27話 仲直り
5年ぶりに再会した『彼』──エルメスは、色々とカティアの予想を超えた成長をしていた。
まず何より魔法。どこで何をどう学んだのかは知らないが、『血統魔法を再現する』なんていうとんでもない魔法を身につけて帰ってきた。
顔つきは少年の面影を残しつつも記憶より随分と精悍に。
そして性格は──その、すごく穏やかで大人っぽくなった。
あの口調は正直ずるいと思う。なんて言うか……大人の余裕みたいなものが感じられる。
昔なら絶対少しは照れながらだった褒め言葉もさらっと言えるようになってて、なんだか女慣れしたみたいで胸がむかむかした。
でもこっちが頼めば昔の口調にも戻してくれて、あの楽しかった頃を思い出せて。でもその分より彼の成長を実感できるからどきどきもしたり……
……この辺にしておこう。
変わったところはもう一つある。価値観だ。
彼はフレンブリード家を追放され、ただのエルメス、平民となった。見方を変えるなら──貴族の責務を背負う必要がなくなった。
その分より純粋に、より自由に。彼の大好きだった魔法に生き生きと向き合うようになっていたのだ。
普段は穏やかかつ起伏の少ない表情で、若干考えていることが分からないところがあるけれど。
魔法を使ったり、魔法を研究していたりする時は、昔のように顔を輝かせていた。本当に好きなものに打ち込む顔で。
──それを、羨ましいと思ってしまうのは……抱いてはいけない感情なのだろう。
本当は、自分よりも魔法の方が大事なのか、と言いたかった。でも言うわけにはいかない。彼は自分に縛られるような人間ではないし、何より答えを聞くのが怖かったから。
自分はトラーキア家の長女だ。その責を負い、その特権を受け、その誇りを胸に生きてきた。
母が死んだ時より、そう生きると心に決めた。だから──そう、立ち止まるわけにはいかないのだ。
それに、新しい希望もあった。彼の言葉だ。
曰く、魔法は神に与えられたものではない。人の叡智の結晶で、努力次第で誰にでも扱えるものらしい。
聞いた瞬間、胸が高鳴った。
なら、自分にもできるだろうかと。このどうしようもない国の現状を変える力を、自分も持てるだろうかと。
彼はできると言ってくれた。そして事実、その通りにしてくれた。
ずっとうまく扱えなかった自分の血統魔法を、あっさりと扱えるようにしてくれた。
どころか、更なる真価を引き出すと約束もしてくれた。
アスターの振る舞いにも、こちらが驚くほどの怒りを抱いてくれた。まぁ自分が追放された最終要因というのもあるだろうけど。
彼のおかげで、自分はまた歩き出せる。弱きものを、民を守る人間として在れる。
だから、今日も。
アスターの判断は間違うこともあると証明するため、魔物の討伐に出かけるべく家の門を潜り──
「……カティア、様」
思わず足を止め、目を見開いた。
何故なら、門の前。現在の自分の眼前には。
「急なご訪問で……申し訳ございません」
サラ・フォン・ハルトマン。
かつての親友にして、今は表面上でないにせよ真っ向から敵対している勢力の中心人物の一人が、単独で現れたのだから。
そして彼女は、控えめながらもはっきりとした口調で言ったのだった。
「……少し……お話しする時間をいただけますか……?」
◆
サラに案内されたのは、公爵家に近い場所にある高台の上。眼下には賑わう街の様子がある、見晴らしの良い場所だ。
「やっぱり、どうしてももう一度お話ししたくて……殿下の許可は頂いてます。一人で行くのは──許していただけませんでしたが」
罠であることは、当然考えた。
実際カティアは近いところに二つ、高い魔力反応があるのを感知している。言う通りサラの護衛だろうが、カティアへの刺客も兼ねているかもしれない。
けれど、魔力の大きさからするに少なくともアスターではない。彼クラスが来なければ仮に強引に捕らえに来ようとしても今の自分なら対処でき、その間に公爵家に救援を呼べる自信はあったし。
