第20話 敵艦隊を迎撃せよ

西暦2035(令和17)年10月10日 フロミア大陸南西部海域 スヴァン半島西部沖合


 ロドリアの言葉で『瑠璃唐草るりからくさの海』と呼ばれるネモフィラ海の下を、1隻の黒い影が進む。海上自衛隊潜水艦「じんげい」は、ロドリア本国の制海権をかき乱す目的で危険な航海に身を投じていた。


 スヴァン半島西部を制圧する戦闘の最中、ガンタルよりも大きな港湾都市ダカルクを制圧した自衛隊は、ドック内で修理中だったロドリア海軍のフリゲート艦を運よく鹵獲する事に成功していた。それが積んでいる装備を解析した事に寄り、日本側はロドリア海軍の対潜戦闘能力を把握していた。


「とはいえ、自艦の性能にかまけて油断する様では亀乗りの名が廃るものだ。決して油断するなよ」


 「じんげい」の発令室にて、艦長の沖野おきの二等海佐は釘を刺す。たいげい型潜水艦の三番艦たる本艦は、艦の構造そのものを改良した事によって粛音性を向上させている。が、その性能にかまけて迂闊にも尻尾を出す事は十分にあり得るため、慎重に深度50メートルを維持しながら進んでいた。


 スヴァン半島に揚陸作業を行っている船団を突け狙っていた敵潜水艦を2隻仕留め、ここネモフィラ海にて敵駆逐艦と貨物船を2隻ずつ撃沈する事1週間。一応清潔には気を付けているが、従来型潜水艦と異なり女性乗組員も乗っているのだ。艦長も一応体臭に気を配っていた。


「しかし、そろそろ浮かんで外の空気を全身で浴びたいものだが…」


「艦長、ソナーに感あり。前方から来ます」


 ソナーを操作していた水測員が報告を上げ、沖野はそっちに目を向ける。そして操舵士に指示を出した。


「深度100に付け。聴音のみで数を探る、前進微速。UUV展開」


「了解。UUV展開、聴音開始します」


 命令一過、深くへ潜っていく「じんげい」の後部甲板より、2隻の小型潜水艇が分離。目前から迫りくる艦艇群の推進音を探り始める。そのデータは発令室のモニターにマーカーという形で表現される。


「聴音データ、観測完了。2軸推進の艦が7隻、横陣を組んで進んでいます。速力は16ノット、恐らくは前衛で対潜警戒を行う部隊でしょう。さらにその後方からも推進音が聞こえます」


「進路方向としては間違いなく、スヴァン半島辺りだな…適当なところでやり過ごして、UUVに『お使い』に行かせておけ。音紋もしっかり取っておけ」


 沖野はそう指示しながら、モニター上で「じんげい」の真上を通過する艦艇群のマーカーを見つめた。


・・・


港町ガンタル沖合


「敵さん、ついに動き出したか」


 ガンタル沖合に錨を降ろす「いぶき」の艦隊司令部にて、大沢司令は呟く。この場には第5護衛隊群を構成する艦船の艦長以外にも、テレビ電話方式で第1護衛隊群の面々も参戦していた。


「UAVによる強行偵察によると、敵艦隊の陣容は空母が1隻、巡洋艦クラスが6隻、駆逐艦クラスが15隻、補給艦が2隻の24隻だそうです。数的には相手の方が優勢ですが…」


「水上艦だけならともかく、航空機までも加わるとなると厄介だな…第1護衛隊群の負担も考慮して、我が艦隊のみで対峙した方がいいだろうな。艦長、作戦プランは?」


 大沢の問いに対し、安本はタブレット端末を操作しながら説明を始める。


「先ずは相手の制空権を奪い、その上で対艦攻撃を実施。敵防空艦を撃破します。その上で接近して艦隊決戦に持ち込み、敵の主要な水上艦を撃破。そうした上でお帰り願いましょう。その際重要なのは、戦場をどこに設定するかです」


「となりますと、ダカルクへ針路を向ける形で動き、ここガンタルから引き離す様に戦場を設定する必要性がありますね。我々は陸自と空自に面倒がかからない様に戦わねばなりませんから」


「決まり、だな。本艦隊はこれより、敵艦隊を迎撃するべく作戦行動を開始する。先のダカルク攻略戦で情報は得られている、安本艦長、『果たし状』は任せたぞ」


「了解しました、司令」


 二人はニヤリとほくそ笑み、そして艦長達は自身の艦へと戻っていく。そして「やましろ」の艦橋では、乗組員達が藤田艦長に尋ねてくる。


「艦長、上はどうするつもりですか?」


「決まっているわよ。司令達、敵さんに『合戦』を挑むつもりよ。システムの状態を今一度見直して。ミサイルをこれまで以上に撃ちまくる事になるから!」

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