第8話 スヴァン半島沖海戦②

共和暦215年9月16日 スヴァン半島沖合


「わ、我が方のミサイル、全弾撃墜されました…!?」


 巡洋艦「アミュラル・アウベス」の艦橋にて、レーダー管制士が、目を丸く見開いて報告を上げた直後、ガラスの割れる音が響く。それがバノスの持っていたグラスが落下した音である事は言うまでもなかった。


「ば、バカな…『ミルグリム』を撃墜する、だと…!?」


「な…」


 ルーメスも同様に愕然となり、艦橋内部に動揺の空気が漂う。と直後、新たな報告が上がる。


「あっ、敵艦隊より複数のミサイル発射を確認!反応の変化からして海面近くにまで降下して接近してくる模様!」


 過去の『人民解放戦争』にて、これまでの敵はワイバーンなる生物を低空飛行させて接近させ、奇襲を目論んだ事例が多数存在している。国防空軍でも同様の攻撃手段を取り、教範が同盟国の間で共有されているのもあり、ロドリア海軍艦艇のレーダーは低空で接近する飛翔体も捕捉できる様に改良が施されている。


 だが、『見つけられる』のと『対応できる』のとでは言葉が違ってくる。特に音速で海面を這う様にして迫って来る誘導兵器を撃ち落とすには、ロドリアの対空機関砲と対空ミサイルは非力だった。


・・・


 『東アジア戦争』後、日本のミサイル技術は大幅な進歩を遂げた。その一つが『26式艦対艦誘導弾』である。


 元々は『12式地対艦誘導弾能力向上型』の名称で呼ばれていたもので、名称が複雑である事や、ミサイル自体の構造が全く別物になっている事から、新たに正式採用年度を取って『26式艦対艦誘導弾』と呼称される事となった。


 最初に餌食となったのは、艦隊の前に突出していた巡洋艦「アミュラル・アウベス」であった。4発のミサイルが急上昇したと思えば、そこから山なりの弾道を描いて急降下。広域警戒と対艦ミサイル誘導用の球形レーダードームと一体化した煙突に集中して突き刺さった。


「うわぁぁぁぁぁ!!!」


「ぐぉぉぉぉぉ!?」


 衝撃が艦橋を揺らし、ほぼ全員が転倒。バノスも頭を目前の計器にぶつけるなか、ルーメスは背後より熱を感じる。振り返れば爆炎が艦橋後部の空間に迫り、レーダー管制士や火器管制官を火だるまにしていた。


「だ、大丈夫ですか、提督!?」


「火災発生、直ぐに消火しろ!」


「議員、ここはもう危険です!脱出の準備を…!」


 艦橋内に、喧噪が轟く。外からも轟音が聞こえ、ルーメスはガラス窓の吹き飛んだ艦橋の窓から、数マイル先で複数の艦が煌々と燃え上がっているのを視認した。


 4隻の護衛艦が放った26式艦対艦誘導弾の数は16発。うち8発は2隻の大型巡洋艦に差し向けられ、残る8発は4隻の巡洋艦に2発ずつ。着弾はほぼ同時だった。弾頭部の300キロ炸薬は巡洋艦を一撃で撃破せしめる分の破壊力があり、如何に装甲を有する大型巡洋艦と言えども、傷が深くなるのは避けられなかった。


 摂氏数千度の刃は船体を貫通し、喫水線下に破孔を生じさせる。内部の機械も悉く融解し、機関室では水蒸気が噴出。被弾した艦は急性心不全を起こした患者のごとく硬直を強制させられた。


「じゅ、巡洋艦が…!?」


「敵も、ミサイルを使って来たぞ!」


「レーダー、異常発生!周囲の観測と通信が使えなくなりました!」


 生き残った艦の間で、混乱が波及していく。その最中、レーダーを妨害電波で封じつつ、光学センサーで闇夜の中に浮かぶ敵艦を睨む者達。


「主砲、撃ちかたはじめ」


 命令と同時に、主砲が吼える。100ミリ単装レールガンより放たれる76ミリ砲弾は10キロメートル先の敵駆逐艦の主砲塔を射抜き、スパークが闇夜に煌めく度に目標とされた艦の武装が破壊されていく。後続の3隻も同様に砲撃を放ち、高い命中精度で以て敵駆逐艦の武装を破壊していった。


「な、何だ、あの命中精度は!?応戦しろ、急げ!」


「りょ、了解!ですが、レーダーが先程から不調であり、命中精度は格段に落ちます!」


「あてずっぽうでもいい、撃ち返せ!」


 うち、艦隊左翼に展開している駆逐艦「コルダー」の艦橋で、艦長は怒鳴る。リジア級駆逐艦の1隻である本艦は、『転移』後の近代化改修においてミサイルの搭載や射撃指揮装置の換装を実施。『ミルグリム』対艦ミサイルによる高い打撃力と、レーダー連動式射撃方位盤による高精度砲撃を手にしていた。


 だがミサイルは撃ち切り、射撃管制装置も味方巡洋艦が被弾して以降不調に陥っている。よって光学照準による射撃しか方法は無く、そしてその命中率もまた低かった。何せ夜間に同格の相手と砲撃戦をする事など皆無に等しかったのだ、訓練も必要最低限の技量を維持する程度にしか行っていなかった。


「撃て!」


 号令と同時に、13センチ連装砲より砲撃が放たれる。が、艦隊右翼に回り込む様に進む護衛艦には当たらず、ただ水柱を聳え立たせるに終わる。その間にも4隻の護衛艦は艦隊右翼の駆逐艦とミサイル艇に向けて砲撃を行い、ほぼ一方的に撃破していく。


「敵艦隊、反転を開始!」


「追撃しますか?」


 「あやなみ」のCICにて、副長が尋ねる。島村しまむら艦長は被りを振り、指示を出す。


「いや…逃げる艦はそのまま放っておけ。だが、撃破された艦艇の乗員を救助せずに逃げ出すなど、敵にはシーマンシップというものがない様だな。我々が代わりに救助しよう。どのみち彼らから問い質したい事も多いしな」


 斯くして、『スヴァン半島沖海戦』は海上自衛隊の圧勝に終わった。ロドリア海軍開拓州防衛艦隊は巡洋艦6隻、駆逐艦4隻、ミサイル艇6隻を失い、残存艦は撤退。スヴァン半島における制海権は日本のものとなった。

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