第10話 攻勢準備

西暦2035(令和17)年9月20日 エルディア王国中部 レヤード飛行場


 エルディア内陸部のレヤード盆地。その北部にある飛行場に、数機のジェット機が飛来する。


「来ました。アレがニホンの戦闘機です」


 飛行場の管制塔にて、士官が基地司令のロディ少将に報告を上げる。黒みがかった灰色の巨体は滑走路へ滑る様に着陸し、ゆっくりとハンガーの方へ進んでいく。その形状は独特で、巨大な主翼に2枚の垂直尾翼だけの尾翼と、自国の主力戦闘機とはまるで違って見えた。


「2番機以降も、続けて降りてきます」


「分かった、迎えてやろう」


 ロディ司令はそう言いながら、レヤード飛行場にやってきた航空宇宙自衛隊第307飛行隊のパイロット達を迎えに行く。その間にも次々と航空機が着陸し、ハンガー前へ移動してきていた。


 機内に仕込まれたラダーを用いて降りてきた、若い男性パイロットはヘルメットを脱ぎつつ、ハンガー前にやってきた数人の高官へ視線を向けた。


「ようこそ、レヤード飛行場へ。本基地の司令を務めるロディ少将です」


「第307飛行隊隊長の高倉たかくら二等空佐です。此度の攻勢にて制空権を奪取する目的で派遣されました。我々が来た以上はご安心下さい」


 自己紹介を交わし、二人は握手する。そしてロディは彼らの乗ってきた機体を見上げる。


「それにしても、貴方がたの乗ってきた戦闘機は随分と独特な形状をしておりますな…それに非常に大きい。我が軍の哨戒機に並ぶ大きさだ」


「ええ…我が航空宇宙自衛隊の最新鋭戦闘機、F-3A〈テンペスト〉。我らはこれより、敵地にて大嵐テンペストを起こしてくる所存です」


 高倉はそう言いながら、笑みを浮かべるのだった。


・・・


 夕方、基地のハンガー内にて、第307飛行隊所属のパイロットである宮藤みやふじ一等空尉は、一人の若いエルフの男性士官に話しかけられる。


「貴方が、この戦闘機のパイロットですか?」


「ええ、そうよ。一体何なの?」


「はい。私はこの基地に所属する、ラズレ大尉と言います。実は貴方がたニホン空軍の乗ってきた戦闘機に興味がありまして…どういう機体なのか教えて頂けますか?」


 ラズレの問いに対し、宮藤は輸送機で遅れてやってきた整備士達の手でメンテナンスを受ける機体を見つめる。


「この機体、F-3A〈テンペスト〉が開発開始されたのは、今から15年も前の事…当時は我が国のみで開発が進められる予定でした」


 〈F-2〉戦闘機の後継機として基礎研究が始められて2年後、開発と製造の中心となる三菱エアロスペースは、イギリスのBAEシステムズやイタリアのレオナルド社と提携し、グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)に参画。三か国での共同開発に乗り出したのだ。


 胴体兵器倉ウェポンベイに大型の空対艦ミサイル4発を抱えながら、半径900キロメートル圏内を音速で飛び回るという驚異的な能力を実現させるために、技術者と企業は多くの苦難を余儀なくされたが、『東アジア戦争』にてF-35〈ライトニングⅡ〉戦闘機がステルス性能を有効的に活用して活躍した事や、〈F-2〉戦闘機が人民解放海軍艦隊への攻撃で相当数撃墜された事が、開発を加速させる事となった。


 戦後、『太政官』の政策によって開発に多額の予算と支援が加えられ―その際学術会議が世論の納得を得るための人身御供にされた事は言うまでもない―、2030(令和12)年に試作機が初飛行。それから僅か4年で配備が開始されたのだった。


「〈テンペスト〉の能力は凄いですよ。先ず最高速度はマッハ2、戦闘行動半径は1000キロメートルを超えます。武装も多く、腹の中に対艦ミサイル4発と自衛用の対空ミサイル2発を抱えながら、レーダーを潜り抜けて敵艦隊に殴り込む事が出来ます。そしてセンサーも多数装備しており、これ1機で爆撃機と偵察機の役目も担えるのです」


「凄い、ですね…それだけでも、貴国との技術力の差が分かります。貴方達と敵にならなくて良かったですよ」


 ラズレの言葉に、宮藤は同感とばかりに頷いた。


・・・


西暦2035(令和17)年9月21日 日本国東京都


「航空宇宙自衛隊の4個飛行隊、無事指定の飛行場に到着したとの事です。これにて統合任務部隊『勇者』隷下の全戦力が作戦予定地域に展開を完了しました」


 国家安全保障会議にて、西田統幕長は矢口達へ報告を成す。


「これにて、一手先に進める事が出来る。次は相手の様子を伺いつつタイミングを見計らう事となりますが…敵の動向はどうでしょうか?」


「現在、敵は時々小競り合いを仕掛けてきておりますが、その規模は小さく、本格的な攻勢までには至っておりません。これをエルディア空軍の偵察機と陸自のUAVによる強行偵察にて、陸軍主力部隊の駐留する要塞と空軍野戦飛行場を増設している最中である事が判明しました」


 直後、モニターにて敵軍の動向を示す複数のマーカーが表示される。『転移』からまだ1か月も経っておらず、人工衛星も中継通信を成せる規模にまで展開できていないとはいえ、地上の電波塔を介した仮設ネットワークによって、最低限の時間差で2000キロメートル西の状況を知る事が出来ていた。


「規模は非常に大きく、防衛省戦術予測システムによる推測では陸軍12個師団、空軍3個航空団相当の兵力がエルディア・モーギア戦線に展開する事となります。スヴァン半島に向けられている兵力も考慮すれば、大規模攻勢で逆転を狙ってくる可能性が非常に高いです」


『…人工衛星は、まだ打ち上げ途中なんだったな?』


「はい…民間と商用を優先的に打ち上げているため、高速滑空弾の運用に必要な軍用衛星はまだ軌道上に投入出来ていません。よって、第一案の戦略爆撃機化改修を実施した〈P-1〉哨戒機によるスタンドオフ攻撃で戦略的打撃を与えるしかありません」


「…10月までには、ロドリア本土を常時監視できる程度には衛星網を充実させねばなりませんね。第1護衛隊群は直ぐに動けますか?」


「はっ…本土の防衛であれば第3護衛隊群と第7艦隊、台湾海軍で十二分です。出し惜しみする事はないでしょう」


『そうか…なれば、統幕で独自にロドリア本土に対する『嫌がらせ』の計画も立てておいてくれ。戦争を終わらせるためには、本国でうつつを抜かしている者達にしっかりと現実を見せ付けなくてはな』


 『太政官』は矢口と視線を合わせつつ、新たな指示を出すのだった。

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