何より……カティアも、もう一度サラと話しておきたい気持ちは同じだったから。
そう考えて、彼女は呼び出しに応じることにしたのだ。
真っ直ぐに見つめる彼女の眼前で、サラはまず──頭を下げた。
「その……本当にすみません……っ! わたし、あの時、あんなこと……っ」
言っていることは間違いなく、あのパーティーでの件だろう。
「……エルから聞いたわ」
そして、彼女はその件を責めるつもりは毛頭無い。
先日サラと会ったという話をされたエルメスのことを思い出しながら、彼女は答える。
「あなたが今でも私を慕ってくれていることも、あの日のことを悔やんでいることも。そして私も知っている。あなたの家が殿下との婚約を猛烈に推し進めて、殿下との関係に亀裂を入れるような発言を許さないことも」
「っ……」
サラの家の事情は、在学時にサラ自身から聞かされていた。
王族に嫁ぐことの重要さはカティアも重々承知している。だから責めようとは思わない。
よって、カティアが聞くべきことはやはり、一つだけだ。
「サラ。本当に、覚悟はあるのね?」
逃げることを許さない瞳で──同時に、彼女のことを心から案じる気持ちを込めて、カティアは問いかける。
「私のことはいいわ。私は正直、殿下の婚約者という立場にそこまで拘ろうとは思っていないの」
むしろ、今やろうとしていることはその立場が無い方が都合が良い。
そして何より──きっと自分は、アスターを心から愛することはできないだろうから。
「だから、あなた自身の思いを聞かせて。あなたは本当に、本心で、殿下の婚約者となることを望むのか」
「わたし、自身の……」
「もう、私は協力してあげられない。いくら殿下が守ってくださると言っても、他の多くの家があなたをあの手この手で引き摺り下ろしにかかってくることは想像に難くない。それでも──あなたは望むの?」
もし彼女が望むのであれば、自分は心から応援しよう。
けれど望まないのならば……あれ。その時──自分は、果たしてどうするのだろう?
そんな、ふと生まれた疑問。けれどそれを考える暇はなく、サラは返答を発しようとする。
「わ、わたしは……」
何かを迷うような、逡巡するような。けれど最後には何かを……誰かの言葉を思い出したように、顔を上げて。
「カティア様、わたしは──っ!」
その瞬間。
近くで感じていた高い魔力が膨れ上がった。
「ッ!!」
紛れもない、攻撃の気配。
カティアは咄嗟に魔法を詠唱。周囲に霊塊を展開し、身を守る。
そんなカティアの予想通り、遠くから高濃度の魔力の塊が凄まじい勢いで飛んできて──
──
「……え」
サラが目を見開いた一瞬後、無防備な彼女に魔法が直撃。
そのまま弾き飛ばされ、高台から落下していく。
「サラ──!?」
一も二もなく高台の端に駆け寄って下を見下ろす。
居た。地面に叩きつけられて動かない彼女の姿。幸い高度差はそれほどない、死んではいない──と信じたいが、先の魔法の直撃も合わせて大怪我は免れないだろう。
突如として落ちてきた少女に街の人たちも騒ぎと共に駆けつけて人だかりができつつある。
今の魔法は見覚えがある、間違いなく『
だがそれは後回しだ。何はともあれ、彼女の無事を確認しなければ。
そう考えて、階段を降りるのも煩わしいのでもうその場から飛び降りようとした、その時。
「み、みみみ見た! ワシは見たぞぉ!」
横合いから、耳障りな声が響いた。
視線を向けるとそこには、先ほどサラを攻撃したのとは別の、高い魔力反応のもう一人。
銀の髪をした中年の男。エルメスの父親、ゼノス・フォン・フレンブリード。
彼は不必要なほどの大声で──
「い、今! カティア・フォン・トラーキア嬢がサラ・フォン・ハルトマン嬢を魔法で攻撃し! た、高台から突き落としたのだぁ!!」
──嵌められた。
状況も理由も不明だが……少なくともその事実だけをカティアは理解したのだった。
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