手を振り下ろすと同時、その紅の魔弾が一気に殺到する。
「……まずいな」
防ぎ切れない。
そう咄嗟に判断したエルメスが、襲い来る魔弾を紙一重で回避。
頬を撫でる熱波だけでも、先ほどまでと比べて威力が大幅に上昇したことが分かる。
「手も足も出ないみたいだねぇ!」
試しに自分の魔弾を撃って対抗してみるも、先ほど以上に圧倒的に撃ち負ける。
これならば撃たないほうがまだマシだ。そう考えたエルメスは一先ず回避と観察に専念することにした。
それを無様に逃げ回っているだけととらえたか、先ほどまで以上に防戦一方となったエルメスの様子を愉しげな笑みで眺めつつ、クリスが嘲るように声をかけてくる。
「分かっただろう、この『
「……」
「これで誰が見ても明らかだ! 力においても、魔法の才能においても! 全て僕の方がお前より上だ! お前は出来損ない、出来損ないだ! 僕の方が相応しい、上に立つべきは僕なんだよぉッ!!」
「…………」
戯言を受け流し、魔法を躱しつつエルメスは冷静に観察する。
なるほど、恐らく彼の魔法の威力はここが上限。属性付与以上の手もないだろう。もしあるなら彼の性格的に出し惜しみはしないと思うし。
そして判断する。
余裕だ、と。
この程度ならば、勝ち筋はいくらでもある。彼の持っている魔法を駆使すればどうとでも崩せるし、何なら力押しだけで倒せる魔法にも心当たりがないわけではない。
だが、カティアは言った。『後悔させろ』と。
そして何より彼自身、かつての挫折の象徴で自分を虐げ続けた兄に思うところがないわけでは決してないのだ。
だから、決めた。
この男は、『
エルメスの扱う魔法、『
そしてそれは、『
『
同時に思う。
それを理解しているのなら、どうしてあんな一辺倒な戦い方しかできないのか、と。
さぁ、始めよう。
あの魔法を、あの素晴らしい魔法の本質をあの程度で引き出しているなどと宣うクリスを。
彼の魔法だけで上回るべく、エルメスは魔弾の空隙に滑り込み、わずかな隙を突いて息を吸い。
こう、告げた。
「『
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