第2話 苦悩と成果

 リベルが居なくなっていた。朝に見た時は、食事をした部屋で蟻と遊んでいたのでアルクスは急いでエーテルを呼びに向かう。


「リベルが!??」エーテルの悲鳴が響いた。

「僕もびっくりだよ、僕らがいた部屋の前を通らなきゃ外には行けないのに…」アルクスは気合を入れていたのにこれではと不満が積もり顔が暗くなっていく。

「リベルの事よ、何をしでかしていつ帰ってくるか分からないわ。まぁいいアルクス、少し変更よ、リベルが帰ってくるまで少し鍛えましょ」エーテルは探すのを断念して化粧をしている。しなくてもいいような容姿だが、彼女の美しさは磨きをかける事で花よりも可憐に咲いていた。    

 エーテルの支度が終わり、二人は徒歩で二十分程歩いた。道は然程険しくは無いが少し坂道なため、あまり運動していなかったアルクスにとってはかなり体力が消費される。

「エーテル、どこに向かってるの?」

「もうすぐよ、ちなみにアルクスって泳げるの?」「ある程度は…」アルクスは何となく察してガックリする。昨日の出来事で傷は痛むし早起きでまだ眠たい、そんな状態で泳ぐとなると命が危ない気までしてくる。アルクスはどうエーテルから逃げるか考えようとしたが、リベルが頭によぎってくるせいで気がつけば逃げるに逃げられない所まで来ていた。「アルクス?早く行くわよ」エーテルのニヤリとする顔を見て絶望が満たされてた事により、面白くなってきたアルクスは諦めて従う事にした。 


「いいアルクス、まずは力をつけることよ。痩せるのは正直簡単、でも、力をつけるには時間がかかるわ。最低でもアルクスの場合二週間は必要ね」

「早くしたいのに…」

「リベルも然程力は無いわ、でも、しっかり同じにしないといけないの。リベルの期待を裏切れば消されちゃうからね?」アルクスはもう死を恐れてはいなかったが、リベルの期待にはとことん答えたかったので自分に活を入れる。

「ひとまずブレストでもいい?去年覚えたんだ」

「ええ、泳ぎ方は問わないわ。できるものをして」

「エーテルは泳がないの?」

「私?メイクもしたし…、まあ、気分次第ね、今は貴方が優先よ」エーテルはボトルを二つ持って長椅子に座った。アルクスも決心を固め、約一年ぶりに泳ぐ。案外上手くできていて安心した。が、それも束の間、五十メートルも泳ぐと体が小さく悲鳴を上げてくる。

「もう疲れたの?アルクス、もっと運動しなきゃ駄目よ、」エーテルは持っていたボトルをアルクスに渡す。「飲みなさい、アルクス、次はクロールで競争しましょ。」「泳いでくれるんだ!任せて、クロールは得意なんだ。」アルクスはエーテルの予想に反して目を輝かせた。


「リベル。また語りに来たのか?」

「いいや、そもそも俺は君に話そうとはしていなかったじゃないか。」

「嗚呼、俺から頼んだな」ゲラゲラ笑う男はリベルに水の入ったグラスを渡した。「で、どうしたんだ?いきなりこんな所まで本を買いに来るなんてどうかしてるぞ?」リベルは正午になるまでかかって行きつけの本屋へ来ていた。ここの店主はリベルの存在を知ったうえで関わっており、当の本人自身前科がある。

「リベル、花嫁は元気か?」

「エーテルは嫁じゃない」

「あの店の周辺の男は惚れたもんだ。まぁ、手を出した人間は尽くお前に殺されたがな」また笑い声が響く。

「エーテルを守るのが今の仕事だからね、」

「エーテルも変わった奴だな、どんな人間より、こんな怪物を選ぶなんて」男は、本を引き出しから取り出しリベルの前に差し出した。「例の物だ」リベルは親指を上に上げてありがとうを伝えた。本に囲まれた部屋で、リベルはカウンター椅子に、男は脚立に座る。

「ドームス、子供を操るにはどうしたらいい?」男は目を丸くして脚立の軋む音を出した。「おいおい、悪魔の継承か?それとも、、エーテ」「違う」「流石にな…」ドームスは本屋の店主をしている一方でエーテルの店によく行くため、リベルとエーテルの二人とは結構の仲だった。そのため、子供というワードには衝撃を隠せていない。

「リベル、一般的な助言をしてやろう。子供は愛してやるに限るぞ」ドームスの言葉を笑みを浮かべて聞くリベルだが絶対に理解していない。

「アルクスというんだ、私が探していた子であの子自身も私を探してた。」「そりゃ、興味深い。」ドームスが体を前のめりに出して頬杖をついた。

「アルクスは私の意思とは別に、でも、私の思い通りに動こうとする。何故だと思う?」

ドームスは少し考えてやめた。「お前さんの探してた人材だ。悪魔の考えは一般人には分かるまい」リベルが悲しそうな顔をする。

「そうだ、一度会わせてくれよ、今日は送ってやるから!」「決まりだ。」二人は、紙やインクの匂いが満ちた部屋を後にした。

 

