13話 迷宮攻略

 翌日。

 早速エルメスがトラーキア家での仕事をする機会がやってきた。


「それじゃあエル。改めて確認するけれど、今日の仕事は私と一緒にこの『迷宮』を攻略することよ」


 トラーキア本家からしばらく馬車で移動した端、トラーキア領と他領との境にある山地。

 その一角にある見た目上は洞窟の入り口を前に、カティアは宣言した。


 貴族の仕事は、基本的には領地経営及び領地に住む民を守ること。

 そして、人間以外で民を脅かす二大要素、それが『魔物』、及びその拠点となる『迷宮』だ。

 魔物がどのようにして生まれたか、何を目的にしているのか、なぜ人を襲うのかは未だ不明。

 一説では何かしらの魔法が・・・・・・・・暴走した結果・・・・・・と言われているが、真実は未だ誰にも分かっていない。


 ともあれ、それが人を襲い人類の脅威となる以上、高い魔法の力を持つ貴族はそれを討伐する責務を負う。

 領地を脅かす魔物を排除し、魔物が多く生息する迷宮を攻略することが貴族の日常と言っても良い。


 それに、迷宮攻略にはメリットも存在する。

 生息する魔物を上手く倒せばそこから有用な素材が取れて財源となることもあるし。

 何より、迷宮の性質か魔物の習性かは分からないが──稀に、強力な魔物の背後や隠し部屋などで、希少な魔道具などを入手できる場合もあるからだ。


 そういうわけで、職務と実益を兼ねた迷宮攻略をカティアは今日行う。

 昨日の件もあるから今日は一応家にいた方が良いのではないかとも思ったのだが、どうも早急に攻略が必要であるらしい。


 ともあれ、迷宮攻略における護衛の一人としてエルメスは同行していたのだった。

 ……そう。護衛の『一人』、である。


「カティアお嬢様、自分は反対です!」


 この場には2人の他にも、5名ほどトラーキア家の騎士がついてきていた。

 恐らくはエルメスが来る以前に迷宮攻略の護衛だった者たちだろう。そのうちの一人がエルメスを胡散臭げに見て声を上げる。

 引き締まった体躯に彫りの深い顔立ち、如何にも正義感の強い騎士と言った風体だ。


「新たに専属で護衛をお雇いになると聞いてどのようなものかと見てみれば、こんないかにも弱そうな細身の子供一人とは! 我々だけでは不満と申しますか!」


 他の人間も表立って異を唱えようとはしないが、エルメスに向ける視線は似たり寄ったりだ。


「聞けばこの者、お嬢様の幼馴染とか。いいですか、迷宮攻略は戦場なのです! 足手まといを抱えることがどれほどの負担か──」

「……まあ、言われるだろうとは思っていたけれど」


 そんな騎士の言葉をカティアは嘆息とともに聞き入れ、冷静に返答する。


「先に言っておくと、あなたたちの護衛能力自体に不満はないわ。その上で──彼がいれば迷宮攻略の効率が段違いに上がる。そう考えたから採用したまでよ。別に私情で護衛にしたわけじゃ……ないから」


