第12話 妥協

 まさか、コーデリアも神の花サーペントプリンセスが複数人いると思っていたとは……。

 誰か、伝えなかったのか。

 ・・・・誰も、伝えなかったんだな。


 全く予測していなかったらしい。コーデリアは、顔面蒼白になってしまった。


 ここまで顔色を悪くするとは、もし、神の花サーペントプリンセスが複数人いた場合は、俺から逃れるつもりだったのではないか。


 そう考えると、やはり誰の目にも触れさせずに、閉じ込めてしまいたい。


「言わせていただきますが、この館に一日中閉じ込められていては、息が詰まって死んでしまいます」


 自分の考えていることが、伝わってしまったのかと息を飲んだ。

 先ほど言い返してきたときもそうだが、背筋を伸ばして凛としたコーデリアは大変美しい。甘えてきたり、色目を使ってくるよりも、ずっと好感が持てた。

 やはり、ギルバートの妻としても、将来の王妃としても、コーデリアがよいと思う。


「私がやっても問題のない仕事をください」


 館には使用人がいるから困ることはないだろうと、要望など聞かなかったのはギルバートだ。それどころか、使用人と仲がいいことに腹を立ててもいた。


 仕事をしたいのであれば、与えるべきかもしれない。数日前まで役人をしていたコーデリアは、即戦力だ。


 それがわかっていても、館に閉じ込めて、囲っておきたかった。


「例えば、ここでできる、趣味をはじめるのはどうだ?」

「やってみましたが、私の性に合いません」


 即答されては、押し黙るしかない。


「・・・・善処しよう」


 なんとか絞り出すと、コーデリアは嬉しそうに笑って「ありがとうございます」と頭を下げた。


 コーデリアの笑顔を見たら、これでよかったと思うから不思議だ。


 扉をノックする音が聞こえて、「失礼します」と金髪の使用人が入ってきた。中性的な顔立ちの・・・・名前はなんだったかな。


「あら? アグネス、今日の仕事は終わりなんじゃ……」

「心配になって残ってしまいました。コーディ様と殿下が言い争ってるって、キャディも慌てちゃって。殿下、こちらをどうぞ」

 差し出された皿の上は、クレープのようだが。


「あっ、それ!! アグネス!?」

「こちらは、コーディ様の手作りですよ。いかがですか?」


 それは、食べたいに決まっている。もしかして、昨晩「俺の分も残しておいてくれ」と言ったのを、律儀に覚えていてくれたのか。

 ギルバートとしては、甘いものが好きなのなら、一緒に食べたいと思っただけなのだが。まさか、コーデリアの手作りとは……。


 コーデリアを盗み見れば、もじもじと俯いている。

 さっきまで、あんなに威勢よく言い返していたのに、恥じらう姿は可愛らしい。


「私、お菓子作りに向いていないと思うんです。アリーのソースが完ぺきなので、美味しいとは思いますが」


「せっかくですから、ギルバート殿下に食べていただきましょう。殿下、召し上がられますよね」


 アグネスはクレープに続き、コーヒーを運んできた。部屋の中が、香ばしい芳香で満たされる。

 折りたたまれたクレープの上には、赤い色のソースがかかっていて、プロが作ったもののように綺麗だ。

 ナイフで切って口に運ぶ。生地はしっとりと、そしてもちっという食感がした。甘酸っぱいベリーのソースも、普段甘いものを食べないギルバートにはちょうどいい。


「旨いな。コーデリアには、クレープを焼く才能もあったのか」

「そんなことありません。無事に出来上がったのは、アリーのお陰です。ギルバート殿下の部下は、優秀なんですよ。料理はもちろん、教え方もうまいんですから」


 「だから、解雇だなんて冗談でも言わないでください」と、付け加えたコーデリアに、笑うしかなかった。


 不思議と、さっきまで感じていた、モヤモヤはなくなってしまった。


 役人として働かせるなら、自分の目が届く範囲がいい。

 ということは、執務室か……。


 心の中で呟きながら、その光景を想像してみる。

 仕事の途中で顔を上げると、コーデリアが微笑んでくれる。それはそれで、悪くないかもしれない。


「執務室で働くか? はじめは雑用だと思うし、俺としては、たまに、こうやって、甘いものでも届けてくれたら嬉しいのだが」


 そうしたら、一緒に過ごす時間も長くなる。お互いのことを理解するのにも、いい時間になるだろう。


 ガバッとコーデリアが顔を上げる。探るような視線が向けられた。

「よろしいのですか?」


 本当は、よくはない。館から出したくはない。しかし、コーデリアの希望は叶えてやりたい。


「あぁ、だが、無理はするな。休んだとしても構わない」

「それは、嬉しくありません……。やるのであれば、頑張ります」


 凛とした姿は美しい。恥じらう姿は、可愛らしい。むくれている姿は、…………ダメだ。全てを許してしまいそうだ。


「わかった……。私の見える範囲にいてくれ……」


 なんとか絞り出した言葉に、コーデリアは笑った。


 ギルバートは、蛇神レピオス様の夢で感じた男の気持ちがわかったような気がした。


 コーデリアと楽しく過ごすためならば、この国をよい方向に導いていかなければならない。


 まだまだ、あの男の気持ちには及ばないが、国を大切にする気持ちが少しだけわかったのだ。

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