5話 魔法の真実、そして弟子入り

「……エルメス、です」


 色々と疑問はあるが、とにかく名を聞かれたので素直にエルメスは返答する。

 今までの暴行で受けた傷も、彼女がついでとばかりに治してくれたのかもう痛みは感じない。


「あの、助けていただきありがとうございました」

「ああ、気にすることはない。あの連中はあたしがムカついたからボコっただけだからな」


 先程の敵意も顕に大暴れした時とは打って変わって、友好的に話しかけてくるローズ。

 ある種無邪気とも言える態度の変化は容姿の美しさも相まって、先と同様浮世離れした印象を与える女性だ。


「でも、妙だな」


 そんな折、ふと何かに気付いた様子でローズが小首を傾げる。


「君、さっきの感知能力から察するにかなり強い魔法使いだろ? 確かにあの連中はそこそこ強かったが、君ほどの人が大人しく捕まるようにも見えないんだが……?」

「っ!」


 彼女の言葉に、悪気がないことは分かっていた。

 けれど、その問いで彼は思い出してしまう。

 エルメスは、実家に捨てられてしまうほどの出来損ないの魔法使いであり。

 先程見惚れた彼女の魔法、夢見た偉大なる魔法使いの具現には、もう一生かけても辿り着くことはないのだと。


「それ……は……っ」

「!?」


 命が助かったことで気が緩んでか、或いは改めて自分の惨めさを認識させられてか。

 理由を話そうとするがうまく言葉にできず、終いには堪えきれなくなって涙を流してしまう。


「ど、どうした!? 傷が痛むのか!? 完璧に治したつもりだったんだが……」

「ち、ちが、違うん、です……」


 狼狽えるローズを前にして、嗚咽混じりながらもなんとか言葉を発しようとする。


「僕は……僕も、あなたみたいな魔法使いになりたかった……でも、無理……なんです……」

「……無理?」

「僕には……自分の魔法が無いんです……!」


 あの日、自分に血統魔法が無いと言われてからも彼は諦めなかった。

 きっといつか、きっとどこかに。自分の魔法があるんじゃないかと探り続け、その結果高い魔力操作能力と、先ほども見せた感知能力を得ることはできた。

 でも──だからこそ、もういい加減分かってしまう。



 自分の血の中には、欠片も魔法の気配がない。きっとこの先も、見つかることはない。



 誰も知らなかった自分の中にある魔法が覚醒する……なんて甘美な空想は、夢物語でしかなかった。

 研ぎ澄まされた感知能力故に、その結論に絶対の自信を持ててしまう。

 皮肉にもこれまで鍛えてきたことが、この上なく己の絶望を担保してしまっているのだ。


「だから……どんなに鍛えても……どんなに魔力の扱いが上手くても、なんの意味もない! ぜんぶ無駄なんだ……っ!」


 一度口にしたことで、歯止めが効かなくなってしまったのだろう。

 エルメスはそれからも、堰を切ったように話し続ける。家族に捨てられたこと、これまで受けた扱い、信じてくれた女の子も遠くに行ってしまったこと。

 要領を得ない説明も多かっただろうが、ローズはその全てを真剣な顔で真っ直ぐに聞いてくれて。


「そっ……か……」


 やがて、エルメスが一通りを話し終えてから。


「出会ったばかりのあたしが同情するのもアレかもだが……それは、辛かったなぁ」


 彼女はゆっくりと、抱きしめてくれた。


「っ!」


 久しく感じていなかった人の温もり。びっくりするほどに柔らかく優しい肌の感触と甘やかな花の香りが全身を包み込む。

 ゆっくりと頭を撫でられて、心がほぐされまた涙が溢れてきた。


「気にすることはないさ、エルメス。あの貴族どもは所詮借り物の力で粋がっているだけの連中だ。……本当に、なんにも変わっちゃいないんだな、あいつら」