「大分泳いだわ…」疲れ切ったエーテルとアルクスは着替えて、店に戻り、店内のソファで涼んでいた。「僕は十三勝でエーテルは五勝だよ」「悔しいけど認める、」二人が話していると店に誰かが来たらしく扉をノックする音が聞こえた。

「客ではないから…」エーテルが溜め息をつきながらカウンターへ行く。アルクスは賑やかな店内に一人、体を休めながら眠た気に目を擦る。

「あら、ドームスじゃない。久しいわね」

「久しぶりだなお花さん」

「お花は枯れたわ」

「そりゃ残念」ドームスのジョークにエーテルは最適な返しをし、二人を昔と変わらない雰囲気で包みこんだ。

「そうだ、エーテル。リベルの奴、大丈夫か?」突然思い出したかのようにドームスは話し出す。「何かあったの?」

「彼奴、途中で車降りてどっかに行っちまったんだ。いつもみたいな笑みも無かったから返って不気味だったぞ、」

「今日は家にいなさいって言ったのに、馬鹿なんだから」エーテルの怒りがドームスに伝わってきた。

「まぁまぁ、今日、俺が来たのは例の子供が見たいからなんだよ、会わせてくれよ」

「アルクスの事ね、いいわ。私も正直手を焼いてるから助けて欲しかったの」「そんなガキなのか?」「ガキと言えばガキね、リベルは」「二児の子守は大変だな」

 ドームスを招き入れ、アルクスのいる席まで行く。アルクスはそんな事も知らず、机に突っ走っていた。

「アルクス、お客さんよ」バッと顔を上げでオドオドしく会釈する。「はじめまして、、、アルクスです。」「はじめまして、ドームスだ。よろしくなアルクス。」「ええっと…」「俺は本屋の店主だ、後、エーテルとリベルの友達」「なるほど…」としか言えず困っているとエーテルが口を挟んだ。

「ドームスは一般人に一番近いわ。アルクスと気が合うんじゃない?」ドームスに向かってウインクする。ドームスは頭を掻いて照れくさそうだ。


 その後、エーテル、アルクス、ドームスは日が降りても話していた。もう何時間も話しているため仲も深まり、三人で夕食まで作った。時刻は午後八時を指している。

「彼奴は大丈夫かねぇ」

「リベルの事?」

「そうそう、リベルの奴変だったしな」

「リベルは何をするか計り知れたもんじゃ無いわ、」「だな…」二人は不安気な顔をした。アルクスはそんな二人を見て同じ様に不安になる。

 三人で夕食を並べていると、ガシャンッ!音が響いた。エーテルの「リベルね、」という言葉とともに全員で木の部屋へ走る。

「リベル?大丈夫…」リベルは下を向いて泣いている。周りには壊れた時計の歯車が散らばり硝子も粉々だ。

「どうしたんだ?リベル、その手も何があったんだよ」リベルの血まみれの手にドームスが気づく。

「疲れた…」満面の笑みを浮かべたリベルは幸せそうだった。

「話は後にしよう。俺が連れてくよ、二人はご飯を食べておいてくれ」エーテルはふいっと振り向くとアルクスの背に手を当てて部屋を出ていった。

「また殺したのか?」バスルームでシャワーをリベルにかけながらドームスは話しかけた。「否…今日は人を助けた。」思いがけずドームスは笑う。「お前が人助けとはな、何があったんだ?」

「轢かれそうだった子供を助けてやった。それから色んな人に謝られて…家に招かれた。それで…家族と談話をしてから夜になってしまって、帰り道にアウラに会った。彼女は仕事帰りだったらしくて、車から出ると時計をくれたんだ。捨てるようだからって…それで、何とか、帰ってきた…」

「アウラか、彼奴も酷い奴だな、」

「あたしが酷いって?」

「アウラ!?」ドームスが奇声を上げる。

「リベルが変だったから見に来たの、エーテルは?」

「ご飯だ」「そう、」アウラはルンルンで出ていった。

 リベルを風呂から上がらせ、着替えを終えると、ドームスはその鍛えられた胴体でリベルを担ぎリビングまで向かう。 他の三人はご飯を食べ終えており、アルクスも続けてお風呂に入らせる事にした。

