第9話 仲良くなれば、お節介が顔を出す

 どうしたらいいのよ!!


 思いっきり心の中で叫んでみても、状況が変わることはない。

 気持ち良さそうに眠るギルバート殿下を覗き込んでみたが、その程度で起きるわけがない。


 今、この状況で目を開けられても困るのだが。近距離で覗き込んでいることが知られて、勘違いなどさせては申し訳ない。


 コーデリアは床にしゃがみこんで、少し前のことを考えていた。




 もう来ないのではないかと思いはじめた頃にお屋敷の中で動きがあり、キャディが廊下を歩く音が聞こえた。ギルバート殿下が帰ってきたとわかり、顔が強張っていく。


 キャディの歩く音は聞こえるものの、一向にコーデリアのいる部屋に訪れる様子はない。


 皆は私が妃だっていうけれど、ギルバート殿下は私なんかに興味はないのよ。妃なんて、自分には似合わない。ギルバート殿下が来ないのなら、その方が気が楽。


 そう思い始めたときだった。


 ノックの音に飛び跳ねそうになって、何とか平静を装う。


 扉を開けて入ってきたギルバート殿下は、湯に浸かってきたようだ。紅を差したような頬も、湿った髪も、妙に色気を感じて慌てて頭を下げた。


 低頭したまま、自分を責める。もう想いを伝えられないとはいえ、好きな人がいるのに、他の男の人に目を奪われるなんて。もう叶わないからこそ、大事にしようと思い始めていたのに。


 「楽にしていい」と言われ頭を上げたが、殿下のことを直視できない。コーデリアが困っているうちに、ギルバート殿下はベッドに腰かけてしまった。


「好きなことをしていればいい」


 本当に、好きなことをしていいのか。殿下の様子を探ると、横になって目を閉じているようだ。


 ベッドの大きさから夫婦の寝室だとは思っていたが、昨日連れてこられたばかりで、早々に二人きりにさせられるとは思っていなかった。

 ギルバート殿下は、女なら何でもいいというような女誑しではないようで、そういった意味では好感が持てる。


 焼き菓子の本を開いて様子を見ていたら、ギルバート殿下の規則的な息づかいが聞こえてきて、今に至る。



 広いベッドだから、反対側に寝ても問題ないのかもしれない。しかし、コーデリアにはできなかった。


 ランプを消して、クッションを抱き締めてソファーに横になる。

 ここ数日しっかり眠れていなかったのもあり、すぐに意識は溶けていった。





 ソファーで眠ってしまったコーデリアに、誰かが毛布を掛けてくれたようで、ぬくぬくと心地よい暖かさに包まれて目が覚めた。見回してみても、ギルバート殿下の姿はない。

 朝御飯を食べて、庭に出てみた。花が咲いているなかを歩いてみたが、楽しいのかよくわからず部屋に戻る。いつもの場所で、本を開いた。


 本当にやることがない。


 昨日の様子からも、コーデリアはここから出ていく運命だろう。というか、いくら蛇神レピオス様が選んだとはいえ、神の花サーペントプリンセスというだけで、好きなるわけがないのだ。


 コーデリアがそうであったように、ギルバート殿下にも想い人はいただろうし。


 そこまで考えて、コーデリアは妙に納得してしまった。


 きっとギルバート殿下は、想い人がいるのだ。でも、周りの期待もあって、神の花サーペントプリンセスであるコーデリアを無下にはできない。だから、昨日の態度だったのだろう。

 そう思えば、腑に落ちた。それならば、手に職をつけることも後ろめたくはない。


 コーデリアは、焼き菓子のレシピを真剣に見始めた。


「コーディ様。キッチンに小麦粉と砂糖が届いております」


 アグネスが戻ってくると、キラキラと目を輝かせている。アリーの予定を聞きに行ったはずなのだが。


「昨晩、何をお話しされたんですか? ギルバート殿下からの贈り物らしいですよ」


 そんな話をした記憶はないのだが。強いていえば、レシピ本を見ていたくらいで。それだけで、贈り物などしてくるものだろうか。


 まさか、変な寝言でも言っていた!?


「特に、話していません。殿下も私も、すぐに眠ってしまいました」

「では、ギルバート殿下が察してくれたのでしょう」


 「素敵ですね」と目を輝かせるアグネスには申し訳ないが、コーデリアに贈り物をする意味がわからない。


 無駄にするのはもったいないし、結局はこのお屋敷のものになっているのだから、ありがたく受け取ればいいと思う。

 しかし、贈り物の一言が胸に引っ掛かった。


「小麦粉と砂糖で、何を作ろうかしら」

「アリーが、クレープを薦めていましたよ。今から生地を作って、午後まで寝かせれば、おいしいクレープが焼けるそうです」


 クレープなら、オーブンがなくてもお店を始められる。

 そんな打算もあり、アリーのお薦めを採用した。


 午前中のうちに生地を混ぜて、氷冷庫で寝かしておいたものを、フライパンで焼いていく。

「そろそろ、ひっくり返します」

 アリーに教えてもらって、フライパン返しでひっくり返した。

 くしゃっと折れてしまった。


「あっ、どうしたら!!」

「ちょっと、貸してください」

 コーデリアには扱いづらいと感じたフライパン返しも、アリーが握ると体の一部のように自在に動く。


「アリー、すごい!!」

「毎日のことですから。もう少し、フライパン返しを深くまで差し込むと、うまく返せますよ」


 新しくフライパンに流し入れた生地で、再度挑戦する。


「できました!!」

「お上手です!」

 大したことではないと思うが、アリーとアグネスに褒められるのは嬉しい。使用人とも仲良くなって、皆で作業しているのは、楽しかった。


 私、お菓子を作るのが楽しいんじゃなくて、皆と作業するのが楽しいのよね。こんなんじゃ、お菓子屋は向いていないのかしら?


