14話 迷宮の主

 突如として現れたエルドリッジ伯爵に先を越されてしまったが、予定通り迷宮に潜ることになったエルメス達。

 伯爵の態度を見る限り、迷宮攻略の報酬は全て自分の手柄にしてしまうつもりに違いない。

 それを防ぐためには──単純明快、伯爵より先に迷宮を攻略しきってしまえば良い。


 ちなみに、迷宮を攻略するとは大抵の迷宮の最奥にいるあるじ、その迷宮の魔物のリーダー格、一番強い魔物を倒せば良い。

 そうすれば統制を失った魔物は混乱し、また新たな主が誕生するまである程度の安全が確保できる。

 そのためには、主を守るように存在している、迷宮の奥深くに行くほど強力になる魔物の群れに立ち向かう必要があるのだが──


「ギャッ!」

「グオオオォッ!」

「ギイアアアアア!」


 その道程は、驚くほどに順調だった。


「よっ、と」


 原因は、言うまでもなく中心で魔法を振るうエルメスだ。


「エル。改めて聞くけど……それ、どうやってるの? 汎用魔法、なのかしら」

「ええ、正確には『強化汎用魔法』です。師匠が開発したり、僕が手伝ったりしたものもあるんですよ」


 エルメスの手から縦横無尽に放たれる色とりどりの魔法の数々。

 それらが正確に魔物達を貫き、一切の無駄なく撃滅していく様は芸術的ですらあった。


「『原初の碑文エメラルド・タブレット』の応用でして。血統魔法ほどではありませんが結構便利なんですよね、これ」

「便利どころの話じゃないわよ……」


 その名の通り、『原初の碑文エメラルド・タブレット』を用いて強化された汎用魔法。

 確かに、威力だけで言うなら血統魔法に及ばない。

 しかし、それを補って余りある手数の多さ。加えて何より──詠唱を必要としないことによる出の早さ。


 襲い来る魔物の弱点を的確につくその運用で、下手な血統魔法を凌駕する戦果を挙げている。

 基本的に生来の魔法によるゴリ押ししかしない多くの貴族達と比べれば、段違いに効率的で美しい魔法の使い方だ。


「ほんと順調ね」

「騎士の皆さんがきちんと足止め、壁役をやってくれるからですよ。おかげでこちらは攻撃に集中できる」

「はっはっは! 君のその魔法の速さがあれば我々は必要無い気もするがな!」


 例の熱血騎士が苦笑とともにそう言うが、『必要無い』は流石に言い過ぎだ。

 カティアが信頼するだけのことはある。彼らは個々の能力も高く、連携も見事だ。

 全方位隙なく中央のカティアとエルメスを守ってくれ、一切魔物をこちらに通さない。


 あとはカティアが魔物の方角を指示し、エルメスがそこに効果的な魔法を撃つだけ。

 壁と司令塔と砲台、まさしく要塞の如き安定感で道中の魔物を難なく蹴散らし。

 これまで詰まっていたところもあっさりと突破し、迷宮の最奥へと辿り着いたのだった。




「あれが……この迷宮の主かしら」

「感じる魔力からしても間違い無いかと」


 隘路を抜けた先の大広間。

 そこに鎮座する巨大な魔物を遠目に見て言葉を交わす。


 真っ先に目に入るのは、甲羅だ。

 半球状に魔物を覆うそれに、刻まれた六角形の一つ一つが金属質でいかにも硬そうな輝きを放っている。

 そんな甲羅の隙間から覗くは、同じく硬い鱗に覆われた爬虫類の顔。切れ長の瞳孔は血のような赤い輝きを放っており、その下には凶悪にデザインされた顎、そして獲物を狩るためだけに存在しているような鋭い牙。


