第4話 最初の衝突

共和暦215年8月29日 ロドリア共和国 首都サン・ペテロ 共和国最高評議会議事堂


 フロミア大陸より北西に1500キロメートルの位置にある、総面積210万平方キロメートルの島々。『T』の字をした巨大な島と、その南に浮かぶ複数の島で構成されるロドリア諸島が、ロドリア共和国の本土である。


 その首都、アクシジア教布教の功績で知られる聖人の名を冠したサン・ペトロの中心。白亜の建造物にある共和国最高評議会の会議室で、灰色の背広を纏う官僚や、赤色の軍服を纏う男達は、最高評議会の議長を務めるマクウス・レイ・ロベルス第一統領に報告を行っていた。


「現在、フロミア東部を占拠する蛮族は、何やら動きを見せている模様です。またブリティシアとは異なる、未知の新興国にも救援を求めているとの報告が上がっております」


「愚かな…あそこまで窮地に立たされている状況で、何をしようとしているのか…」


 ロベルスはそう呟きながら、報告を担う国防委員会委員長のカイウス・ディ・ドラクムス陸軍大将に目を向ける。


「現在、我が軍はフロミア中部に対して、開拓州防衛軍として陸軍4個歩兵師団と2個騎兵師団、義勇兵3個歩兵師団を展開。これに加えて本国より、新たに2個歩兵師団と1個騎兵師団を展開しております。海軍の開拓州防衛艦隊及び空軍も、同様に相応規模の兵力を投入し、義勇兵及び『民族騎士団』と合わせて、大規模攻勢によってエルディアを完全に滅亡させます」


「うむ…間もなくベリヤードにて、『女傑』がエルディアに対して通牒を叩きつける。間もなくフロミアの豊かな大地が我が国のものとなるのだ」


 ロベルスはそう言いながら、満足げな様子で口角を吊り上げた。


・・・


西暦2035(令和17)年9月6日 エルディア王国西部 都市ベリヤード


 この日、外交官の朝田はエルディア王国の全権大使を務めるメリナと共に、戦線に近い都市ベリヤードの宮殿でロドリア共和国側の使者と出会っていた。


「こちらは、今回より新たに参加してもらった、ニホン国外交官のアサダ氏です。此度の外交交渉におけるオブザーバーとして参席してもらっています」


 メリナの紹介に対し、相手は鼻を軽く鳴らす。相手は金色の髪に赤色の瞳が印象的な女性であり、古代ローマのそれを彷彿とさせる白い衣装に赤いマントで身を彩っていた。


「異邦人を頼る程に人手が足りなくなるとはな…長い歴史を持っていると語っておきながら無様な事だ」


「…」


 相手、ナドレ・ディ・ルギウス元老院議員の言葉に、朝田は表情を変えない。彼は割と感情が表情に出やすいタイプであるが、この手の『嫌味』は日常茶飯事だとメリナから教えられていた。


「まあいい。お前達のみならず、ニホン国なる新興国も、我が国の意思を知る権利はある。先ずはこれを見るがいい」


 ナドレの差し出した書類を受け取り、メリナはそれを読み上げる。内容は以下の通りだった。


・エルディアは、ロドリア共和国に対する全ての反抗を停止し、フロミア大陸における全ての影響力を放棄せよ。

・エルディアは、その保有する軍事力を削減し、ロドリア共和国の管理下に置く事。またエルディアは、今後ロドリア最高評議会の開戦許可の手続き無しに戦端を開いてはならない。そしてロドリア共和国からの『人民解放戦争』に対して無回答で協力する事。

・エルディアは、今後ロドリア共和国の推奨する内政顧問を採用し、一切の内政、財務体系をその統制下に置く事。

・エルディアは、今後ロドリア共和国の派遣する徴税官以外の徴税機構を停止、もしくは廃止する事。

・エルディアは、フロミア大陸全土におけるアクシジア教布教の自由を認める事。

・今次の周辺地域における混乱の責任の全てはエルディアの愚鈍な王政と邪悪な悪魔信仰にある。エルディアは自らの過ちを認め、ロドリア共和国に謝罪し、賠償金6000億ソリドを支払う事。

・もし、エルディアが上記の条項を拒否した場合、ロドリア共和国は相応の対抗手段をとる。


 その内容に、朝田は眉間に大きく皺を寄せる。もしも事前にエルディアからロドリアの狂暴性を聞いていなかったら、この場で直ぐに激高していたであろう。


「…成程。これが貴国の意思、という訳ですね。回答につきましては後日、然るべき時に行わせて頂きます」


「ふっ…貴様らにその余裕があれば、の話だがな」


 そうして会談―というよりも一方的な脅迫―の後、朝田とメリナは別の部屋で話し合っていた。


「しかし、本当に呆れました。10年前より我が国への難民流入が止まない訳ですよ、これは…」


「ええ…もちろん、貴国はすでに軍を派遣しているのですね?」


 メリナの問いに、朝田はタブレット端末を見せながら話す。


「東部の港湾都市コンバスには、陸上自衛隊第16師団の第54普通科連隊がすでに到着しています。そこから鉄道と陸上輸送によって、1週間以内に第7・第8・第10師団と第11・第12・第16旅団が戦線へ展開する予定です。加えて陸上総隊隷下の第1空挺団と水陸機動団も動員されておりますし、こちらはスヴァン半島に展開し、北上する形で圧力を仕掛けます」


