34話 狂気と因縁

 エルメスとカティアが村を出た、数時間後のことだった。


「貴様がここの村長か?」


 横に銀髪の青年とブロンドの美しい少女、そして背後に大量の物々しい兵士たちを侍らせた豪奢な金髪の美男子。

 第二王子アスターが、村長に向けて傲岸な態度で問うてきた。


「はい、そうでございますが……」

「単刀直入に訊く。ここに紫髪の女と銀髪の男の二人組が訪れたはずだ。いつこの村を発ったか、どこに行ったかを答えろ」


 質問ではなくほぼ命令に近いその問いに、村長はしばし黙り込んでから。




「──存じません」




 きっぱりと、そう答えた。


「なに?」

「少なくとも私はそのような二人組が訪れた事実を知りませぬ。私に悟られぬようこっそりとこの村に入り、出て行ったか──或いは、そちらの思い違いかのどちらかです」

「──ほう?」


 アスターの目が細まる。

 彼の圧力が増し、隣のクリスやサラ、背後の兵士たちが息を呑んだ。


「この俺の、思い違いだと?」

「可能性があるというだけでございます。ひょっとすると、村の者ならば何か知っているやもしれませんな。お聞きしてきましょうか? ただその場合、相応のお時間を頂戴してしまいますが……」

「……」


 そんな中でも飄々と答える村長に、アスターはしばし黙り込み。


「……分かった。下がれ」

「──え?」


 疑問の声は、背後の兵士のものである。

 それを誰も咎めない。何故なら全員内心は同じだったからだ。

 あの村長の態度は、常ならアスターの逆鱗に触れてもおかしくないものだ。何故──という疑問は。

 アスターが兵士を引き連れて村を離れ、村人に聞こえないところで放った一言で全て解決した。




焼くぞ・・・あの村・・・




 全員が一瞬理解できず黙り込み──徐々にその意味が冗談でも何でもないと分かった瞬間、一気に驚愕が広がった。


「や、焼く、とはまさか──!」

「ああ、俺の魔法で全て焼き払ってくれる」

「何故です!?」

「勿論、この俺に対して虚偽を働いたからだ」


 当然の疑問を呈した兵士に、逆に当たり前のことを聞くなと言わんばかりに彼は返す。


「貴様らにも説明した通り、あの監獄に収監された囚人には脱走防止のためとある魔法がかけられる。一定時間、特殊な魔力痕を周囲に流し続ける類のものだ。俺たちはそれを辿ってここまで来て、その魔力痕があの村にもある以上奴らが村を訪れたことは確実。なのにあの村長は俺にそうではないと偽ったではないか」

「し、しかし! 村長の言う通り気づかなかっただけという可能性も……!」

「ない。あの男は俺を謀っている。目を見ればわかる・・・・・・・・そうに違いない・・・・・・・


 珍しく偶然にも、彼の推測は事実と一致こそしていたのだが。

 だとしても村ごと、という判断が理解できない周りの兵士たち。それに構わずアスターが続ける。


「そもそも、あの柵の周りにある大穴はなんだ? 上に妙な機械まであるようだが」

「あれは……恐らくですが、あの村特有の魔物対策かと。あの大穴に魔物を落とし、上の──多分投石機でしょう、それで魔物を押しつぶして仕留める仕掛けなのでは……」

「ほう? つまりあの村の者たちは平民の身で、血統魔法を持たぬ身でありながら自ら魔物を討伐しようとしている、と?」

「え、ええ。辺境にあるため貴族による討伐が追いつかない時もあるのでしょう、当然の自衛手段で──」

「ならぬ」


 的確な兵士の推察だったが、アスターはそれをばっさりと切って捨てる。


「何だそれは。魔物を倒すのは俺達王侯貴族の役目、そして俺に守られるのが平民の役目であろうが。平民の分際で貴族の真似事をしようなど烏滸がましい、つまり奴らは貴族の治世に文句があるということではないか」

