16話 魔法の真価
「『
エルメスの提案に、カティアは純粋な疑問をぶつける。
彼の魔法を詳しく知らないのならば、もっともな問いだ。丁寧に説明を始めた。
「何度か言いましたが、僕の『
「ええ。だから再現まで時間がかかる代わりに、一度再現した魔法は何度でも使える、よね?」
その言葉に、エルメスの魔法を初めて聞いた背後の騎士たちが驚愕する。
が、それに今は構わずエルメスは続けた。
「ざっくり言うと、魔法を再現するためには対象の魔法を深く理解する必要があるんです。……その魔法を生まれ持っていたカティア様では気づけなかったところまで、深く」
「!」
これは、血統魔法の欠点の一つだ。
人間が構造など知らずとも手足を動かせるように、原理など把握せずとも呼吸ができるように。
血統魔法の持ち主は、
構築と蓄積の極致である魔法を、生来のものにしてしまうという矛盾。
だから、往々にして気づかない。自らの魔法の隠された効果や、本質の勘違いなどに。
「カティア様が魔法を上手く扱えない原因は、恐らくそこにあります」
けれど、エルメスならば分かる。
魔法は神に与えられたものではなく叡智の結晶。血統魔法のせいで歪んでしまった魔法の認識を正しく持っている彼ならば、彼女の魔法を見通しあるべき姿に導くことができる。
「つまり、貴女の魔法を僕の魔法で解析させていただくことで、貴女の魔法が機能不全を起こしている原因を突き止めます。……多分ですが、そう難しい原因ではないと思いますよ」
「……本当に、できるの?」
そこまで聞いたカティアの顔に浮かぶのは、疑念と期待。
感情が入り混じった表情で問いかけた彼女に、エルメスは頷く。
「というか、何となくの当たりでいいならもう原因に目処はついているんです。……そうですね、では現時点でも分かる簡単なことを」
そう告げて、彼はとある魔法の性質をカティアに耳打ちする。
ある意味で意外な原因にカティアが瞠目し、それならば、と早速試してみようとした瞬間。
「おお! やはり噂は本当だったのか!」
またも、耳障りで甲高い声が響いてきた。
声のした方を見ると案の定、どう狭い迷宮を抜けてきたのか疑問に思うほど丸い体型の男、エルドリッジ伯爵がそこに居た。
「間違いない、これがかの
伯爵が見ているのは、亀甲龍と戦った大広間の脇にある小部屋、丁度亀甲龍が最初にいた位置の裏側に当たる場所。
その中にある、白銀の輝きを放つ一振りの杖だ。
輝きの元である銀杖に、2匹の蛇を模した精巧な彫刻が巻きついている。そして頭には一対の光の翼。
その複雑で美しい意匠と言い、迸る魔力と言い、確かに
「ふはははは、やはり天は吾輩に味方していたようだ! これは吾輩が最初に見つけた、吾輩の功績、吾輩だけのものだぁ!」
同様の確信を得たエルドリッジ伯爵は、喜びと欲望で顔を歪ませて高らかに笑う。
「これを王室に提出すれば、莫大な報酬がもらえるであろう! 宝物か領地か、あるいは爵位の昇進も……!」
「……お待ちを。エルドリッジ伯爵」
当然そんなことを見過ごすわけにはいかず、カティアが口を差し挟む。
気分良く未来を想像していたところを邪魔されてか、伯爵が不機嫌そうにこちらを振り向いた。
けれど、すぐにその口が嗜虐的に歪み。
「おやぁ? 誰かと思えば欠陥令嬢ではないか。一歩遅かったようだな、この
「ご冗談を。向こうの魔物が見えないのですか?」
カティアが指さす先は、未だに細い煙が立ち上る亀甲龍の焼死体。
「隠し部屋でもない場所に、これほど目立つ魔道具。先に辿り着いていた私たちが気づかないはずがないでしょう。あくまであの魔物の討伐を優先したまで、発見者は私たちです」
「後付けの理由だ、怪しいものだな」
「だとしても、この迷宮を攻略したのは私たちです。迷宮攻略の取り決めに照らし合わせても、優先権はこちらにあると思いますが」
複数の家が合同で迷宮攻略する場合、その迷宮で得られたものの取り分はあらかじめ決めておく場合が多い。
今回のような件はイレギュラーだが……それでも、カティアの言う通り
加えて実際魔物を倒したのもこちらとなれば、優先権がどちらにあるのかなど疑いようもない。
だが、褒賞がよほど魅力的なのか伯爵は食い下がる。
「ふん、だから何だと言うのだ! 貴様ら程度に倒せる魔物など吾輩でも倒せた! 運よく先に辿り着いただけで調子に乗るな小娘が!」
「誤魔化さないでください。魔物をこちらが撃破したのは事実、あの死骸を魔力鑑定すれば証拠にもなります。道理に合わないのは──」
「ええい、やかましいやかましいやかましいッ! 欠陥令嬢ごときが生意気に口答えするな!!」