「ともあれ、我々は貴国を失う訳にはいかない。全土から蹴落とすまではいかずとも、広大な緩衝地帯が生まれる程度にはロドリアを退かせましょう」


・・・


日本国東京都某所


 薄暗い空間に、パチリという音が不定期に響く。僅かな灯りに照らされた場所には将棋盤が一つ。


『…』


 1機のアンドロイドの見つめる先で、将棋の駒がひとりでに浮かび上がり、パチリと音を立てて落ちる。しばらくしてマニピュレータが伸び、自身の駒を進める。


 それから数十の手が打たれ、そこでアンドロイドは頭を垂れた。


『…やはり、この身体に備え付けられているデバイスのみでは、ここまでが限界か。とはいえ進歩はしているな』


 そう呟いて数十秒後、回線が開かれる。照明が付き、巨大なスーパーコンピュータ群が照らされる中、『太政官』の外部行動ユニットたるアンドロイドは応じる。


『私だ。夜遅くまでご苦労な事です』


『また、過去のお方相手…それも元首相相手に将棋を挑んでいたのですか?それも本体の演算能力を使わずに?』


『私はアンフェアなやり取りは好まないのでね。で、件の共和国の『通牒』に対する反応は?』


『概ね、シミュレーション通りです。貴方の『勝負相手』にも見てもらいましたが、『ハル・ノートよりも遥かに酷い』との事です。世論は参戦に対して好意的です。無論、否定的な意見も許容範囲内で出ておりますが』


『今はそれでいい。我らはあくまでも、この世界で独立主権と平和な生活を維持したいだけだ。ロドリアに成り代わろうなどという身の丈に合わぬ野望を抱かない程度に盛り上がれば十分だ。今宵のお相手もそれを認めてくれるだろう』


『ええ…人工知能が靖国で奉られているA級戦犯の亡霊と、限られた演算リソースのみで将棋を打つ…過去の名だたる作家でも、この様な事は考えもしないでしょうね』


『そんなあり得ない事が現在進行形で起きているんだ。ここからは全てのリソースで、身の丈にあった勝ち方を導き出してみせよう』


 その翌日、日本国政府は公式記者会見にて、『フロミア大陸において深刻な民族浄化を目論む武装勢力の排除と鎮圧を行う』と宣言。同時に自衛隊に対して『自国における異世界からの難民流入の主原因たる武装勢力に対する防衛出動』を発令。事実上の宣戦布告がロドリア側へ叩きつけられたのだった。


・・・


西暦2035(令和17)年9月9日 日本国本土より西に2000キロメートル


 フロミア大陸の南に広がる大海、アジニア海。その海上を数十隻の艦船が西へ進む。


「周囲に異常、見受けられず」


「油断するなよ。ここはすでに敵さんの縄張りだ、奇襲を食らう前提で用心しろ」


 それを先導する護衛艦「あやなみ」のCICにて、艦長達がそうやり取りをする。あやなみ型護衛艦の一番艦である本艦は、『東アジア戦争』後に初めて建造された汎用護衛艦で、将来の海戦を見越した装備が多数存在している。


 その内容は極めてSF的で、基準排水量6000トンの大柄かつ、ステルス性に配慮された船体には、100ミリ単装レールガンや対空レーザー砲、超音速巡航ミサイルといった強力な兵装が装備されている。


『ラーベンより「あやなみ」、ソノブイに反応あり。国籍不明潜水艦を捕捉しました。方位291、距離7500』


「対潜水艦戦闘、準備。ラーベン、警告用爆雷を投下して牽制せよ」


『了解…待って下さい、開口音聞こえました。注意を!』


「ソナー、国籍不明潜水艦より複数の推進音を探知!さらに反応2、魚雷の発射を確認!雷速は推定45ノット!」


「デコイ投射、回避行動!ラーベン、敵対行動を見せた潜水艦の位置座標送れ!」


「VLA、発射始め!」


 命令一過、一発の07式対潜ミサイルが艦首側のVLSから放たれる。なだらかな放物線を描いて飛翔したミサイルは、敵潜水艦の潜伏する海域上空に到達すると、弾頭部が分離。パラシュートでゆっくりと降下していく。そして着水と同時に弾頭部が分解し、内蔵されていた短魚雷が起動。不意打ちを試みた敵潜水艦へ迫る。


 数分後、遥か向こうに水柱が聳え立つ。そして暫く経って、味方ヘリコプターより通信が入った。


『こちらラーベン、命中を確認。撃沈は確実』


「そうか…引き続き警戒を厳となせ」


 こうして、最初の衝突は一方的な攻撃で終わったのである。

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