9話 再演

創成・・魔法──『原初の碑文エメラルド・タブレット』!」




 全員の驚愕に迎えられ、遂に公開された彼の魔法。

 銘を呼び、応えて現るは幻想的な翡翠の光を宿す半透明の緑板。

 その表面には不可思議な文字の羅列が並び、その周囲には同じ光を持つ緑の立方体が踊っている。

 神秘と叡智、奇跡と原理。相反する二つのイメージを同時に抱くような、幻想の文字盤が彼の左手に収まっていた。


「エル、それは……?」


 その魔法の美しさに目を奪われつつも、カティアが問いかける。


「『原初の碑文エメラルド・タブレット』。師匠に教えていただいた魔法で、僕の魔法の『種』と呼ぶべき──」

「──はったりだッ!!!」


 しかし、彼の返答はまたも甲高い声で遮られる。


「どんな代物かは知らないが、どうせろくな魔法じゃないんだろう! お前が優れた魔法を持つことなんてあり得ないッ、あってはならないんだよ、魔法以外には何もかもが選ばれていたお前がッ!!」


 信じない──と言うより、認めてはいけないとの思いを感じさせる声でクリスが喚き立てた。

 それに呼応するように、背後の魔弾はよりその輝きを増していく。


「そうだ、僕が生け捕りを命じられたのはカティア嬢だけ。じゃあ、その過程でたかが平民一人が運悪く巻き込まれてしまったところで──誰も咎めなどしないよなぁ!!」


 クリスの台詞が何を意味するか、分からない者はこの場にはいなかった。

 血走った目に明確な殺意を乗せ、クリスはエルメスを凝視する。

 背後の光は既に臨界に達し、今にもその全てが殺意と魔力を十全に込めてエルメスに放たれようとしていることは明らかだ。


 だが、エルメスは動じない。

 魔法を顕現させたまま静かに、そして注意深く。目の前にある魔法を観察していた。

 何かを探るように──或いは、何かを読み取ろうと・・・・・・・・・しているかのように・・・・・・・・・

 同時に彼は思い出す。この文字盤の形をした魔法を、師から教えてもらった時のことを。




 ◆




 遡ること5年前。


「これが創成魔法、『原初の碑文エメラルド・タブレット』。あたしが開発した最高傑作にして──最強の魔法だ」

「さいきょうの、まほう……!」


 ローズに弟子入りしたばかりのエルメスは、まず師よりこれから学ぶことを大まかに教えてもらっていた。

 彼女が誇らしげに、楽しげに告げたその魔法に彼は目を輝かせる。


「男の子はそういうの好きだろー? 素直な反応ありがとう、今日も可愛いなぁ我が弟子よ」


 エルメスの反応に、ローズはご満悦の表情で彼の頭を撫でる。


「この魔法の基本効果は、言うなれば『魔法の解析と再現』だ」

「解析と……再現、ですか?」

「そう。何度も言うが、魔法は天よりの授かり物ではなく人の業だ。全ての魔法には理屈があり、法則があり、確固たる因果と再現性がある」


 つまり、その理屈と法則に従えば本来誰でも魔法は扱えるもの。そうローズは語る。


「この『原初の碑文エメラルド・タブレット』はそれに必要な解析をまず補助する。目の前の魔法はどういう魔力の流れで動いているのか、どんな術式がどこに刻まれて、どういう順番でそれらが発動しているのか」


 彼女の展開した文字盤、その表面の紋様が複雑な軌道を描く。

 ローズの視線の先にあるのは、二人の間に置かれた魔法の炎が閉じ込められたランプだ。


「そして解析結果をもとに、この魔法に内蔵された『魔法の部品』と呼べるものを組み合わせ──再現する」


 言葉の終わりに、ぱっと彼女の手のひらの上でランプと全く同じ色の炎が灯った。


「あたしはこの魔法を応用して、汎用魔法を更に『改造』することで血統魔法に近いレベルの魔法を複数操ってるってわけだ」

「へぇー!」


 出会った時にローズが見せた多種多様の魔法、その種を知ってエルメスは素直な称賛の声をあげる。


「師匠! それ──僕にも同じことができますか!?」

「はっはっは。何言ってるんだ、我が弟子」


 予想通りの質問を受け、ローズは楽しげな笑みを見せてから。


「お前は、『これ以上のこと』ができるようになるぞ?」

「!」

「身に宿る血統魔法呪いのせいで、あくまで血統魔法に『近い』レベルの魔法しか再現できなかったあたしとは違う。お前なら、お前だけはこの魔法の真の使い方をマスターできる。だからあたしは、お前にこれを託そうと思ったんだから──」