 最後に微妙な間があったのが気になるが。


「……ともかくエル、そういうわけだから。今日の攻略はあなたメインで進めるわ。あなたの力を見せてあげなさい」

「わ、分かりました」


 そう確認を終え、いざ迷宮の奥地へと足を踏み出そうとした──その時だった。




「おやぁ? もしやそこにいるのはかの欠陥令嬢ではないか?」




 迷宮入り口の方から、ひどく甲高い男の声が聞こえてきた。


 その場にいる全員が振り向くと、そこにいたのは中年の男。

 よく狭い入り口をくぐれたなと思うほどでっぷりとした体型に、首と顎の境界がなくなるほどの丸っこい顔。

 見方によっては可愛らしさすら感じるほど円形に近い男だが、こちらを嘲弄するその表情からするにそのような見方はできそうにない。


「……エルドリッジ伯爵」


 小さく、その男の名をカティアが呟いた。


「エルドリッジ?」

「トラーキアの隣領よ。丁度この山が境界になっている、ね。……何の用でしょうか、伯爵」

「決まっているだろう。見えないのかね、我が騎士たちが」


 カティアの問いに対し、同様に十人ほどの騎士を連れたエルドリッジ伯爵が傲岸に答える。


「吾輩は今からこの迷宮を攻略するのだ。分かったらさっさと退くが良いぞ」

「なっ……ご冗談を。この迷宮はトラーキア領の管轄です。その扱いはこちらに優先権があるはず」

「ふん! そんなカビの生えた約定など忘れたわ!」


 反論を鼻で笑ってカティアを見下す伯爵。


「聞くところによると、この迷宮には強力な魔物が蔓延り、かの伝説の古代魔道具アーティファクトが眠っているという噂があるではないか! そのような危険な迷宮、欠陥令嬢などに任せておけぬ! 吾輩が慈悲の心でもって迷宮攻略を手伝ってやろうと言うのだ、むしろ感涙に咽び泣いて然るべきなのではないか? ん?」


 厭らしい笑みでこちらを伺ってくる。

『手伝ってやる』の部分に本音がないのは見え見えだ。まず間違いなく狙いは古代魔道具アーティファクトがあるという噂だろう。それをいち早く発見し、功績を横から掠め取るつもりだ。


 魔道具自体が相当に貴重なもの、とりわけ現在の魔法で再現できない古代魔法具アーティファクトとなればその価値は跳ね上がる。発見しただけで王宮から報酬が貰えるレベルの偉業だ。

 噂があるだけでも、行ってみる価値は十分にあるほどの。


「……古かろうと約定は約定。越権行為として報告してもよろしいのですね」

「好きにするが良い! まあどうせ貴様の言い分など誰もまともには受け取らないだろうがな!」


 言って伯爵は、大仰に手を広げてバカにするように言い放つ。


「なあ、英雄王子に捨てられ、魔法もろくに扱えない・・・・・・・・・・欠陥令嬢!」

「……魔法が、使えない?」

「っ」


 エルメスは、実の所カティアに関することを詳しく聞かされてはいない。

 昨夜の第二王子に婚約破棄された話も結局、あの後カティアが黙り込んでしまってそれ以上は知らされなかった。

 きっと、言いたくないのだろう。そうであるならエルメスは無理強いするつもりもない。


 ……でも、それはそれとして。

 とりあえずこの醜く太った男が、現在カティアを侮辱しているのは疑いようのない事実だったから。


「かの英雄王子にも見限られた名門公爵家の面汚しが、何を貴族の真似事を続けているのだ? 余計なことをせずに大人しく、吾輩のような神に選ばれし魔法使いに任せておけば──ッ!?」


 べらべらと話し続けていたエルドリッジ伯爵が、唐突に口を引き攣らせた。


 なぜなら、ごうっ、と。

 自分の弛んだ頬の横を、すさまじい勢いで炎弾が通り過ぎていったから。

 その炎弾は勢いのまま護衛の騎士の間も通り抜け──


「ギャンッ!」


 伯爵たちの背後から忍び寄ろうとしていた狼の魔物に直撃し、瞬く間に消し炭に変えた。


「なっ、魔物!?」

「ばかな、いつの間に!」

「い、今の、この子が撃ったのか?」

「かなりの威力だ……というか今、いつ詠唱した……?」


 前半は伯爵の騎士たち、後半はカティアの騎士たちの言葉である。

 そして、当の魔法を放って早速魔物を撃退したエルメスは。


「ああ、申し訳ございません、エルドリッジ伯爵様。御身の危機と思い僭越ながら助力させていただきました」


 不自然なほどの丁寧な口調で、にっこりと笑って。


「話の腰を折ってしまいましたね、どうぞ続きを。──あの程度の不意打ちに・・・・・・・・・・すら気づけない・・・・・・・、自称神に選ばれし魔法使い様に任せておけばどうなるんですか?」