 そのまま彼女は耳元で囁く。前半は穏やかに、後半は少しだけ暗さを感じさせる声で。


「そんな連中の言うことなんざ真に受けなくていい。例え血統魔法が無くたって………………え?」


 しかし、その時だった。

 ローズの声が途中で止まり、わなわなと体を震わせ始めたのだ。


「いや待て待て待て。ちょっとひどすぎる生い立ちに気を取られてサラッと聞き流してしまったんだが……君、血統魔法を持っていないのか!?」


 ぱっと体を離して、驚愕の表情でローズが問い直す。


「え、ええ」


 やっぱり、このすごい魔法使いさんからしても血統魔法を持たないのは致命的なのか……とエルメスの心が再度暗黒に支配されかけるが。


「──すごいじゃないか・・・・・・・・!」


 だが直後、予想だにしないことが彼女の口から発せられた。


「おいおいおい、下衆どもに出会って今日は厄日かと思ったら人生最高の日だったぞ!」


 そのまま何故か、ローズは目を輝かせエルメスの脇に両手を入れて持ち上げる。


「えっえっ」

「これだけ高い魔力があって操作や感知の基礎能力も一級品、そして極め付けは血統魔法を・・・・・持っていない・・・・・・だと!? 最高だ、あまりに完璧な原石すぎて逆に罠を疑うぞこれは!」


 揶揄われているのかと思ったが、子供のように輝く彼女の瞳にそのような色は微塵もない。


「性格も素直でいい子、おまけに顔も可愛い! 理想すぎる、惚れた! あたし好みに育てたい!」

「えっええええ!?」


 どころか、最後に何やらとんでもないことを呟かれていよいよエルメスの混乱が極値に達する。


「あ、あの……何を言っているのか……」

「おっとすまない。ちょっと年甲斐もなく興奮しすぎてしまった」


 流石に置いてきぼりにした自覚はあるのか、照れ臭そうにエルメスを地面に下ろす。

 そしてローズは数歩下がって咳払いを一つはさみ。


「そうだな……何を話そうか」


 しばしの思考を挟んでから、穏やかな口調で問いかけてきた。



「……エルメス。君、魔法は好きかい?」



「え──」


 少しばかり唐突な質問に面食らう。

 けれど彼女の表情は、微笑を浮かべているものの今まで見た何よりも真剣で。

 だから彼は、真っ向から返す。

 幸い、返答に迷うことはないのだから。


「──はい。大好きです」


 魔法。

 人の身で起こす奇跡。願いを叶える御業。

 生まれた時から魅了されていた。何よりも美しいと思った。自分だけの素敵な魔法を見つけたかった。

 人生の全てを懸けてもいいと思えるもの。それが、彼にとっての魔法だった。

 彼の返答に、満足そうにローズは頷く。


「でも、僕は……」

「血統魔法を持たない。だから優れた魔法使いにはなれない──」


 続く彼のネガティブな言葉を拾ってから、彼女は夕日を背に不敵に笑って。


「──じゃあまずは、その誤解を正そうか」

「!」


 どきりと、心臓が跳ねた。


「確かに血統魔法は凄まじい代物だ。あたし自身持ってるからそれはよーく分かってる」


 ローズが軽く指先を横に向ける。

 直後、ズドンと。空からの光線が指先の地面を穿ち、大穴を空けた。


 彼女が先ほど見せた血統魔法──『流星の玉座フリズスキャルヴ』。


「これを、生まれた時から無条件に、なんの努力も無しに扱えるんだ。確かにとんでもない。生半な連中ならこれだけで満足してしまうだろう、それほどの力だ」


 だが。




「だが──これ以上のことは・・・・・・・・絶対にできない・・・・・・・




「え……?」

「貴族連中含め、ほとんどの人間は勘違いしている。魔法は神に与えられたものじゃない、確かな理念と論理のもとに組み上げられた人の業。然るべき手順を踏めば誰だって、どんな魔法だって扱えるはずなんだ」


