第5話 スヴァン強襲
共和暦215年9月9日 フロミア大陸南西部 スヴァン半島上空
総面積330万平方キロメートルの広大な陸地を持つフロミア大陸。その西半分はロドリア共和国の精鋭無比な軍事力によって支配され、何十万もの人々が移住して開拓を進めている。
その上空を、1機の双発機が飛ぶ。Ls-28〈バルトール〉はリースト設計局で開発された中型爆撃機で、『ウォーレイ』誘導爆弾やロケット弾を用いた対地攻撃が主な任務だった。しかし速度が時速1000キロメートルと速く、『ウォーレイ』の運用のために各種電子機器を搭載するスペースは様々な装備に換える余裕があり、近年では前線偵察機タイプも開発されていた。
この機体はその偵察機タイプで、爆撃照準器は地上撮影用のカメラとされ、『ウォーレイ』誘導装置は電子妨害装置に換装されている。近年エルディアは電気技術やロケット技術を進展させ、小型の対空警戒レーダーや前線配備型地対空ミサイルも開発し始めたからだ。如何にこの世界で最も優れた科学技術を持つロドリアとはいえ、周辺国の成長を座視している訳ではなかった。
「周辺に異常は無し、と…」
本来ならば爆撃手の乗っている座席にて、レーダー観測士がスコープを睨む。現在大陸西部の近海はロドリアの支配する場所となっているが、この世界には近代的国家への帰属など思慮の外にある海棲生物や、海洋そのものを国土とする人魚族がいる。それらの集団や部族が開拓州で漁業に励む人民に危害を与えていないかを監視するのも国防軍の任務であった。
「新入り、ちゃんと再確認しろよ。幾ら敵の来れない場所だからって、適当に監視していたら大目玉を食らうからな」
「了解しております…ん?」
とその時、スコープに複数の光点が浮かぶ。機首レーダーが前方に複数の反応を捉えた模様である。
「機長、レーダーに複数の反応を捕捉しました。方位は351、距離は30マイル」
「何?分かった、少し待ってろ」
機長はそう言いながら操縦桿を倒し、その方角へ機体を飛ばしていく。そして数分後、レーダーが捉えたものの正体を自身の双眸で確認した。それは十数隻の軍艦の群れだった。明らかに味方ではない。
「こ、これは…!?」
「直ぐに司令部に通報しろ!それと撮影頼む!」
「りょ、了解!こちら第10偵察大隊所属3号機、国籍不明船団を発見!位置は…」
行動は早かった。通信手が即座に無線通信で報告を送り、レーダー観測士は機首カメラで眼下の光景を撮影する。その間、機長は操縦桿を握りながら、自分達の運命を教祖に委ねる。
「嚮導者よ、我らを守り給え…!」
撮影は僅か数分で終わった。〈バルトール〉は主翼を傾けて旋回し、その場から離れていく。そして三名の搭乗員は、内心で自分達の信ずる存在に感謝の念を捧げるのだった。
・・・
西暦2035(令和17)年9月9日 護衛艦「いぶき」艦隊作戦司令部
相手偵察機の動向は、艦隊旗艦「いぶき」の
「ご指示通り、偵察機は逃してやりました。これでよろしいのですか?」
「ああ。どのみち連中は直ぐには阻止できんよ。今回の作戦で求められるのは奇襲ではなく、堂々とした行動。相手は我々の事を知らないからな。無知のまま無謀に攻め立てて禄でもない自滅を辿るよりかは、国家間戦争として然るべき展開の果てに然るべき裁きを受けさせるべきだ。とはいえ、今の我々は真正面からやり合うには些か厳しいのも事実だがな」
『東アジア戦争』にて多数の艦艇を喪失した海上自衛隊と台湾海軍は、新造艦の配備と共に新たに締結された『環太平洋安全保障条約』を利用し、諸外国の海軍艦艇の寄港を招致。特に太平洋上に海外領土を持つイギリスやフランス、中国の進展を重度に警戒していたオーストラリアは、それぞれ自国の最新艦艇を配備する事で、低コストで影響力を発揮する事に成功していた。
それら同盟国の戦力も『転移』に巻き込まれ、現在は自身の所属する国の大使館の統制下で、日本と台湾の近海防衛に協力している。故に第5護衛隊群は他の護衛隊群から艦艇を引き抜き、外征を成せるだけの戦力を整える事が出来ていた。
「フロミア出身者やエルディアからの話によると、かつてここスヴァン半島には、一つの国があったという。滅亡後は半島一帯に存在する鉱山地帯の開発のために、多くの現地住民が奴隷としてこき使われ、文字通り使い潰す形で資源開発と民族浄化を同時並行で実施しているそうだ」