「……亀甲龍トータス・ドラゴン。古くは玄武とも呼ばれた、れっきとした竜種ですね」

「エル、あなた魔物にも詳しいの?」

「師匠によく迷宮攻略には連れられましたから。最も、知識だけであれと戦ったことはまだありませんが」


 よく文献も読まされたので、魔物の外見と名前だけは知っていたのだ。

 おまけに、その魔物の奥にちらりと見える、小部屋の奥から覗く輝きと魔力。

 あれが噂通りの古代魔道具アーティファクトだとしたら、むしろ竜種レベルの魔物が守っているのも道理だ。


「まずいわね。まさか竜種クラスがいるなんて」

「間違いなく手強いでしょうな。どうなさいます、お嬢様」


 熱血騎士の言葉にカティアはしばし考え込んだが、


「……行くわ。伯爵のことも気になるし、何よりこれほどの魔物が表に出たらどれほどの被害になるのか想像もつかない」

「分かりました」

「ただし、みんなの命が最優先よ。勝てないと感じたら即撤退、お父様に指示を仰ぐわ」


 彼女らしい指示と共に、一同は一斉に大広間へと飛び出す。

 即座に気付く亀甲龍。血色の瞳がエルメスたちを認め、自らに敵意を向ける存在だと気づいた瞬間。




 跳んだ・・・




『!?』


 その場の全員が度肝を抜かれた。


 油断していたのだ。その外見から決めつけてしまっていた。

 ──流石にあの魔物が鈍重でないことは無いだろう、と。

 その予想をあっさりと裏切り、俊敏な動きで跳躍した亀甲龍がずしん、と見た目通りの重量で以て着地。

 加えて、その位置は。


「入り口──まずい、塞がれたわ」


 勝てないと感じたら即撤退。

 そのカティアの指示を嘲笑うように、難敵である演出と逃げ道の封鎖をワンアクションでやってのけた。

 そんな強さと知性を兼ね備えた魔物相手と、いきなりエルメスたちは戦うことになってしまったのだった。




 戦いは、予想通り相当の劣勢で始まった。


「こ、の──ッ!」


 定石通り騎士たちが魔法使い2人を守るように展開しようとするが、まずそれが相当の難関だった。

 原因は言うまでもなく、亀甲龍の俊敏性。

 目で追えない、と言うほどではないがこの迷宮で出会ったどの魔物よりも素早く、油断すると即陣形を乱されてしまう。

 カティアたちを守ることで精一杯で、魔法を当てる隙を作る暇がない。


 そして、どうにか見つけた微かな暇に魔法を打ち込もうとするも──


「……かったいな」


 強化汎用魔法を打ち込んだ手応えに対するエルメスの反応である。

 比較的装甲が薄そうな首の部分をわざわざ狙ったにも関わらず、かすり傷程度のダメージしか与えられていない。

 何百発も当てればどうにか勝機は見えるかもしれないが、これだけ高速で動く相手のしかも当てにくい首部分。現実的ではない。


 その現状の認識は他の人も同じだったらしく、熱血騎士が攻撃を防ぎながら提案する。


「カティアお嬢様! エルメス殿の魔法では有効打を与えられません! 血統魔法を、お願いします!」

「でも、私の魔法は遅いわ! こいつに当てられる気が──」

「手伝います。『血の鎖アルセラム』」


 提案に素早くエルメスが呼応した。己の指を切って血液を飛ばす。それが亀甲龍の手前で光を放ったかと思うと、赤い鎖となって首に絡みつき、地面に縫い付ける。


「っ、これなら──『救世の冥界ソテイラ・トリウィア』!」


 亀甲龍はそれも難なく引き千切るが、どうにかこれまでよりも大きな隙を作ることができた。

 それを見逃さず、カティアが予め詠唱しておいた己の血統魔法を解放。

 幽冥より現れし霊魂の群れが、巨大な魔力塊となって殺到する。

 原因不明の理由によって十全に扱えないものの、それでも血統魔法は血統魔法だ。先までのエルメスの魔法を上回る高威力広範囲の一撃。体勢を崩された亀甲龍に避けることは不可能──