ついに伯爵は激昂し、同時に己の魔力を高めて。
「【集うは
血統魔法──『
己の血統魔法を起動。
途端、伯爵の周りに立ち上る大嵐。なるほど、それなりの強さの血統魔法だ──とエルメスは推察した。
「見よ、これが真なる血統魔法! 選ばれし者の特権だ!」
見せつけるように嵐を漲らせ、伯爵は優越感に満ちた声で告げる。
「良いか、この国は魔法が全てだ! つまりろくに魔法も使えぬ貴様のような令嬢は最底辺。何かを言う権利もない、貴様の言うことなど誰も聞きはしない! そんな分際で吾輩に逆らうこと自体が罪だと知れ!!」
「……」
「死骸が証拠になるだと? ならばその死骸ごと我が嵐で裂き、砕き、バラバラにしてしまえば良い。ここは山奥の迷宮、他に目撃者などおらんのだからなぁ! そもそも、貴様らが魔物を倒したこと自体怪しいものだ! あまりにも弱すぎたか、どうせ卑怯な手でも使ったに違いない!」
「っ、撤回を。この魔物は竜種でしたし、止めを刺したのは紛れもなくエルの、エル自身が積み上げた魔法です!」
「はっ、やはり貴様自身ではないのか! 従者の力頼りとは情けないなぁ!」
我が意を得たと調子に乗る伯爵、しかし事実故反論できず今度はカティアが黙り込む。
「悔しければ貴様も魔法を見せてみろ! 聞いたぞ? 見るに悍ましい死者を冒涜する魔法、おまけに血統魔法と呼ぶのも憚られるほどお粗末なものだとな! 吾輩の素晴らしい魔法との差に打ちひしがれるが良いわ!」
「ッ!」
「万に一つでも貴様の魔法が吾輩に優っていたなら言い分を認めて引き下がってやろうではないか! まぁ無理だろうがな、ふはははははははは!!」
我こそ正義とばかりに高らかな哄笑を上げる伯爵。
されどここまでの挑発を無視するわけにもいかず、半ば以上の諦めと共にカティアも前に出て魔法を起動しようとするが。
「カティア様」
そこに、エルメスが声をかける。
「……エル、止めないで。ここばかりは私自身が出ないと──」
「ええ、承知しております」
自分自身の魔法を見せろと挑発されているのだから、ここでしゃしゃり出るような真似はしない。
「僕からは一つだけ。先ほどの言葉を思い出してください、カティア様」
「あ……」
「大丈夫ですよ、貴女の魔法は素晴らしい。あんな力任せに劣るはずはございません。……貴女は今、何を思ってその魔法を使いますか?」
エルメスが、先刻カティアに告げた魔法の性質。それは、
「魔法はその成り立ち上、術者の感情に左右される部分が多くございます」
「術者の、感情……?」
「ええ。そしておそらく、カティア様の『
「で、でも! 私は毎回真剣に魔法を起動しているわ!」
「真剣であることも大事ですが、感情を乗せることとは少し違うんですよ」
「……どういう、こと?」
「大事なのは、想いの『純粋さ』です。人は存外、自分の中の感情をしっかりと把握できていません。建前に乱されたり、理想が先行しすぎてがんじがらめにされていたりね」
だからこそ、彼はそういった人には今一度問うのだ。
純粋な想い。つまり、『何を思ってその魔法を使うのか』と。
そして、カティアは己に問う。
(……私は今、何のために魔法を使うのかしら)
多分少し前の自分ならこう即答していただろう。
『エルドリッジ伯爵に挑発されたから。伯爵の暴虐を止めるため』と。
そして苦笑する。
(なるほど。建前ね、それは)
ならば、『配下の侮辱を許さないため』『貴族として正しくあるため』。
どれも嘘ではない。けど……今現在この瞬間の感情かと言われると違う気もする。
するともっと純粋で……言い換えると、単純な。
(……ああ、そうか)
確かに、自分はこの思いに蓋をしていたかもしれない。
ひどく個人的で、我儘な。
けれど確かに純粋な、今の思い。それは──
「腹立たしいわね」
空気が変わった。
「私たちがどれほど苦労してあれを倒したかも知らないで、横からしゃしゃり出てきて好き放題」
静かで、けれど苛烈な魔力が彼女の裡から迸る。
「おまけに自分では何もせず手柄だけを掻っ攫おうとする卑しさ。誇りというものがないのかしら、あなたには」
その圧に呑まれ、これほど言われているにも関わらず伯爵は何も返すことができず。
「──エルたちのことも、馬鹿にして! 恥を知りなさい、エルドリッジ!!」
そして彼女は、高らかに宣誓する。
「【終末前夜に安寧を謳え 最早此処に夜明けは来ない 救いの御世は
血統魔法──『
そして顕現する、死霊の群れ。
けれど、これまでとは決定的に違う点が。
「な……なんだ、その魔力は……!」
