15話 外典魔法

「申し訳ありませんが無理です!」


 亀甲龍の動きを五秒間止める。

 そのカティアからの指示に、熱血騎士が正直に答えた。


「お二人を守るだけで精一杯! 歯痒いですが、今の自分たちの実力では──ッ!」

「じゃあ、僕は守らなくて・・・・・・・いいです・・・・


 しかし、間髪入れずエルメスが新たな提案を示す。


「僕に向かってくる攻撃は防がなくていいです、動きを止めることだけに集中してください」

「し、しかしエルメス殿、それでは」

「ご安心を、伊達に師匠と2人だけで迷宮を回っていません」


 基本的に、戦闘における魔法使いの役割は砲台役だ。

 己の騎士に身を守らせて、後方から高火力の一撃を敵に叩き込む。魔法の使用に詠唱や起動といったアクションが必要な以上近接に弱くなる魔法使いにとって、それがオーソドックスな戦い方となる。


 だが、ローズやエルメスは違う。

 そもそも身を守る騎士など用意しようがない身分であった以上、自分で近接でも敵を捌く術を身につけている。無詠唱で素早く起動できる強化汎用魔法もその一環だ。

 ……まあ、ローズはまた別の方法でその弱点を解決していたりしたのだが、それは今語っても詮のないことだ。


 ともあれ、エルメスにそこまで過剰な守りは必要ない。あるに越したことはないが、ここまで切羽詰まれば捨てても構わない。


「あの魔物はかなりの知性がある。むしろ、狙いがわかれば僕を集中的に攻撃してくるでしょう。そこを側面から押さえれば」

「そ、それなら確かになんとか──分かった、君を信じよう!」


 最も守るべきカティアから狙いが逸れる、という意味もあるだろう。騎士たちがエルメスに従って離れると同時、彼は己の魔力を高める。

 案の定、それに気づいた亀甲龍がエルメスに突進。硬い上腕が破城槌の一撃の如く迫り来るが──


「よっ、と」


 ひらり、と軽やかに彼はそれを飛んで躱す。

 その後も怒りのままに暴風の如く振るわれる腕や尾の薙ぎ払いを時に躱し、時にいなし、時に強化汎用魔法で防ぐエルメス。


「なんだと……!」

「あの身のこなし、魔力による身体強化の精度、本職の騎士にも引けを取らないぞ!」


 もとより魔力操作の精度は一級品だった彼だ、あとはローズに体術を仕込まれればこのくらいの動きはすぐにできた。

 忘れることなかれ。彼は、『ただ血統魔法を持たないだけ』の天才なのだ。


「グオオオオオオオオオ!」


 一向に攻撃が当たらないことに業を煮やした亀甲龍が怒りの咆哮を上げ、やたらめったらに腕を振り回してくる。

 確かに当たれば脅威だが、むしろより動きが単調になって読みやすい。

 流石に反撃を挟む暇はなく、このまま避け続けていれば体力が尽きて捕まるだろうが──


「させんッ!」


 そこで横合いから差し込まれる騎士たちの攻撃。カティアの魔法も飛んできており、そちらに意識を割かざるを得なくなる。

 どうにか寸前で結界を展開して魔法を防ぐが体勢が崩れ、そこに拍車をかけるような後ろ足を狙った剣撃。

 ズン、と亀甲龍が膝をつく。更なる騎士たちの追撃。

 それらの攻撃は有効打にはならず、いずれは体勢も強引に回復されるだろうが、


「お見事。十分です」


 そんなことをしていれば、五秒などとうに過ぎる。

原初の碑文エメラルド・タブレット』を展開。その魔法に蓄えられた叡智より、一つの魔法を紡ぎ出す。


 エルメスがローズと共に多くの迷宮を回った、その目的は何か。

 それは勿論、魔法の研鑽に他ならない。

原初の碑文エメラルド・タブレット』は理論上、全ての魔法を再現可能。

 それは汎用魔法然り、血統魔法然り。



 ──魔物の扱う魔法だって、例外ではない。



「【集いて穿てシュライエン 炎の顎フェルド】」


 高位の魔物が操る魔法は、時に血統魔法すら凌駕する。

 その再現は生来以外の血統魔法を扱えないローズが見出し、エルメスが昇華させた新たな可能性。『原初の碑文エメラルド・タブレット』が再現する、第三の魔法のかたち


 彼女はそれを、外典魔法オルタネイトと名付けた。


「術式再演──『外典:炎龍の息吹ドラゴンブレス・オルタ』!」


 応えて現るは、渦を巻く灼熱の息吹。

 洞窟全てを焼き尽くさんと荒れ狂い、されど掌に収まる極小の炎獄。

 かつて師と共に訪れた迷宮の一つ、その最奥に鎮座していた炎龍の切り札。

 激戦の末自らの力で打倒し、再現に成功した最強の外典魔法をエルメスは撃ち放った。


「ガ──!!」


 本能で身の危険を察知したのだろう。亀甲龍は今まで見せたことのない全力の防御を取った。

 首も手足も縮め切り、まさしく亀のように無傷の甲羅に籠る。加えてその甲羅の周りに無数の結界魔法を展開。

 身を守ること以外の全てを捨てた完全防御体勢。だが、この魔法を前にそれは悪手だ。


 まず彼の魔法が結界に着弾──した瞬間一瞬にして結界を焼き尽くし、そのままの勢いで甲羅すらあっさりと貫通。