 ◆




「……【六つは聖弓 一つは魔弾 其の引鉄ひきがねは偽神のかいな】」



 また、その場にいる全員が目を剥いた。

 何故ならそれは、今まさに放たれようとしているクリスの血統魔法の詠唱であり。

 それが──エルメスの口から発せられていたからだ。


「まさか──ッ!」


 その先に起こることを予感し、それだけは認められないとばかりに彼の魔法を撃ち放つ。

 しかしエルメスは動じず、莫大な魔力の高まりと共にその名前を口にした。




術式再演・・・・──『魔弾の射手ミストール・ティナ』!」




原初の碑文エメラルド・タブレット』の真の使い方。

 血統魔法に呪われているローズでは届かない、無適性の彼だけが辿り着ける領域。


 すなわち、『血統魔法の再現』である。


 それは、あたかも鏡写しの如く。

 エルメスの背後にも巨大な光球が顕現し、クリスの光球を真っ向から迎え撃った。


 二つの魔法が激突。先の倍以上に両者の間で荒れ狂う魔力の奔流。

 やがてそれも収まり、結果は──全く同じ魔法が逆方向からぶつかり合った結果当然の──均衡。

 お互いに一切ダメージを与えることなく、二人の魔弾は綺麗さっぱり消え去っていた。



(……ふう。どうにか上手くいった)


 結果を見て安堵の息を吐くエルメス。

 その様子からも分かる通り、彼とて今の結果を余裕で起こせたわけではない。


原初の碑文エメラルド・タブレット』は理論上、全ての魔法を再現可能だ。

 だが、それはあくまで理論上の話。実際に行う上では対象の魔法を正確に理解する観察力と知識、そこから再現する魔法をきちんと組み立てる構築力、更に分からないところは即興品で代用する応用力も必要になってくる。


 詰まるところ、血統魔法クラスに複雑な魔法を初見で再現はまず不可能ということ。

 エルメスがそれらの基礎をこの5年師匠にきっちり叩き込まれたこと、そして幼い頃より何度も見て、加えてその身で味わったこともある『魔弾の射手ミストール・ティナ』だからこそ例外的に、ぶっつけ本番での再現が成功したに過ぎないのだ。

 

 だが、そんな彼の事情など一方のクリスは知る由もなく。


「ありえない……!」


 体を震わせ、喚き始める。


「ありえない、ありえない、ありえない! この僕が、あいつと違って選ばれた存在である僕が! よりにもよってあいつを相手にこんな、あり得るはずがない、何かの間違いに決まっているッ!!」


 クリスはその怒りに任せ、続け様に大量の魔弾を放ってきた。

 しかし今度はエルメスも動じず、再現したばかりの同じ魔法で以て迎撃。


「抵抗するな出来損ないが! お前は、お前は僕の知らないところでくたばるか、一生僕の下を這いつくばっていればいいんだよぉ!!」

「……」


 両者共に同じ魔法を扱っている以上、先ほどと同じく今度の撃ち合いも互角──とは、ならなかった。

 徐々に、僅かずつだが。エルメスの扱う魔法の勢いがクリスを圧し始める。


「そんな──!」


 使っている魔法が同じならば、差が出るのはそれ以外の部分。

 すなわち、魔法の威力に影響を与える魔力出力。魔法に変換する際のロスを無くす魔力操作。魔法の動きを正確に把握する魔力感知。

 幼い頃より鍛え続けてきたエルメスは、それら全てにおいてクリスを上回っている。


 無適性と判明しても諦めず鍛錬を怠らなかったエルメスと、授けられた魔法に胡座をかいて研鑽を怠っていたクリス。

 現在の撃ち合いの形勢は、そのまま二人の努力の差だ。


「ばかな……この僕が、よりにもよってあいつに──ッ!」


 そして遂に。エルメスの放った魔弾がクリスの目の前に着弾し、その衝撃でクリスが吹き飛んだ。


「なっ、クリス隊長!?」

「ばかな、クリス隊長が敗れるだなんて……!」


 固唾を呑んで見守っていた周りの兵士たちが、信じられない光景を前にして狼狽する。


 今だ、とエルメスは判断した。


「カティア様、今のうちです。包囲を脱出しましょう」

「あ──そ、そうね。でもクリスさんは……」

「大丈夫、直撃していないので倒してはいませんよ。どころか」


「ッ! お前たち、何をしているッ! 殺せ! さっさとあのふざけた出来損ないを殺すんだよぉッ!」


「……あの通りまだ戦意が漲ってます。追われるのも厄介ですし、頃合いかと」

「……わ、分かったわ」


 引きつり気味の顔でカティアが頷き、二人はその場から駆け出す。


 その後も、激昂するクリスと彼の命を受けた兵士たちの追撃に襲われたが。

 王都の地理に明るいカティアと、ローズ直伝の強化汎用魔法を用いたエルメスの妨害や撹乱で、どうにかそれらを振り切り安全な場所まで避難することが出来たのだった。

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