「な──」

「思い上がるにも程がある。そのような危険分子、やはり今のうちに消しておくのがこの国のためだ」


 正当化する。

 あらゆるこじつけを駆使して、どのようなものでも貶める材料にして、あの村の排除こそが正しいのだと擦り込む。

 この村を焼くのはこの国のため。断じてあの村長の・・・・・誰かと比べて・・・・・・こちらを嘲る・・・・・・ような視線が・・・・・・気に食わなかった・・・・・・・・わけではない・・・・・・

 そう思い込み、実行への決意を固めるアスター。


「で、ですが! 温情をお与えになっても良いのでは。そもそも現在の最優先はカティアの捜索、この村に関わらず魔力痕を追いかければ済む話では──」

「まだ殿下に口答えする気か、貴様ら!」


 尚も意見を述べようとした兵士たちだが、別方向からの一喝によってそれが遮られた。


「殿下の仰ることだぞ、正しいに決まっているだろうが! むしろ未だ貴様が処刑されていないことこそ殿下の温情と知れ!」

「く、クリス様……」

「差し出がましいぞ、クリス。だが此奴の言う通りだ」


 アスターの肯定。それに気を良くしたクリスが恐悦の笑みで言葉を続ける。


「ありがとうございます! それで、早速実行なさるのですか?」

「いや、今の時間は外に出ている者も居るだろう。やるならば村人全員が帰ってきた夜だ。そこを俺の血統魔法で気付く間も無く焼き払ってくれよう」


 そうして、未だに戸惑いを見せるものの最早アスターを止められる者は誰もおらず。

 村は表面上平和なまま、外で作業をしていた村人がやがて帰ってきて、日が沈み。

 そして。




 ◆




「……なに……これ……」


 赤。


 夜闇に煌々と光る残酷な炎の色。それが広がっているのはつい半日前に訪れたはずの村がある場所。

 炎の中、見覚えのある建物達が徐々に黒ずんで崩れていく様がありありと展開されていた。


 リナに連れられ、その現場までやってきたエルメス達。

 カティアが、絶望の表情で叫んだ。


「む、村のみんなは!? まさか──!!」

「──落ち着きなされ、カティア様」


 横合いから響く穏やかな声。振り返るとそこには村長の姿。

 更にその背後には、濠を掘っていた男達をはじめとした多くの村人の姿も確認できた。


「リナが勝手な真似をして申し訳ございませぬ。そしてご安心を、つい先ほど村人全員の無事を確認いたしましたぞ。怪我人はいるものの、死人は一人も出ておりませぬ」

「あ……そ、そうよね。いくら殿下でもここまで──」

「……いいえ」


 アスターと言えどここまでのことはしないだろう、そんなカティアの希望的観測を、無慈悲に村長は断ち切った。


「かの王子殿は、紛れもなく我らを丸ごと焼き払うおつもりでした。そのために夜まで待つという徹底ぶりで。……ですがそこで……」

「金髪の別嬪さんが、助けてくれたのさ」

「──え?」


 村人の男からもたらされた、予想外の情報にカティアに加えてエルメスも驚きを見せる。


「なんか夕方に一人でやってきたと思ったら、必死の形相で『今すぐ逃げてください!』って言ってきてよ」

「このままじゃ殺されてしまうとか言ってて、流石に最初は信じられなかったんだが──」

「何でも聞いてみると、カティア様の友達らしくてな」

「!」

「あまりに必死すぎるのとその言葉でな、騙されたつもりでみんなでトンズラしたんだが──本当に、信じてよかったぜ」

「……サラ様、ですね。あの方がそんなことを……」


 恐らくはアスターに同行しているのだろう。彼女のおかげで村人達が助かったのならば、紛れもなく感謝をすべき事柄だ。


 ──けれど、裏を返せば。

 サラがいなければ、アスターは間違いなくこの村を村人全員諸共焼き消すつもりであったと言うことだ。

 行きがけにリナから事情は聞いている。確かに王族に向ける虚偽は罪に問われる事柄だが──だからといって、ここまで。


 それに、村人の命は助かったと言っても。


「ああ……俺たちの村が……」

「あの家……思い出だったのに……」

