第7話 スヴァン半島沖海戦①
西暦2035(令和17)年9月16日 スヴァン半島南東部 港町ガンタル
港町ガンタルは、フロミア大陸の半分がロドリアの手に落ちる以前より存在する場所の一つで、今ではロドリアより移住してきた開拓者の住まう場所となっていた。しかし現在は、自衛隊の統制下に置かれていた。
「随分と、大人しいですね…彼らからすれば我々は侵略者だと言うのに、全く抵抗の意思を見せてきません」
陸上自衛隊水陸機動団のうち、市内の巡回を担う部隊は、広場で交通整理を手伝いつつ、治安維持の傍らに雑談を交わす。
「占領後、民兵は大多数が投降したそうです。エルディアの同盟国相手に死に物狂いで抵抗してくると思ったのですが…」
「そりゃ当然だよ、異教徒の軍人さん達」
すると、一人の老人が話しかけてくる。その老人は両手を上げて非武装をアピールしつつ、話を続ける。
「この街とその周辺に住むのは、故郷で土地を富農に奪われた平民や農奴、現地人と子供を作る事を強制させられた若いのばかりなのさ。しかも同じ神を崇拝しとるというのに、教会の連中は行政府とつるんでワシらに重税を課している」
占領後、庇護を求めてきた現地住民のよく言う話だ。どうやらロドリアは同じ国民に対しても、生まれや身分によって扱いが全く異なるらしい。しかもここ数日にわたって飛来してきた爆撃機の存在と、それに対する「いぶき」航空隊の迎撃戦闘が、現地住民のロドリアに対する心情的な離反を招いていた。
「本国とそれに近い開拓州、そして同盟国では専ら『偉大なる共和国ロドリアに奉仕するべし』なんてのたまっているが、実際にゃ貴族や教会の贅沢三昧に、騎士の連中の横暴で生まれる面倒を、ワシら貧しい連中に押し付けているだけなのさ」
老人の話に、若い隊員の何人かが怪訝な表情を見せる。10年前も日本国内にて似たような主張をしていた人達がごまんといたのだ。今は『太政官』が社会の本来求める暮らし方を保証してくれる様になり、単調な政府批判で贅沢を送っていた者達は妥当な末路を辿っている。
「貧しい子供達にお恵みを下さるどころかか弱い老人からも片身の品を『寄付』だと言って巻き上げようとする教会に比べりゃ、アンタら異教徒はちゃんとワシらの衣食住を守ってやってくれている。今のところはアンタらと殺し合う利点なんて殆ど存在しないよ」
「…そうですか」
老人が去り、隊員の一人はため息をつく。どうやらロドリアの内情は想像以上に酷い様だ。そして洋上の「いぶき」艦橋では、安本艦長と大沢司令がコーヒーを片手に会話を交わしていた。
「補給艦を多めに用意し、民間からも複数隻徴発しておいて正解でしたな。いずれ来る攻勢まで持たせておく様にと下令されておりますし、1か月ぐらいは大丈夫でしょう」
「1か月はかからないだろう。手始めに戦線近くの敵飛行場を爆撃で潰し、制空権を優先的に奪取するのだから。それに奪取後には施設科が野戦飛行場を完成させ、護衛付きの輸送機が着陸してくる。食料を優先的に送ってくれるだろう」
大沢の言葉に、安本は肩を竦めた。
・・・
同刻 スヴァン半島南東沖合
「敵艦隊捕捉。針路347、距離20マイル(約32キロメートル)。依然南下中」
艦橋内に、レーダー管制士の報告が響く。フロミア開拓州防衛艦隊の司令官を務めるロトス・ディ・レ・バノス中将は、上機嫌な様子で鼻を鳴らす。その傍には戦線での様子を見に来た元老院議員数名の姿もあった。
彼が乗る重巡洋艦「アミュラル・アウベス」は、今から40年前に就役したアミュラル・アウベス級重巡洋艦の一番艦で、『快速の大型水上戦闘艦で構成された打撃部隊による艦隊決戦』というドクトリンに適応した設計をしている。その特徴を如実に示すのが艦首側に2基、艦尾側に1基装備された25センチ三連装砲で、20年前より続く解放戦争ではこの巨砲を以て何百隻もの敵艦を撃沈し、地上の要塞や大軍を吹き飛ばしてきたのだ。
「管制士、敵の陣形が判るか?」
「これは…単縦陣です。数は4、まっすぐに我が方に接近してきます」
「ふむ…」
バノス中将の口元が歪む。それは勝利を確信した笑みであるのと同時に、いたぶり虐げるべき獲物を見出した猛獣を思わせる残忍な笑みだった。
