8話 彼の魔法

「エル……なの?」

「? はい、エルです。エルメスです。先程も僕のことをお呼びしましたよね?」


 信じられないものを見た。

 そう言いたげな表情で問いかけるカティアに、エルメスはきょとんとした顔で返す。


 とは言え彼自身、言った通り本当に状況は全く分からない。

 ただ、王都に着いた瞬間遠くの方で覚えのある魔力が派手にぶつかり合っているのを感知し。

 思わず駆けつけたところ、感知通り何故か幼馴染のカティアと兄クリスが戦っているのを目撃。


 混乱して一瞬足を止めたが、その直後クリスの血統魔法『魔弾の射手ミストール・ティナ』がカティアの方に放たれ。

 これはまずいと思ったのと、カティアが自分に気づいたのか助けを求めてきたので助太刀した次第である。

 ちなみに、口調が違うのは単純に今は平民である身分を弁えてのことだ。


 そして、再度エルメスの本人確認を行い確信を得たカティアが。


「~~~っ」

「!?」


 ひどく頬を赤らめ、何かの感情を堪えるように俯いてしまった。

 流石のエルメスもこれは面食らい、いくら何でも5年越しの再会の割には軽すぎただろうかなどと考え、とにかく声をかけようとしたが。


「……おい。まさかとは思うが……本当にエルメスなのか」


 不躾な声が、二人の間に割って入った。

 視線を向けた先には、先程とは打って変わって不機嫌そうなクリスの顔が。


「ええ、エルメスです。……兄上、と一応仮にお呼びしましょうか?」

「断るよ、もうお前はフレンブリード家じゃない。……生きていたのか、忌々しい」


 敵意も顕に睨みつけるが、すぐにどうでもいいとばかりに鼻を鳴らす。


「まあ、もう僕には関係のない話だ。……おい、そこの貴様・・・・・。貴様の隣にいる御令嬢を僕に寄越せ」

「何故、とお聞きしても?」

「ふざけるな! 血統魔法も持たないただの平民には関係のない話だ。英雄気取りはやめてそこの罪人を大人しく引き渡せ!」

「……罪人?」


 騒ぎ立てるクリスから一旦目を離し、隣の少女に目を向ける。


「カティア様。兄う……元兄上はああ仰っていますが」

「誤解、言いがかりよ。私は公爵家の誇りにかけて道に背くようなことはしていないわ」


 揺るぎない瞳で、カティアはそう返した。

 その後、何かを迷うように視線を彷徨わせ。


「……でも、クリスさんの言うことも正しいわ。貴方はもう貴族じゃない、関係のない話よ。こんな……醜くてどうしようもない争いに巻き込まれる必要なんて無い……」


 クリスと同じ言葉のようで、その実真逆の優しさで彼を遠ざけようとする。

 だから、エルメスは。


「カティア様。僕は貴女にとても大きな恩義があります」

「……え?」


 王都に来た理由の一つを、彼女に告げる。


「無適性と判明し、地下牢に閉じ込められていた時。貴女が励ましてくれなければ僕の心は折れていました。ここに立っていることもなかったでしょう」

「あ──」

「その頃の、まだ貴族であった頃の・・・・・・・・・・恩を返させていただきたいのです。お困り……なんですよね?」


 カティアとクリスの言い分は矛盾している、どちらが正しいか確かめる手段は今のエルメスにはない。 

 ならばエルメスは、自分自身の意思に従って動こう。

 自分が無適性と発覚してから、コンプレックスがあったとは言え過剰なほど手酷く扱ったクリスと。

 発覚しても自分を信じてくれたカティアならば、どちらに味方したいかを迷う必要はない。

 そのまま、彼は笑顔で手を広げ。


「幸いあの後良い師匠に巡り会えまして。僕、結構強くなったんですよ? それなりのことはできると思います。例えば──」


 笑顔を不敵な──師匠譲りのものに変えて、クリスの方に再度目を向ける。


「──あの貴族令息を倒してほしい、とか」

「ッ!!」


 その挑発を受け、クリスは今にもエルメスを視線で射殺さんばかりに睨みつける。

 一方のカティアは、そんな彼の様子を驚きとともに見つめていたが、やがて。


「……ずるいわね、あなたは」


 どこか切なげに笑った。先ほどとは別種の諦念と……抑えきれない期待を込めて。


「こんなタイミングで、こんなふうに現れて、そんな言葉を言われたら……縋りたく、なってしまうじゃない」


 そして、彼女は。


「……助けて、エル」


 改めて、エルメスに告げる。


「倒すのは、多分まずいわ。……だからどうか、この場から安全に私を逃がして欲しいの」

「お安い御用です。……ええ、仰せのままに」




 ついにクリスが爆発した。


「さっきから黙って聞いていれば──いい気になるにも程があるんじゃないかなぁッ!!」


 眦を吊り上げ、怒りのままに魔力を解放する。


「どうやったかは知らないけれど、さっきの一撃を防いだくらいで調子に乗るなよ! 僕の本気はこんなものじゃない!」


 その魔力に呼応するように、先と同等の大きさの光球が三つ、四つと増えていく。

 言葉通り、先の魔弾は全く本気を出してはいなかったのだろう。

 逃げるにせよ何にせよ、まずはこの魔法を切り抜けなければ話にならない。


(……さて)


 エルメスは軽く息を吐く。

 ……実の所、大見栄を切るほどエルメスに自信はない。

 現時点での全力を発揮した、公爵家クラスの血統魔法の使い手。そのレベルと相対して確実に上回れると思えるほど彼は自分の強さにまだ確信を持てていない。


 けれど、彼の師ローズは言っていた。『自信のない時ほど大言を吐け』と。

 保険をかけ、負けた時の言い訳を用意するのは愚かなことだ。見栄を張り、自ら逃げ道を塞ぎ、目標に向かって全力で挑戦する。それを成すものだけが、膨大な経験値と確かな成長という名の報酬を得られるのだと。


 ならば、ここで挑戦しよう。今、ここで──


「僕の魔法を、また一つ広げる」


 それに、良かったと思う。

 自分の目的の一つは、王都で多くの血統魔法を目にすることだ。

 その意味で、この状況。早速強力な血統魔法が目の前にあり、しかもそれが自分にとって因縁深い魔法である『魔弾の射手ミストール・ティナ』。

 僥倖だ。幸先が良い。戦う上では最適の条件と言って差し支えないだろう。

 むしろ、ずっと思っていた。──最初に見るならば、この魔法だと。


 何せ。

 自分の魔法は・・・・・・そういった状況に・・・・・・・・この上なく適している・・・・・・・・・・

 その意識と共に、宣誓の後彼は軽く息を吸って。



「【くて世界は創造された 無謬むびゅうの真理を此処に記す

  天上天下に区別無く 其は唯一の奇跡の為に】」



 エルメスを除くその場の全員が、息を呑んだ。


 何故なら、それは紛れもなく詠唱。己の内にある魔法を起動するための数小節。

 血統魔法を持たないエルメスに唄えられるはずが無いものを、彼は今口にしたのだ。


 その認識は正しい。エルメスの中に血統魔法は無く、これからも発現することはない。

 故に、これから見せるものは血統魔法に非ず。

 神より賜った天稟カースではなく、師に教わり自ら身につけた己の努力フィート、その結晶。

 奇しくも彼の瞳の色を冠した、これから彼の代名詞となる魔法。その銘は──




創成・・魔法──『原初の碑文エメラルド・タブレット』!」




 王都に戻って、始まった彼の伝説。

 その始まりとなる彼の魔法が、日の目を浴びた瞬間だった。

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