「畑もみんなダメになっちまった……あの投石機だって、あんなに苦労して作ったのによぉ……!」


 失ったものは、紛れもなく大きく。


「……また、だわ」


 ぽつりと、カティアの呟きが響いた。


「また、私が……私が関わって、巻き込んだせいで、こんな……!」

「ッ、カティア様、それは」


 まずいと思った。

 確かにこの惨状がカティアを追う連中によって引き起こされたことは間違いない。

 けれどそれは、こうまで正確かつ素早い追跡を想定していなかった自分のミスであり、カティアは悪くない。

 そう、フォローを入れようとしたその時だった。




「ほう? まさかこんな所で会えるなんてね」




 喜悦に満ちた声。草むらをかき分けて出てきたのは、エルメスと同じ髪と瞳をもつ青年。


「村の残党が居るかもと思って来てみたんだけど……まさかまさかだ! 神は僕に味方しているようだねぇ!」

「……兄上」

「はっ! 何度も言っているだろう、お前に兄と呼ばれる筋合いはない!」


 クリス・フォン・フレンブリード。

 この光景を見てその顔。彼の主人がしたことについてどう思っているのかは、表情が雄弁に物語っていた。


「……止めなかったのですか」


 だから、エルメスは問う。


「何をだい?」

「アスター殿下がこのような所業をして、貴方はなんとも思わなかったのですか」

「はは! 何だい、残酷だとか痛ましいとかかい!? 思うわけがないじゃないか!」


 喜悦の笑みを崩さず、高らかにクリスは返答する。


「いいかい、アスター殿下こそがこの国で最も優れたお方、そしてそのお方を誰よりも理解し、誰よりも近くで仕えるのが右腕たるこの僕だ! 悪いのは殿下に従わなかった君達で、これは当然の罰なんだよ!」

「……」

「そもそも、こんな辺境に住んでいる平民ゴミ、しかも百人やそこら程度だろう! 死んで何の影響がある! むしろ殿下に逆らったらどうなるかを身をもって示したんだ、殿下の覇道の礎となったことを誇ってもらいたいものだね!!」

「──ッ!!」


 その言葉に。

 消沈していたカティアが、激昂と共に立ち上がった。


 けれど──彼は、そんな彼女を手で制す。


「エル! なんで止めるの、こいつは──!」

「カティア様。一つ、我儘を言ってよろしいでしょうか」


 カティアが止まる。

 彼が予想外の言葉を言ったこともそうだし、彼の言葉が──あまりにも不自然に凪いでいたから。


「あいつは、僕一人でやらせてください」

「──エル」


 カティアが息を呑み、クリスの瞳が更なる愉悦に歪む。


「……分かったわ。ただし、必ず勝つ──いえ、後悔させるのよ。守るべき民に刃を向け、あのような暴言を吐いたことも」

「おまかせを」


 何やら、クリスは自信満々な態度でこちらを待ち構えている。

 以前エルメスと戦った時にはあっさりと真正面から圧し負けたのに、どうしてそこまで余裕を持てるのか。

 恐らくは何かしらの勝算があるのだろうが──何であれ、負けるつもりも気も微塵たりとてない。


「うん、仕方ないよね……殿下は自分の後だって仰っていたけれど、今はお休み中だ。このままこいつらを殿下のところまで引っ張っていったら間違いなく迷惑がかかるし……うん、仕方がない、仕方がないんだよ」


 クリスはぶつぶつと何事かを呟いてから、満面の狂笑で両手を広げて。


「さぁエルメス、元兄として最後の授業をしてあげよう! 君と違って、真に選ばれし人間との格の違いってやつをねぇ!!」

「結構です。貴方からはもう、十分に教わったので」


 悪い部分を、反面教師として。

 その言葉を飲み込んで、お互いに自身の魔力を高め。



「【六つは聖弓 一つは魔弾 其の引鉄ひきがねは偽神のかいな】!」

「【くて世界は創造された 無謬むびゅうの真理を此処に記す

  天上天下に区別無く 其は唯一の奇跡の為に】」



 お互いの魔法を、顕現させて。

 エルメスの人生の中で、最も長く続いた兄弟との因縁。その決着を付ける戦いが始まったのだった。

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