19話 英雄王子
「それで、そこの貴様。名は? 爵位は?」
突如としてパーティーの場に現れた第二王子アスター。
彼がまず目を向けたのは、先程カティアに向けて必死に縁談を頼み込んでいた男。
「はっ、はい! カール・フォン・ハートネットと申します! 伯爵でございます!」
「そうか。で、貴様──今なんと言おうとした?」
自分で聞いておいた名乗りを興味なさそうに聞き流し、続けてアスターは伯爵に詰め寄る。
「俺が、カティアとの婚約を破棄したことは流石に、なんだ?」
「ひぃッ」
「よもやとは思うが、
「め、めめめめ滅相もございません!」
冷や汗をだらだらと流し、音が出るほど激しく首を横に振る伯爵。
「ならばなぜそうまで必死にカティアとの縁談を頼み込もうとした? この、俺が、無価値と断じた女だぞ? それを必死に取り入れようとする理由はなんだ? この女にそこまでするほどの価値をなぜ感じた?」
「お、思ってしまったのでございます!」
「何をだ」
「噂によると、カティア様は最大の欠点である血統魔法が使えないことを克服したご様子! ならば、真に完璧な公爵令嬢となられたカティア様であればと! どうか、どうか平にご容赦をッ!!」
恐れのあまり伯爵は震えながら平伏してしまう。
そんな様子を冷めた目で見下ろしつつ、アスターは鼻で息をする。
「……ふん、まあ良い。俺と違ってお前たちは目先の成果に惑わされてしまうものだ。それを正してやろうとわざわざ俺が自ら出向いたのだからな」
言っていることは分からないが、許すような口調と気配を漂わせるアスター。希望を感じて伯爵が顔を上げる。
「で、では……!」
「だが」
しかし、直後に再び冷酷な気配を纏って。
「お前は罪を犯した。その噂に惑わされ、俺の婚約破棄を間違いだったと言おうとしたな」
「! 誤解でございます! 殿下が間違った判断をなさるはずなどございません!」
「いいや言おうとした。つまり
エルメスが傍から聞いていても、後半は言いがかりとしか思えないような言葉。しかし、
「そ、その通りでございます殿下!」
「以前よりその男、殿下の行動を疑うような言動が多々ございました!」
「きっと叛意があったに違いありません!」
周りで聞いていた貴族たちが、何も疑いを挟むことなくアスターの言葉に乗っかる。
「そ、そんな! 貴殿ら!」
「やはりな、俺の目は誤魔化せない」
「で、殿下! 誤解です、誤解なのです、何卒──」
「追って沙汰を下す。連れて行け」
得意げに唇を軽く歪ませ、無造作にパーティーの護衛をしていた兵士に命じるアスター。兵士たちは戸惑いつつも王族の命令には逆らえず、赦しを乞う伯爵を連れて行った。
伯爵の態度からするに、その沙汰とやらも軽いものではないのだろう。
あまりにも馬鹿げた理由で、その運命を決定した第二王子アスター。彼がくるりとこちらを振り向く。
「さて。久しいな、カティア」
「……ええ、アスター殿下」
「随分と調子に乗っているようだな。
(……え?)