実際、元老院議員代表のパウル・ディ・ルーメスの目からしても、開拓州防衛艦隊の規模と戦闘力から見れば、敗北を喫するべき要素など何処にも見出すことができなかった。出撃した艦隊は、重巡洋艦「アミュラル・アウベス」及び「アミュラル・ローム」の2隻に巡洋艦4隻、駆逐艦8隻に警備艦が2隻、さらに随伴のミサイル艇が12隻。その28隻に達する規模、そして攻撃力ともにフロミアで最強の水上打撃部隊であるはずだった。この艦隊を以てフロミア大陸南西のスヴァン半島洋上に進出、フロミアの陸軍部隊を半包囲しようとする敵軍を海から叩き潰す事を目論んでいた。
「空軍の間抜け共がスヴァンの空で醜態を晒した今、偉大なる共和国軍のあるべき姿を取り戻すのは、建国以前より長き歴史を持つ我ら海軍の務めである事は、疑いようのない事実だ。そうは思わんかね、議員どの?」
「…」
「それに、この大艦隊で攻める以上、勝利は確信している。貴公が為すべきはその勝利の光景を余すことなく見物し、すべてを本国に報告することにある…お判りかな、ルーメス議員?」
「…!」
この艦隊にお前達の居場所はない。そう悪罵する眼光も鋭く睨みを聞かせるバノス提督の巨躯を、ルーメスはきっと見返す。と、レーダーで相手の様子を観測していた乗組員が報告を上げる。
『彼我の距離、18マイル!』
「奴らめ、真っ向から我らと争うつもりか…機関全速、艦を艦隊の先頭に付けよ!横陣で迫り、ミサイルの雨を降らせるのだ!」
過剰なまでに装飾された専用席から身を乗り出し、バノス提督は命令を下す。反射的にルーメスは、バノスの隣で無言のまま佇む艦長へ視線を移す。艦隊を自らの持ち駒程度にしか考えていないパノス提督は、その権限を不当に行使し本来彼の指揮下に置かれるべき「アミュラル・アウベス」までも自家用車の如くに扱っていた。
そうして陣形を変更し、艦隊は敵へ迫る。基本的にロドリア海軍艦の対艦ミサイル発射筒は、進行方向へ投射する様に配置されている。火砲の射程外から戦艦の砲撃並の威力を持つ一撃を正確に叩き込み、後に接近して砲撃戦で片を付けるのが、ロドリアにおける海戦のやり方であった。
「艦隊各艦、攻撃準備完了」
「フフフ…弱き蛮族どもに味方した事を後悔するがいい。ミサイル発射!」
命令が下り、ロドリア海軍の主力対艦ミサイルである『ミルグリム』艦対艦ミサイルが一斉に発射される。その光景にバノスは満足げな笑みを浮かべた。
・・・
護衛艦「あやなみ」CIC
敵艦隊の接近の報は、空中より広域を監視するE-2J〈ホークアイ〉早期警戒機よりもたらされていた。港町ガンタルに錨を降ろす第5護衛隊群のうち、第11護衛隊に属する「あやなみ」と、めぐろ型護衛艦「めぐろ」「すみだ」「つるみ」で構成された4隻の艦隊は、ガンタルへの攻撃を企図する敵艦隊を迎え撃とうとしていた。
めぐろ型護衛艦はもがみ型護衛艦の拡大発展型として建造された
もがみ型より導入されている円形CICの中央で、艦長達はモニターに投影されている各種情報を見つめる。崩れた陣形から幾つもの飛翔体が発生し、こちらに迫ってきている状況は相手の敵意の表れだった。
「敵艦隊より、ミサイル発射を確認」
「各艦、迎撃はじめ。1発も撃ち漏らすな」
「了解。SAM、発射始め」
命令一過、4隻の甲板上より白煙が吹き上がり、矢継ぎ早に艦対空ミサイルが投射されていく。「あやなみ」と3隻の護衛艦が装備する24式艦対空誘導弾は、陸上自衛隊で運用されている03式中距離地対空誘導弾をベースに開発された国産ミサイルの一つで、これまで護衛艦の対空戦闘手段として用いられてきた
しかも敵の対艦ミサイルはマッハ1未満と誘導弾としては遅く、しかもレーダーに映りながら悠々と飛んできている。この様な隙だらけの緩い攻撃を見逃す筈はなかった。
「撃墜3…いえ4、第一波、全弾撃墜」
「主砲、撃ち方始め」
命令一過、100ミリ単装レールガンより76ミリ砲弾が毎分10発のレートで放たれていき、敵ミサイルを正確に射抜いていく。さらに迫ったミサイルも、SeaRAM近接防御ミサイルにレーザー砲で対応し、海面へ叩き落としていく。56発も放たれたミサイルを叩き落とすには、たった1分の時間があれば十分だった。
「流石に余裕だな。相手さんにとっては想定外だろうが…SSM、攻撃用意。先ずはデカブツを叩きのめして接近し、電子戦で相手のレーダーを封じながら、残る敵を砲撃戦で磨り潰す。連中に本当の夜戦というものを教えてやれ」
「了解。SSM、捕捉急げ」
命令が下されていく中、4隻は縦陣のまま迫る。そして4隻は、敵艦隊を射界に捉えた。
「SSM、発射始め」
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