第6話 スヴァン強襲の影響

共和暦215年9月10日 ロドリア共和国フロミア開拓州 首都ケベルス


 ロドリア共和国が実効支配するフロミア大陸西部は、『悪しき王政から解放された人民によって開拓される地』という名目のために開拓州の名を立て、ロドリア人によって統治されている。その首都ケベルスは大陸西部の沿岸部に面する。


「何…!?」


 ケベルスの中心部にて行政を担う監督府庁舎の食堂。昼食を取っていた開拓州監督のパウル・ディ・レイ・ゾルダンは驚愕を露わにする。その原因は食後の紅茶を待っている最中に現れた陸軍士官の報告だった。


「エルディアとは全く異なる軍事勢力が、スヴァン半島に出現だと…!?」


「は…空軍の偵察機が発見した事と、先日より当該海域に展開している潜水艦との連絡が途絶していた事が判明し、漸く事態を把握出来たとの事で…」


 直後、ガタガタと音を立ててゾルダンは立ち上がり、陸軍士官の顔面に拳を叩きつける。そして罵声を浴びせかけた。


「この無能が、直ちに対応しろ!これ以上私の顔に泥を塗る様な醜態を晒すなよ!」


「…了解」


 立ち上がりながら応答し、陸軍士官は食堂を去る。その目前で待っていたのは、開拓州防衛軍の総司令官を務めるエリドゥス・ディ・リ・ゾルフス陸軍中将だった。


「やれやれ…やはりと言うべきか、ゾルダン監督は大分お怒りな様だ。例の敵勢力、新たな動きは見せているか?」


「は…どうやら奴らは港町ガンタルを中心に、支配領域を拡大中の模様です。現在、開拓州防衛軍の陸軍2個歩兵師団と『民族騎士団』が対応に向かっております。空軍もガンタルへ爆撃に向かっておりますし、これにて十分な対応が出来ましょう」


 元々フロミア大陸の中部には民兵を合わせて9個歩兵師団と3個騎兵師団が展開し、空軍も含めて抵抗勢力であるエルディアとモーギアの戦線を攻め落とせる分の兵力を確保できている。そこに未知の軍事勢力が現れ、スヴァン半島の一点を占領した事はイレギュラーではあったが、即座に対処できると見込んでいた。


 とはいえ、ロドリアの支配圏の一部が敵に蝕まれている状況は頂けない。その点においてゾルフスは取るべき応策を知っていた。それも感情的には冷酷極まりない方法だった。


「…ガンタルは『未知の感染症が蔓延した事により、現地で就労している人民もろとも焼却処分する』と報告書を書いておけ。スヴァン半島に住まわせているのは奴隷として消費中の原人と、農奴サーフス上がりの下層平民リベトゥスばかりだ、フロミアの100万の人民のためなら惜しくはない」


 ゾルフスの言葉に、士官は複雑そうな表情を浮かべる。現在のフロミア州の人口は2000万人程度で、うちロドリア本国と自由に行き来する権利を持つ者は100万人程。この100万がロドリア軍の『守るべき者達』であった。


・・・


西暦2035年9月10日 エルディア王国首都アウルム


 フロミア大陸の東部、海岸線より内陸に150キロメートルの地点にある都市、アウルム。この街は元々金山があり、貴金属の採掘で財を成してきた。そしてその富と、それを元手に開発された金融業や観光業は、今から130年以上前に建国したエルディアの首都機能を財政面から支える要因となっていた。


「これより、王前会議を始めます」


 エルディアの王宮である黄金城の会議室。宰相の言葉と共に、会議に集められた一同は固唾を飲み込む。最初に口を開いたのは対ロドリア外交交渉を引き受けているメリナだった。


「まず、ロドリア共和国との交渉です。王国暦135年9月7日時点で政府外交局はロドリア共和国国務委員会宛てに宣戦布告を通達。戦線付近の都市ベリヤードよりロドリア側の使者団が引き上げたのを確認しております」


 ロドリア側の行動は想定済みだった。故に次に重要な話は、王国軍総司令官を務めるラダン将軍からの説明だった。


「これを受けて、陸軍は北部・東部・南部軍団より1個歩兵師団を抽出し、中央軍団と共に予備兵力として待機。空軍も1個航空団相当を戦線へ展開させます。とはいえ、反攻作戦までの下準備を担うのはニホン軍となりますが」


 自衛隊が一瞬のうちにスヴァン半島の一角に橋頭保を拵え、ロドリアの戦略を大きく狂わせた事は記憶に新しい。小規模な部隊とはいえ挟撃を計る勢力が支配領域内に現れた以上、ロドリア軍はエルディアに向ける兵力を減らさねばならないだろう。それこそが自衛隊の目的であった。