「え、エル……?」




 余談だが。

 彼は師ローズと生活する上で、師のずぼらな生活態度に流石に耐えきれず苦言を呈したことが幾度かある。

 その時を思い返したローズは、こう語ったと言う。


『普段温厚なやつがキレると怖いってマジどころか想像以上なんだな──』と。




「どうぞ、続きを。ご高説を披露してくださるんでしょう?」


 まさしく慇懃無礼。

 それでいて謎の迫力を醸し出すエルメスの言葉を受けて。


「なっ、なっ、なっ──何だ貴様は!」


 羞恥と怒りで丸い顔を真っ赤にしつつ、唾を飛ばさんばかりの語気でエルメスを責め立てる。


「使用人のガキ風情が楯突きおって! この吾輩を誰だと思っている!」

「存じ上げませんね、無学なもので。そして楯突いたとは心外です、むしろお助けしたのですから。伯爵様こそ感涙に咽び泣いて然るべきなのでは?」


 意図的に、伯爵が先程述べた煽り文句を一字一句そのまま返すエルメス。

 対する伯爵は返す言葉が思いつかず、顔の形も相まってそれこそ林檎のように赤面したのち。


「~~ふんっ!! 貴様の顔、覚えたぞ小僧。吾輩を侮辱するとどうなるか、後日たっぷりと知らしめてやるからな!」


 陳腐な捨て台詞を残し、ずかずかと騎士を連れて迷宮の奥へと進んで行った。


「貴様らも弛んどる! あのような襲撃から吾輩を守るのが仕事であろうが! クビにするぞ!」

「は、はいぃ!」


 そんな伯爵の怒声が迷宮の奥に消え、残された者たちの間にしばしの沈黙が流れる。


「……あー、カティア様、すみませんでした。少し頭に血が上りまして」


 少し冷静になったエルメスは、流石にやりすぎたと反省しカティアに頭を下げる。


「えっ、いや、き、気にしなくていいわ」


 謝罪を受けた彼女は、慌てて胸の前で手を振る。

 それから気恥ずかしそうにこちらから目を逸らし、


「……むしろ、怒ってくれて、あ、ありが」

「すまない少年!! 私は君を誤解していた!!」


 何事かを言おうとした瞬間横合いから凄まじい音量で謝罪の言葉が届いた。


「今の素晴らしい魔法の腕前、そして主人に対する侮辱を許さず伯爵相手でも食ってかかるその勇気! 小さな子供と見た目だけで侮った己の不明を私は今猛烈に恥じているッ!!」

「え、あ、はい」


 続けて音圧がすごい賞賛を述べるのは、先刻エルメスの同行に反対していた騎士だ。

 どうやら彼は少々思い込みが激しく、あと思ったより数段暑苦しい人だったらしい。


「改めて先程はすまなかった、魔法使いの少年!」

「い、いえ、カティア様の身を案じてのことでしょうし、疑うのは当然です。怒りはしませんが……」

「なんと心の広い少年だ! これからは共にカティアお嬢様をお守りしよう!」


 すびしっ、と手を差し出してくる騎士。とにかく悪い人ではないと分かったので、素直に握手に応じる。


「……そろそろいいかしら」


 心温まる──かどうかは少々怪しい光景の横から、今度はカティアが口を挟んだ。


「仲良くなれたのなら結構。さっさと行くわよ」

「あ、はい。してカティアお嬢様、何故そこまで不機嫌なので?」

「不機嫌じゃないわ。ほら、あなたが先頭でしょう!」

「は、はい! ……やはり不機嫌では?」


 こうして、むすりと口をつぐんだカティア以外はそれなりに良い雰囲気で、彼らも遅れて迷宮に足を踏み入れるのだった。

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