 そんなことを悩んでいるうちに、クレープは数枚焼けて、アリーがジャムなどを用意し始めた。


「これをつけて食べましょう」

 コーデリアが昼食を食べている間に作ってくれたようだ。

 アリーは会話をしながら、フライパンを振って、クレープ生地をひっくり返した。フライパン返しなど、いらなかったようだ。

「アリー、すごい!!」

 隣で、アグネスもフライパンを振っているかのような動作をしている。


「任せてください。残りは焼いておきます」

「もう一回!! もう一回、見せてください」


「料理人ですから、これくらいは……」

 少し照れながらも、コーデリアの「もう一回」を、5回も聞いてくれた。



 ストロベリージャムをたっぷりとつけて、口に頬張る。

「ん~!! 甘酸っぱくて、おいしぃ~!!」

 生地はもちもちしていて、甘さを控えたジャムと相性ぴったりだ。

「さすがコーディ様ですね。甘いものが毎日食べられるなんて」

 キャディはクレープを口に頬張って、満面の笑みを浮かべた。昨日同様、一緒におやつを食べようと誘った。

 残念ながらエドワードは、今日もキッチンでつまんでいる。


「皆さん、このお屋敷に住んでいるんですか?」

 アグネスとアリーは朝早くから、逆にキャディは夜遅くまで働いているのに、大変ではないのか。

「あら? コーディ様には、館のお名前を教えていなかったんですね。ここは、ギルバート様の館で、アイリスの花がモチーフになった、アイリスの館というんですよ。完全に住み込みなのは、アグネスだけですね」


 疲れたり遅くなったときには泊まっていけるように部屋はあるが、王都にも家があるらしい。キャディなど、家族もいるようだ。


「お恥ずかしいことですが、うちは貧乏なんで、部屋を借りるお金がないんです」

 王宮で働いた給金のほとんどは、家に仕送りしてしまっているらしい。


 少しずつ皆のことを教えてもらえるのが嬉しくて、さらに突っ込んで聞いた。

 持ち前のお節介が顔を出しはじめたということもある。


「アグネスの実家は、近いんですか?」

「王都で商会を営んでいるんですが、父が商売下手でして、赤字が膨らむばかりで」

 アグネスが、金髪をガシガシ掻きながら苦笑した。


「でも、それも、もうすぐ解消されるんでしょ」

 キャディが優しく微笑む。

「一時的にですよ」

 アグネスは、大きなため息をついた。


「どうしてですか?」

「ほら、アグネスったら。幸せになるんでしょ」

 キャディがアグネスの肩を叩く。アリーはニコニコと見守っていた。

「幸せですか?」

 アグネスは、困ったような顔をする。

「キャディのいう幸せは無理ですよ。私、資金援助の代わりにお嫁に行くんですから」


「お嫁?? ってことは結婚するんですか?」


「父が取り付けてきたんです。借金を返済できるくらいの資金援助の代わりに、嫁に行けと」


 我が国は、恋愛結婚が多い。守り神である蛇神レピオス様が、『生き物が引かれ合うのは種を残すため』という考えだったらしい。同じく、『強さや賢さなどで勝るものが偉い。強くもないものがふんぞり返っているのはおかしい』とお告げをしたらしく、貴族という制度もない。


「わからないじゃない。お相手は、あの、サンスター商会の若旦那なんでしょ」

「サ、サンスター商会……ですか?? それは、すごいですね」


 コーデリアでも、名前を知っている大きな商会だ。アグネスの家の借金がどれほどかわからないが、資金力のある商会で間違いはない。


「きっと、王宮との接点が欲しかったんじゃないですかね。コーディ様には迷惑はかけませんので」

 アグネスは覚めた表情だ。

「迷惑なんて。気にしないでください。アグネスには幸せになって欲しいです」

 すでに、友達くらいの気持ちでいた。

「そう思うでしょう。私もそう言っているのに、アグネスったら、まだ服も買っていないんじゃないの?」

「それは、だって……」


 次の休みに、サンスター商会の若旦那と顔合わせがあるのだが、ほとんどの給金を仕送りしてしまって、自分の服を買うお金がないらしい。


「私が買ってあげるっていっているのに」

 キャディは母の顔をしていた。

「それは、申し訳ないです!! それに、二人揃って休みはとれないじゃないですか」

 仲の良さが、羨ましくなる。コーデリアが助けられることはないだろうか。

「じゃあ、私の服を貸します!!」

 アグネスが勢いよく首を振る。

「それは、もっと申し訳ないです。殿下の贈り物ですから」


「あぁ、それじゃなくて、私物で持ってきたワンピースがあるんです。それを着ていってください」


 アグネスの方が少しだけ背が高いが、おかしくはないはずだ。逆に短髪の金髪と、ライムグリーンのワンピースが眩しいほどだろう。


 コーデリアが想いを伝えるために買ったものだが、それが許されなくなった以上、アグネスに着てもらった方がいい。アグネスが未来の旦那様とうまくいけば、ワンピースも役目を果たしたということだ。


「アグネスが着たら、華やかで、似合うと思うんです」

 地味なコーデリアよりも、似合うかもしれない。


 しばらく悩んだ末にアグネスが頷いてくれたので、ほっと一安心する。渡すのを忘れないように、クローゼットから取り出して、寝室の壁にかける。


 アグネスとは、「お互い幸せになるためにがんばりましょう」と話した。


 コーデリアも、ギルバート殿下に向かい合った方がいいだろう。

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