 と、そこでオブサーバーとして参席する田中が口を開く。彼は日本政府の代弁者として、王前会議への参加を許されていた。


「此度の戦争、日本としてはロドリア共和国のフロミア大陸における影響力を低下させ、エルディア及びモーギアの独立主権を守る事こそが勝利条件と見ております。最終的にはフロミア大陸全土からロドリアの影響力を排除する事となるでしょう」


 大言壮語に、多くの参席者が失笑を漏らす。だがメリナは知っていた。彼は単におべっかで言ったのではない事を。


・・・


西暦2035(令和17)年9月12日 エルディア王国南東部 港湾都市コンバス


 エルディア王国最大の港湾都市コンバスに、十数隻の船が停泊する。その多くは日本からやってきた民間徴発船で、陸上自衛隊の隊員や物資、そして各種装備品を揚陸していた。


「随分と多くの戦力を揚陸している様だな。エルディア側に通達していたのよりも多くないか?」


 埠頭の一角で、陸上自衛隊所属の自衛官達はわいわいと話す。多目的アンドロイドが揚陸作業を進める光景は日本のメディアのみならず、エルディアのメディアも重視している。


「色々と情報工作して誤魔化した結果、という奴ですよ。何せ相手は近代的な兵器を扱うというのです、相応の手段でこちら側の手の内を探りに来たり、エルディア内部に内通者を仕込ませている可能性もありましたので」


「燃料と弾薬は大丈夫なのかね?」


「燃料については、ロシアから自治権と引き換えに分捕っているところです。樺太から十分な量の石油が取れていますからね。あと国内で人造石油の生産が進められているのも大きいです。弾薬については、現状では2年程度は戦えると見積もっております」


 この異世界に転移して以降、日本の周辺地域はそれぞれ、自身の有するものを用いて日本に貢献しようとしていた。例えば樺太ではロシア連邦サハリン州が日本国内の拘置所に留め置かれている者達を労働力として引き取り、日本側の投資と技術で産業育成に勤しんでいる。


「まぁ、4個師団と2個旅団で、倍の兵力はいると見られている敵軍を粉砕し、戦意を挫くのが計画の大まかな概要ですから、市ヶ谷はかなり張り切っていますよ」


「だろうな。さて、俺達も手伝いに行くとしますか」


・・・


9月13日 スヴァン半島上空


 高度6000メートル上空を、幾つものプロペラ音が響く。ロドリア空軍第205爆撃航空連隊所属の爆撃機部隊は、敵戦力の屯するガンタルを爆撃しようとしていた。


「くそ、蛮族どもめ!一体いつ攻め込んできたというのだ!」


 リーストLs-18〈ヘロン〉重爆撃機のコックピットで、機長の少尉は唸る。旧ソ連のツポレフTu-4〈ブル〉重爆撃機に酷似した〈ヘロン〉は、最大9トンもの爆弾を搭載する積載能力を持ち、共和暦200年頃の空軍近代化計画では一部の機体と後期生産機のエンジンをターボプロップに換装する強化計画が成されている。この12機程度の編隊はそのターボプロップ換装型で、周囲には偵察と地上掃討も兼ねる護衛機が多数展開している。


「間もなく、ガンタル上空です。同胞がまだいるかもしれない街を焼くなんて…」


「共和国の大義のためだ、仕方ない。放置すればガンタルの様に呑まれる街がさらに増えるからな」


 コックピット内で機長は爆撃手にそう答えながら、視線を真正面に向ける。とその時だった。突如、レーダー警報装置が鳴り響き、その数秒後に目前を飛んでいた戦闘機が爆散。それも1機のみならず、複数機が視界外より飛来してきたミサイルの直撃を食らい、撃墜されていった。


「い、一体何が起きた…!?」


 混乱を口に出すのも束の間。遥か向こうより数機の航空機が現れる。それらは本国で配備の進む最新鋭戦闘機に酷似しており、そしてさも当たり前の様にミサイルを放ち、護衛機を叩き落としていた。


『な、何だ、アレは!?』


『〈カイト〉よりも速いぞ!』


 僚機の困惑と動揺が、無線を介して届く。ついに敵機の攻撃は〈ヘロン〉にも伸び始め、ミサイルや機銃が主翼をへし折り、被弾した機体は黒煙で身を包みながら墜ちていく。


「ば、バカな…」


『敵機、接近してきます!』


 機長の耳に、勝手に応戦を開始していた機銃手の絶叫が響く。それが彼の聞いた最後の言葉であった。


 空戦は体感にして僅か数十秒としか感じられなかった。「いぶき」より飛び立ったF-35C〈ライトニングⅡ〉艦上戦闘機のパイロットは、周囲を見渡しつつ、母艦へ通信を入れる。


「スパロー1より「いぶき」、敵編隊を全機撃墜した。これより帰投する」


 こうして、スヴァン半島における最初の空戦は日本側の圧勝で幕を閉じた。

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