ロドリアの一大宗教であるアクシジア教とその教典は、ロドリアで用いられている法律の根幹を成しているという。故に教典の中には存在しない生物は全て排除し、戒律で食べていい食料と定められた動植物のみで構成された環境へ改造しようとしているのだ。
と、大沢司令達へCICから報告が入る。
「司令。間もなく上陸作戦が開始されます。UAV、作戦予定空域に到達。地上観測開始します」
「そうか…全艦、戦闘配置!航空隊は直ちに出撃し、敵航空戦力の襲来に備えよ!」
・・・
スヴァン半島沿岸部
旗艦「いぶき」からの命令伝達を合図に、6隻の揚陸艦が3隻の護衛艦と2隻の掃海艦に守られながら前進。先行させているOZZ-5無人潜水艇に海中を探査させつつ、揚陸艦は後部ランプハッチを開放させる。
「LCACの発進に合わせて、本艦もAAVを展開する。航空隊及び僚艦の攻撃を待て」
多機能輸送艦「みうら」より水陸機動団長の
『東アジア戦争』にて、在日アメリカ大使館の指揮下で参戦した在日米軍所属の機体が、制空権争いや対地支援攻撃にて活躍を見せた本機は、戦後かつらぎ型護衛艦と本格的な艦載戦闘機を調達する事となった自衛隊において、どの様な立ち位置であるべきか論争が繰り広げられた。
海上自衛隊の航空部隊である航空集団に属するか、陸上自衛隊の対戦車ヘリコプターの後継として陸上自衛隊飛行科で運用すべきか、はてさて固定翼のジェット戦闘機なので航空自衛隊で運用するべきだと喧々諤々を繰り返した果てに、結局はアメリカ海兵隊に類似した部隊としての立ち位置を強めてきた水陸機動団飛行隊と、海上自衛隊航空集団にて共有して運用する形に落ち着いていた。
水陸機動団飛行隊第1小隊に属する4機の〈F-35B〉は、全長249メートルの飛行甲板を滑走して次々と飛び上がり、普通科1個小隊を乗せた4機のMH-1〈ワイバーン〉汎用ヘリコプターを先導する形で海岸線へ向かう。エルディア王国軍の諜報部隊から得た情報によれば、敵軍は多くが戦線へ回されており、民兵や自警団ばかりだと言う。それでも胆を冷やす程度のアクションは必要だった。
「攻撃、開始」
命令一過、上陸予定地点の周囲へ小型爆弾を投下。それを合図に6隻のLCACが浜辺へと進んでいく。6隻には水陸機動団戦車大隊に属する10式戦車が積載されており、浜辺に着岸するや否や、6両は即座に展開。半円の陣形を作ってAAV7装甲車の上陸予定地点を確保する。
「前進、前へ!」
指揮車の号令一過、2個中隊分の隊員と特科部隊を乗せた24両のAAV7が洋上を進み、次々と浜辺へ乗り上げていく。後部ハッチより数機の軍用アンドロイドが武装状態で展開し、周囲を複合センサーで警戒する中、数両の装甲車が向かってくるのが見える。
『敵装甲車、確認。攻撃してきました』
『了解、対処する』
行動は迅速だった。重機関銃を撃ちながら突進してくる装甲車に対し、10式戦車が先頭を走る車両を砲撃で文字通り木端微塵にすると、次いで数両のAAV7が銃撃。12.7ミリ銃弾と40ミリグレネード弾の驟雨は装甲車の10ミリ程度の装甲版を容易く引き裂き、炎上からの沈黙に至らしめる。
「全車、前進」
命令が更新され、10式戦車を先頭に立てて街道を進む。この襲撃に際し、港町ガントルは大騒乱に陥っていた。無理もない、見知らぬ軍隊が自分達の住まう場所へ攻め寄せてきたのだから。港湾部では揚陸艦の接岸できる埠頭が、〈ワイバーン〉に乗ってきた部隊によって制圧されていき、それを迎え撃とうとした民兵達も、掃海艦の20ミリガトリング砲を浴びて物理的に吹き飛ばされた。
戦後、これらの戦闘をある元自衛官は自著で回顧した。『戦闘というものは、これほどまでに呆気ないものだったのか』と。だがそれは、あくまでも自衛隊にとって奇跡的なケースの一例に過ぎない事を、多くの当事者が理解していた。
斯くして、『スヴァン半島上陸作戦』は大成功のうちに終わり、港町ガントルは水陸機動団を中心とした統合任務部隊の橋頭保として利用される事となる。
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