第19話 白海艦隊、出撃

共和暦215年10月9日 ロドリア共和国本国東部 港湾都市トネア


 首都サン・ペテロより東の位置にある港湾都市トネア。腐敗した宗主国からの独立と共和政治の実現を求めて起きた戦争以前より活動していた海賊の根拠地であったこの港町は、アクシジア教成立以前の伝承にて『海の神が自身の酒を入れる樽にした場所』とされていた事から、ロドリア語で『樽』を意味する名を与えられていた。


 そして現在、半径3キロメートルの巨大なクレーター地形を覆う様に築かれた港町の湾内は、酒ではなく数十隻もの鋼鉄の船で満たされていた。その中にある1隻の艦を、ロドリア海軍軍令部長のパウロ・ディ・レビウス上級大将は訪れていた。


「素晴らしいな、この「ドクトル・アリオス」は。偉大なる共和国海軍に相応しい艦とは思わんかね」


 艦橋の一角で、レビウスは特徴的な口ひげをいじりながら呟く。その目前には、二人の壮年の軍人。片や岩の様なごつごつとした形相が印象的な佐官で、片や左頬の稲妻の様な傷跡が目を引く将官だった。


「はっ、部長閣下。私の様な老鷲ろうきゅうに斯様な大任を任ぜられた事、至極恐悦の至りで御座います」


「そう謙遜するな、タロス大佐。私は船の扱い方は知っていても、飛行機の扱い方は知らん。だが貴様は空軍にて多大な戦果を上げている指揮官でもある。故にこの艦を預けるに足る人材だと見込んだのだ」


 レビウスの言葉に、艦長のタロス大佐は小さく頭を下げる。だが彼を空軍から引き抜き、基地司令を担う階級たる大佐に推したレビウスの慧眼は間違っていなかった。


 クレムス級航空巡洋艦は『転移』から10年弱の月日が経った頃、ある程度植民地を確保できた頃に計画が立案されて建造された、ロドリア初の航空母艦である。これまでロドリア海軍の戦闘教義ドクトリンは快速の巡洋艦部隊による沿岸部及び領海内での艦隊決戦を想定したものだったが、空軍が展開していない地域での侵攻戦では、既存艦艇の火器では射程距離が足りない事や、陸軍部隊への誤射が無視できない規模になっていた事。何より空軍の前線飛行場建設までの間、陸軍は内陸部において敵の空襲に怯えなければならないという戦訓がそれを見直す契機となった。


 西の大国『ベルキア連邦』はその点を、自国の優秀な造船技術と航空技術で解決していた。ロドリアも複数の情報取得手段で分析し、海軍と空軍は合同で研究を開始。共和暦210年に予算が降り、3年の月日をかけて建造したのがクレムス級航空巡洋艦であった。


 全長267メートル、基準排水量24900トンの巨体は、〈フォーコン〉戦闘機をベースにしたRG-1M〈マレ・フォーコン〉艦上戦闘機や、トペレTp-16〈シーニュ〉攻撃機をベースにしたTp-16M〈マレ・シーニュ〉艦上攻撃機を30機程度搭載可能な様に設計されており、制空権の掌握と対地支援攻撃という任務を達成できると踏んでいた。


「それに、此度は新型の艦上戦闘機を配備する事となる。これでニホン海軍の鼻を明かす事ぐらいは出来よう。無論、別作戦も用意してある」


「別作戦、ですか?」


 ローダス・ディ・レイ・バルミウス海軍中将の問いに、レビウスは頷く。その物言いはまるで、最初から勝ちにこだわっていない様で。


「…ドラクムスは未だに勝利を追い求めている様だが、国民が求める形の終わり方は出来ない。だからこそ、此処からは足掻く方向で戦うぞ。先ずバルミウス提督、貴官の艦隊はフロミアの北部に回ってもらい、モーギアとエルディア北部を襲ってもらう。もう一方は南に回ってもらい、ニホン海軍の相手をしてもらう。その指揮官は、ドラクムス派だ」


 その言葉に、二人は察する。つまりは政争を持ち込んだという訳だ。


「だが、提督は無能ではない。上手く掻き回してくれるだろうさ」


 翌日、トネア港より数十隻の艦船が錨を上げ、戦場へと赴き始めた。

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