 世界が、ひっくり返る予感がした。


「血統魔法は『天稟ギフト』なんて素敵なもんじゃない。生まれた時から無条件に、一つの魔法しか・・・・・・・使えなくする・・・・・・呪縛カース』なんだよ」


 魔法は本来、論理的に積み上げて習得するもの。努力の果てに身につけるもの。

 その習得の過程をすっ飛ばして生来使えるようにしたものが血統魔法。

 だが──血統魔法はその代償として、本来習得できたはずのそれ以外の魔法の使用を制約する。

 可能性を犠牲に、無条件の力を得る禁忌。それこそが血統魔法という『呪縛カース』だと、彼女は語る。

 衝撃の事実に驚愕するエルメスに、ローズは指先を突きつけた。


「そして、君は血統魔法を持っていない」

「!」


 再度、心臓が跳ねた。

 だが今度のそれは驚きだけではない。微かな──しかし確実な期待を含んでいた。


「分かるだろう? 君は神に選ばれなかったんじゃない。むしろ奴らの言葉を借りるなら──君は唯一人神に呪われていない、全ての魔法を十全に扱える可能性を持った魔法使いだ」


 続けてローズは、自身の周りに多種多様な魔法を展開する。光の壁、炎の球、風の刃など、どれも先ほど見せた凄まじい威力の魔法の数々。


「君は、さっきあたしが見せたこれら全てを扱える才能を持っている。いや……それどころじゃない。血統魔法のせいでここまでしか扱えないあたし以上に強くて、かっこ良くて、綺麗な魔法を使える。世界で一番自由な魔法使いになれるんだ!」


 彼の鼓動はもう、痛いくらいに脈打っていた。

 家族に見捨てられ、才能に絶望し。

 どん底を彷徨い続けた果てに出会った──これまでの何よりも大きな、希望。


「さっきも言った通り、あたしは君のその可能性に惚れた。君がどんな魔法使いになるのか見たい。そして願わくば、その一助をぜひあたしにさせて欲しいんだ。……だから、さ」


 最後に彼女は頬を染め、恋する乙女のようにはにかんで。


「君みたいな子を、探してた。君さえ良ければ……あたしの、弟子になってくれないか?」




 ……普通に客観的に考えれば、凄まじく胡散臭い誘いだと思う。


 いくら危ないところを助けてくれたとはいえ、今まで生きてきた中での常識を根こそぎひっくり返す話をして最後の言葉が『弟子になれ』。

 むしろ何か裏があると思わない方がおかしい。


 けれど、不思議とそのような思いは抱かなかった。


 助けられたことや魔法の素晴らしさに対する贔屓目がないと言えば嘘になるけれど。

 何より──魔法について語る彼女が、本当にとても生き生きとしていて。

 エルメスは思ったのだ。

 ああ、この人も魔法が大好きなんだな、と。

 彼にとってそれは、千の言葉より雄弁な説得だった。

 だから、一瞬の迷いもなく、エルメスはこう答えたのだ。


「──よろしく、お願いします!」




 かくして、家族と縁を切られただのエルメスとなった少年は『空の魔女』ローズの弟子となった。

 それから5年。彼女の元で研鑽を積んだエルメスは、再び王都へと舞い戻ることになる。

 彼と、それに関わった者たち。全員の運命が大きく変わる時は、刻一刻と近づいていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


これで、序章は以上となります。

次話からは5年後のお話。魔女の元で修業を積んだエルメスの大活躍が始まります!



また、並行して連載している新作


クラスのギャルに『わたしのママになって!』と言われてVTuberのデザインを始めたら、いつの間にか俺も一緒にVTuberになって人気が爆発した件。


の方も読んで頂けると、また気に入って頂けたらそちらも

・作品のフォロー

・作品画面下部の「☆☆☆」による評価

をして下さるととても嬉しいです!


よりたくさんの読者さんに読んでいただける契機となります。

どちらも作品画面から簡単に出来るので、ご協力いただけるとありがたいです……!


※現在重要なランキングボーダーである、

『週間総合百位』

に載れるかどうかの瀬戸際になっております!

作者のモチベーションにもつながるので、

改めて是非新作の方の☆評価フォローにご協力いただけると……!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る