「アウラ、最近仕事はどう?」

「順調よ、何処かのクソ共からお金を巻き上げて自白するまでが楽しいの。今日も気分が良かったわ、でも、まさかあんな幸せな家庭からリベルが出てくるなんてね」

「どういう事?」エーテルは何も知らないため不思議そうに首を傾げだ。

「詳しくは後々分かるだろうよ、それより、リベル。ちょっと細すぎないか」「………。」アウラが鞄から薬を出し、それをリベルに飲ませる。

「アウラ、ヤクじゃないだろうな…」

「薬といえば薬よ。」

「くすりって言いなさいよ」

「これは栄養剤、リベルには丁度いいわ」

「リベル…?」エーテルは不安気に話しかけてみる。瞬時にリベルは倒れた。


「いつからなの?」

「もう三週間は前ね」

「アルクス、お前はもう寝るんだ。」

「リベル、大丈夫?」

「嗚呼、古い友が集まったんだ、心配は要らん」アルクスは留まるのをやめて「おやすみ」を言うと自分の部屋へ戻った。

「アルクスいい子ね。エーテルとリベルが探してただけあるわ」

「期待の星よ」アウラとエーテルは二人がかりで右手をアウラ、左をエーテルで手当をする。

「リベル、只でさえ夜が苦手なんだ。あんまり無理をするな」

「分かったよドームス、」

「リベルったら相変わらずの泣き虫ね、あたしがあげた時計もボロボロだし、その破片が手を傷つけるだなんて」

「こんな悪魔にも涙はあるなんて、不服よ」

「それに比べてエーテルの涙は宝石よ」

「ありがとう、アウラ」

「ね、リベル。あたしにアルクスの面倒見させてよ」

「…頼んだよ。今の私じゃどうしよも無いからね。」

「俺が見たところお前に似てる要素なんて無かったぞ?なんでアルクスに拘るんだ?」リベルは眠っていた。

「寝ちゃった、、アウラは私の部屋に来るといいわ、ドームスはこの部屋かアルクスの部屋ならどこかしらで寝れると思う」

「分かった、アルクスの部屋にでも行ってくるか。」ドームスはアルクスの部屋へ向かった。


 トントン、ノックをする。

「入るぞ、寝てるか?」ドームスは暗い部屋から見つけた椅子に腰掛けた。

「ドームスさん、リベル大丈夫?」

「起きてたのか、大丈夫だよ、もう寝た。」

「そっか…」アルクスは浮かない顔をする。

「アルクス、エーテルから色々教えてもらったぞ。本当凄いよな、俺ならあんな悪魔の言う通りにはしないぞ」

「リベルは僕の全部だよ。怖くも無くなっちゃった、リベルの為なら命も惜しくないんだ」ドームスが困り眉をする。

「俺には子悪魔の考えもわからんな、教えてくれよ、どうしてリベルに執着するんだ?」

「僕、薬に依存してたことがあったんだ。」

「それは…ヤバいな」

「それまでは優しさを求めて生きてきたけど、もういいかなって思えたよ。明日になったら死んでることをずっと願ってた。」ドームスは既にキャパオーバーしている。

「でも、まだリベルに執着する理由にはならないだろ?」

「辛いから薬を飲んで忘れてた。勿論合法的な薬だよ?ただ、気がつけばそうなった根本的な部分が憎くなってきて、それで、殺そうとした。偶然、か、必然かは今になっては分からないけど、その頃にエーテルと出会って七人殺しの存在を知った。僕は七人殺しの男に殺されたかったんだ、だから探してた。でも、何処かで七人殺しこそ殺したいと思ってたよ」「マジか!?」

「うん、七人も殺してるんだ。僕は栄光に照らされながら人を殺して罪を償う為に生きる。最高の人生でしょ?もう、理性を失ってたんだ。殺せるなら誰でもよかった。」

「待て、分かった。分かったよ、子供の気まぐれでは無いんだな、でもアルクス、結局リベルを殺さなかったんだろ?それはなんでだ?」

「リベルが真っ当に生きてるんだ。僕だってリベルみたいに生きたいと思った。別に僕には個性なんて要らないんだ。なら、リベルが僕をリベルにしたいと言ってくれて僕に否定する理由は無かった。」

「子供の顔して根はリベルだな…」ドームスは自分の寝床を作りながら語り出した。

「俺は昔、子供を守って人を殺した。どっかのテロ集団なら良かったが相手は警察だった、この国の支柱の脆さを知ったさ。それで、命からがら務所から出た。アルクス、ヴィンクルムって知ってるか?」

「なにそれ?」

「ヴィンクルムは、ある女の名前だ。彼女の一族はヴィンクルム家と呼ばれ、彼女達は縛る事で深く永久的な約束をしてくれるんだ。俺はその力で務所から出た。ちなみに、その約束をした女こそアウラだ。」

「そうだったの!?」アルクスは衝撃の事実に飛び起きた。

「アウラはヴィンクルム家の長女で、元は軍隊の看護出だ。今は犯罪者をやりまくってるけどな」寝床が完成したドームスは寝転んでどっと溜め息をついた。「感謝してるさ…」

「ドームスさん達は面白いね、皆、全く違う人生で相対感があって…でも、相思相愛な感じもする」

「確かにな、人生は面白い。濁ってても輝くのは何でかねぇ」二人はゆったりと時を過ごして眠った。

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