エルメスが心中で疑問符を上げる。
先程と同じだ。エルメスからすれば明らかにおかしいと分かることを、なんの疑いも持たず自信満々に言ってくる。
「……お言葉ですが、殿下。紛い物では──」
「は! お言葉か! お前はいつもそうだ、言葉を弄し全て自分の都合の良いように物事を運ぼうとする!」
「……」
「だが残念だったな、もうどう足掻いても俺はお前と婚約を結び直すことはない!」
カティアの言葉を遮って一方的に話を進め、
「何故なら、俺はもう見つけたからだ! お前よりも余程優れた、俺が真に寵愛を注ぐべき令嬢をな! ……さあ、来ると良い、サラ」
「……はい」
大仰に言ってのけてから後方に目を向ける。その視線の先、群衆の中から進み出てきたのはエルメスと同い年ほどの少女。
淡いブロンドの髪に、深く輝く大きな碧眼。長い睫毛やふっくらとした唇などが特徴的な、優しげな印象を与える幼い美貌。
その年の少女としては驚くほど起伏に富んだ肢体を覆うのは、薄い生地を重ねた羽衣のような白いドレス。
カティアが妖精だとしたら、こちらは天使と見紛うような。目を見張るほどの美少女だった。
「サラ・フォン・ハルトマン。新しく俺の婚約者となる令嬢だ」
会場がどよめいた。
その反応からするに、婚約云々の情報はここで初めて出したのだろうか。
「ハルトマン男爵家の長女だ。確かに家格は低いがそんなものは些細なこと。彼女にはカティアにはない美しさと優しさ、そして何より──カティアなど及ぶべくもない魔法の才がある!」
「……サラ」
アスターの紹介を他所に、カティアはサラを見やる。
その視線は──決して憎々しげなものではない。むしろ、どこか案じるような色が含まれていた。
気になったエルメスは問いかける。
「お知り合いですか?」
「……ええ。学校でクラスが同じだったの」
「あ……か、カティア様」
そのカティアの視線に気づいたか、サラが顔を上げて近づいてくる。
どこか後ろめたそうな表情でこちらを見て、彼女は。
「カティア様、その、わたしは……」
「サラ。本当にいいのね?」
一方のカティアは、案じるような気配を残しつつも意図的に厳しい声を作って問いかける。
「殿下の、王族の婚約者になる。それは周りに言われるほど輝かしいことだけではないわ。その全てを受け止める覚悟が、あなたにはあるのね?」
「そ、それは……」
「やめろ、カティア!」
サラが返答をしようとした直前、アスターがサラを庇うような仕草で間に割って入った。
「ふん、本当に抜け目のない女だ。──見たか貴族諸君!
そしてアスターはサラを抱き寄せ、周りにアピールするような大声で語る。
「自らの魔法の才がないことを差し置いてサラの魔法の才に嫉妬し、立場を利用した陰湿ないじめを繰り返していたのだ! うまく周りに隠していたようだが俺には分かる! ……なぁサラ、そうだろう?」
証言を取るかのように、優しくサラに呼びかけるアスター。
「わ、わたしは……」
「大丈夫だ、報復を恐れることはない。俺が守ってやる」
サラは何かを迷うように言葉を濁すが、アスターに囁きかけられてぎゅっと目を瞑り。
「……で、殿下の……仰る通り、です」
消え入りそうな声で、そう言った。
「……サラ」
「よく真実を言ってくれた。これがこの女の本性だ、貴族たちよ!」
悲しげに呟くカティアの声をかき消すように、アスターが叫んだ。
「俺はこの本性にいち早く気がつき、婚約破棄をして学園から追放した! にもかかわらず、今回も往生際悪く足掻くのがこの女なのだ!」
「……」
「目を覚ませ、愚かな貴族ども。これまで欠陥令嬢と呼ばれ、この俺の判断で無能の烙印を押された女が、今になって突然覚醒するだと? あり得るはずがない、何か外道な手を使ったに決まっている」
「それは……確かに……」
「あくまで確かなのは、古代魔道具(アーティファクト)を持ち帰ったという情報だけだ」
「それだけならば運が良ければ誰でも出来る。我々は、騙されていたのかもしれない……」
そしてアスターの大演説を受け、徐々に貴族たちの反応も変わっていくのだった。
更に、まるでそれを見計らったかのようなタイミングで。
「た、大変です!」
ざわめきを切り裂いて、警備兵の一人が大広間に入ってきた。
会場の注目がそこに集中する中、警備兵は汗だくの顔で叫んだのだった。
「こ、この会場のすぐ近くに──大型の魔物が出現いたしました!」
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