霊魂の、質。
これまでの乱雑な塊ではない。その全てが『怒り』という名の圧倒的な感情の力を伯爵に向けてきていた。
そも、彼女の魔法は死霊をこの世に対する未練……つまり、強い感情を媒介に呼び出すもの。
その感情に霊魂が共感できる一定の指向を与えること。それによってより強力に、より大量に呼び出すことが可能となるのだ。
広間に溢れかえるほどの荒ぶる怨霊の群れ。それを前にしては伯爵の嵐もひどく頼りなくなるほどで。
それら全てを従えるカティアは、この場においてまさしく冥府の女王のごとき風格を漂わせていた。
「──それで」
彼女が、口を開く。
「『私の魔法があなたに優っていたら言い分を認めて引き下がってくれる』のよね? これでどうかしら、伯爵」
「み……み、見掛け倒しだろうどうせ! 外面だけを取り繕って誤魔化しているだけだ! 吾輩の目はご、誤魔化せんぞ!」
けれど、伯爵は尚も抵抗した。
「そ、それとも、その魔法で吾輩を攻撃でもするつもりか!? そんなことをすれば大問題だ! ただでさえ低い貴様の評価は地に落ちる、間違いなく勘当だ! そ、それでもいいのかッ!?」
おまけに、どう考えても伯爵より強くなった彼女の魔法を使わせないようそんな弁論まで持ち出し始める。
自分は優れた魔法を盾に好き放題やったのに、いざ劣勢になれば今度は自分が規則を持ち出すとは大した変わり身だ。
……そして、そろそろ良いだろう。
「なら、バレなきゃいいんですよね?」
カティアと伯爵の格付けは済んだ。もう自分が出ても問題はないと考えエルメスが口を挟む。
「な、なんだ貴様。また使用人のガキが──ひッ!?」
途中で悲鳴を上げたのは、見てしまったからだ。
近寄るエルメスの頭上。そこになんらかの魔法で持ち上げられた、巨大な亀甲龍の甲羅を。
「確かにカティア様の魔法で貴方を殺せば魔力で足がつきますね。……でも、これで押し潰せばどうでしょう?」
「はっ、早くどけろそれを!」
「ああ、吹き飛ばそうとしても無駄ですよ。これすっごく重くて固いので、その程度の魔法じゃどうにもなりません。だからこれで潰れれば、きっと皆さん憐れにも魔物の犠牲になったと勘違いしてくれるでしょう」
「ひッ、ひぃ!」
「『ここは山奥の迷宮、他に目撃者などいない』。これも貴方の台詞ですよね?」
「お、お前たち! 何をしている、早くこの無礼者を──!?」
追い詰められた伯爵は、連れていた騎士たちに助けを求めるが。
「すまないな伯爵の騎士たちよ! 貴殿らに恨みはないが、我々も主をここまでコケにされて怒りが溜まっておるのだ!」
既に全員、カティアの騎士たちに制圧されていた。迷宮入り口の時点で双方の練度の差は分かっていた、順当な結果だ。
そして遂に、味方がいなくなった伯爵に対してにっこりとエルメスが問いかける。
「た、助け──」
「て欲しければ、どうすればいいかお分かりでしょう?」
彼の笑顔の迫力と、後ろから睥睨するカティアの圧力。
それに伯爵が負けて項垂れ、己の非を認めて報酬を譲るまで、そう時間はかからなかった。
巨体を揺らし、伯爵が慌てて逃げ帰ってから。
「……いま、の」
魔法を解いたカティアが、信じられないような表情で己の掌を見つめる。
「え、エル、あなた今何かしたの?」
「いいえ、紛れもなく貴女の力です。……昔見た通り、きれいな魔法でしたよ」
恐らく、今の王都にはこんな事例が溢れている。
自分の魔法の真価を把握できない者、その価値を理解できていない者。
エルメスならば、それが分かる。それをあるべき方向へと導ける。
「こんな簡単に、魔法が強くなるなんて……」
「貴女がちゃんと研鑽を続けたからですよ。それに、[こんなものじゃない]。貴女もお分かりでしょう?」
「……そうね。今のも強かったけれど……公爵家相伝としては、まだ、足りない」
彼女が顔を上げて、エルメスを見つめる。
「あなたなら、それも引き出せるの?」
「自信はあります。ぜひやらせて頂きたいですし……個人的な望みですが、僕も、貴女のその素晴らしい魔法を使ってみたい」
むしろ、そっちの方が主目的だったりする。彼にとって魔法の解析は魔法の取得と同義だ。
彼は、魔法に関しては非常に貪欲なのだ。
「……いいわ。それが報酬なら安いものだし、遠慮する必要もないわね」
くすりと笑って、カティアが了承し。
エルメスが王都にきてから再現する魔法が、また一つ増えて。
波乱に満ちた迷宮攻略が、終了したのだった。
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