 ──だったが。


「……うそでしょ」


 確かに直撃したはずの魔法、その先を見やってカティアが絶望の表情で呟く。


「素でもそれだけ硬いのに──結界魔法まで使えるっての!?」


 亀甲龍は、避けなかった。

 代わりに、首の周りに幾重にも貼られた障壁がカティアの魔法を完璧に受け止めていた。

 当然、本体は欠片のダメージも受けてはいない。



 これが、魔物の魔物たる所以、通常の獣と違う点だ。

 魔物とは、魔法生物の略称。魔力をエネルギーとし、高い魔力に引き寄せられる性質を持ち。

 そして──魔法を扱う個体が存在する。



 今回の障壁のように、高位の魔物が扱う魔法は時に血統魔法すら上回ることがあり、これが民に恐れられる理由。貴族が魔物の討伐を最重要命題として掲げているわけである。

 尋常ではない敏捷性と防御力。加えてさらなる鉄壁を誇る結界魔法。

 更に、その防御力は攻撃力としても機能する。硬い鱗に覆われた尻尾や前腕を利用した凄まじい勢いの薙ぎ払いで、既に幾度となく騎士たちは戦闘不能の危機に追い込まれている。


 間違いない。この魔物──複数の家が合同で討伐に当たるべき難敵だ。


「カティアお嬢様!」


 カティアの血統魔法も有効打にはなり得ない。そこから判断した熱血騎士が叫ぶ。


「自分たちがどうにか奴を崩します。その隙に──エルメス殿と共に撤退してください!」

「な──」


 それは、つまり。


「できるわけないでしょう! 貴方たちを置いて逃げるなんて──」

「逃げるのではありません! 援軍を求めに行くのです! 他の家、業腹ですがエルドリッジ伯爵の助勢も期待せざるを得ないでしょう!」

「っ!」


 確かに、現状ではそれが最も合理的な判断だ。

 だが、今即座に助力が期待できるのはこの迷宮のどこかにいるエルドリッジ伯爵のみ。そして隣領の領主なのだ、伯爵の実力も大まかには理解している。

 そこから判断するに恐らく、伯爵の協力があってもこの魔物を討伐するには至らない。


 ならば迷宮の外まで助けを──だめだ。この迷宮があるのは山奥、すぐに援軍を連れて戻ってくることは不可能だ。

 間違いなく、その間に騎士たちは死ぬ。


「それは──」


 認められない。

 守るべき民を見捨てて逃げるような真似は出来ない。

 それこそ、あの日からカティアが己に課している責務の一つなのだから。


 だから、彼女は。


「……エル、あなたにばかり頼ってごめんなさい」


 彼に、助けを求めた。

 ユルゲンから無闇に血統魔法の再現はするなと言われているが、今はそれを言っていられる状況ではない。


「何か、ないかしら。あなたの使える血統魔法の中で、あいつに効くようなものは」

「……血統魔法の中では、これといったものはないですね」


 しかし、彼はそう答える。

 唯一可能性がありそうなのは『魔弾の射手ミストール・ティナ』だが、『救世の冥界ソテイラ・トリウィア』と同じく結界魔法で弾かれる公算が高いだろう。

 他にもいくつか血統魔法のストックはあるが、直接攻撃系でなかったりこの狭い洞窟の中では使えなかったりとどれもこの場では決定打に成り得ない。


「そんなっ」

「でも」


 だが、血統魔法に限らないのであれば──


「あの結界を貫ける一撃は、あります」

「!」

「ただ、カティア様の魔法以上に溜めがいる。詠唱も必要です。……五秒、奴の動きを止めていただければ」


 五秒。

 あの敏捷性と硬さを持つ魔物相手に、それは尋常ではない難題だ。だが。


「……それで、確実に奴を倒せるの?」

「少なくとも、全員逃げられる程度の痛打は与えられます」


 なら、とカティアは。


「やるわ。あなたに賭けるのがきっと全員生き残る最善の策よ」


 そう断言して、騎士たちに向けて指示を伝える。

 ……ならば、応えるべきだろう。

 ここ5年の間、彼はローズと共に多くの迷宮を回ってきた。

 なんのために・・・・・・そうしたのか・・・・・・。その成果、『原初の碑文エメラルド・タブレット』の可能性を見せるときだ。

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