 そして甲羅の中で、魔法が爆発した。


「ッッ!!!」


 声にならない悲鳴が中で轟く。皮肉にも硬い甲羅が熱の逃げ場をなくし、より内部の地獄に拍車をかけているのだろう。

 いくら鉄壁の防御を誇った亀甲龍と言えど、ああも内側から焼かれ続ければどうしようもない。


 やがて、内部の悲鳴も尽きて。

 甲羅の隙間から立ち上る煙を合図に、完全な沈黙が辺りを包んだ。


「やった……のか……?」

「なんて、魔法だ……」

「起き上がってこないぞ、やったんだ!」


 そして、熱血騎士を筆頭として騎士たちが喜びの歓声を上げる。

 誰よりも前線で戦って死の危機にあっただけに、喜びもひとしおだろう。

 彼らの健闘がなければ勝利はなかった、その感謝と共にエルメスは彼らに回復の魔法をかけようとするが。


「カティア様?」


 その途中で、俯いたままのカティアの様子が目に入った。


「どうしました? 何かお怪我でも──」

「……いいえ。怪我はないし、全員生きてこの場を切り抜けることができたことは素直に喜ばしいと思うわ。あなたの魔法のおかげよ、エル。……ほんとうに、すごい魔法使いになったのね、あなたは」


 顔を上げた彼女は、言葉通り無事な騎士たちを見て安堵の表情を浮かべるが。

 言葉の後半でまた表情を暗くして体を震わせ、



「──それに比べて私は! また、何もできなかった!」



 堪えきれなくなったような慟哭が、響いた。


「……何もできなかった、というのは言い過ぎですよ。最後の敵の崩しには間違いなく貢献していました」

「でもそれ以前に突入の判断を下したのは私よ、あれは間違いなくミスだった。それに比べればあの程度の貢献、罪滅ぼしにもならないわ」

「それは……」


 否定はできない。今回犠牲を出さずに勝てたのは運が良かったからだ。特に前線の騎士たちはいつ誰が死んでもおかしくなかった。

 突入前、外見の時点で相手が手強いのは分かっていた。万全を期すならばあそこは引くのが正解だっただろう。


「エル、私が魔法の使えない欠陥令嬢、って呼ばれているのは知っているかしら」

「……ええ。正しくは先ほど初めて聞きましたが」

「その原因があれよ。見たでしょう、さっきの戦いで私の魔法を」


 あの、亀甲龍の結界魔法に傷一つつけられなかった彼女の血統魔法。


「『救世の冥界ソテイラ・トリウィア』は、トラーキア公爵家相伝の中でも最強の血統魔法の一つ。本来なら竜種だろうと倒せるくらい強い魔法なの。……なのに、どうしてか分からないのに、あの程度の威力しか出せないのよ!」


 己の掌を、カティアは恨めしげに睨みつける。


「そのせいで、私はずっと馬鹿にされてきたわ。他は完璧なのに魔法だけは、って。何度不利益を被ったか分からないし、挙げ句の果てにはアスター殿下にも見限られて!」

「……」

「あなたは捨てられた後も必死に努力して、約束通り素晴らしい魔法を身につけて帰ってきてくれたのに。一方の私は公爵家の面汚しとまで言われて! それをあなたに知られたくなくて隠した結果が今日の醜態よ。……馬鹿よね、隠し通せるわけがないのに」


 だから、彼女は再会してから自分のことを語りたがらなかったのか。


「……失望、したかしら」


 悲しそうな瞳で、カティアはエルメスに問いかける。

 きっとこれまでにアスター第二王子を筆頭として、多くの人に見限られてきたのだろう。

 今度はエルメスも自分を見限るだろう、そうされても仕方ない。そんな悲壮な思いに支配された表情で。


 彼の返答まで、さしたる間はなかった。


「……かつて、僕が無適性と判明して周りからの扱いが一変した時」

「え?」

「貴女は、僕に失望しましたか?」

「!」


 それが答えだ。


「で、でも、それはあなたが優れた魔法使いじゃないなんてあり得ないと思ったからで……」

「それも同じです。貴女ほど真っ直ぐに理想であろうとしている人が、優れた魔法使いでないなんてあり得ない」


 これは断言できる。

 エルメスは他の人より少しだけ魔法に詳しい。

 だからこそ、カティアのような精神性は魔法を扱う上で非常に有用であると知っている。

 しかし現実問題として、カティアの魔法に何らかの障害が起きていることは事実。


 ──なら、エルメスのやることは決まっている。


「カティア様」


 かつて、絶望に折れようとしていた自分を繋ぎ止めてくれた恩を返すために。

 かつて、魔法のせいで失意の底にあった自分が魔法で救われたように。

 今度は、自分が魔法のせいで折れてしまったこの子を魔法で救う番だ。

 だから彼は、己の目的のため。

 魔法で人を助けるために、そして己の魔法を先に進めるために、こう提案したのだった。



「貴女の魔法を──『救世の冥界ソテイラ・トリウィア』を、僕の魔法で再現させていただけませんか?」

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