第3話 自衛隊出動

西暦2035(令和17)年8月17日 内閣総理大臣官邸地下 内閣危機管理センター


「これより説明を始めます。先ず我が国とその周辺を取り巻く環境についてです」


 国家安全保障会議の実施場所にもなる危機管理センターの会議室で、西田清司にしだ きよし統合幕僚長は矢口達に説明する。無論そこには『太政官』の姿もあった。


「現在、我が国は地球とは全く異なる世界に転移しております。そして我が国から北西の位置にあるフロミア大陸では、ロドリア共和国を名乗る国家勢力が侵略行為を進めております」


 画面に、フロミア大陸の地図と現在の勢力図が投影される。総面積360万平方キロメートルと地球のオーストラリア大陸のほぼ半分ぐらいの広さを持つ大陸の西半分と、南西に位置する陸地の幾つかは赤色で塗られており、ロドリアの影響力の大きさが伺える。


「まずエルディア王国、及びモーギア王国と接する戦線上には陸軍6個師団相当の兵力が展開し、その後背には予備兵力として3個師団が配置。その戦線付近に、陸上兵力をカバーする形で複数の飛行場が整備され、常時3個航空団相当の航空戦力が配置されているとの事です」


『エルディア、及びモーギアの戦力は?』


「エルディアは陸軍4個歩兵師団と2個機甲師団を戦線に張り付けており、空軍も2個航空団を配置。モーギアも同規模の戦力で戦線を維持しているそうです。ですが、ロドリア側は本国より新たに兵力を送り込み始めており、間もなく戦線が崩壊する可能性があるそうです」


 フロミア大陸の北部にあるモーギア王国の国境は、一部がエルディア王国と接する形になっている。となれば先ずはエルディアの戦線を崩壊させてからモーギア=エルディア間へ兵力をねじ込み、分断。孤立化させるのが手っ取り早いだろう。


「すでに戦線付近の集落では、ロドリアの民兵組織や『民族騎士団』と名乗る武装勢力が侵入し、暴虐の限りを尽くしているとの事です。軍も相手を刺激しない程度に小規模の部隊で対応しつつ、疎開を進めているそうですが…」


「民兵や、正規軍とは異なる武装勢力か…本当に手段を選ばないという訳か」


 室川むろかわ外務大臣が呟く中、西田は説明を続ける。


「よって、今回自衛隊としては、相応の規模を投入する事としております。先ず陸上自衛隊は完全充足型の師団及び旅団を6個、陸上総隊隷下の部隊も複数投入します。内訳としては北部方面隊より第7師団と第11旅団、東部方面隊より第12師団と第16旅団、中部方面隊より第10師団、西部方面隊より第8師団です。陸上総隊は水陸機動団及び第1空挺団、第1ヘリコプター団の全戦力です」


 ロシアのウクライナ侵攻と『東アジア戦争』は、予備兵力の大切さを自衛隊に知らしめていた。島嶼を巡る争いでは大人数は不要だと見られていたのが、実際には兵站の問題を無視する勢いで人民解放軍が沖縄県全域に数個旅団を強襲上陸させるという暴挙に出た事により、第15旅団のみでは足らず、2個師団を急ぎ送り込む羽目に陥っていた。


 また、戦後も中国とロシアは『霊災』に悩まされながら軍事力の強化に勤しみ、揚陸艦の大量建造を進めていたため、今後海戦と空戦の勝敗に限らず大規模な陸上戦闘が想定され、国内に跋扈し始めた魔物の駆除も考慮して、新たに3個部隊を編成。東部に第16旅団、中部に第17旅団、北部に第18師団を配置していた。


 水陸機動団も同様に、アメリカ海兵隊に範を取った編制と整備が取られ、3個普通科連隊を基幹とするのは変わらないが、強襲上陸大隊は連隊規模へ拡充され、AAV7水陸両用装甲車のライセンス生産型を追加配備。新規に戦車大隊が配備され、水陸両用作戦における打撃力を向上させていた。


「次いで海上自衛隊ですが、第2・第4・第5護衛隊群を主軸に展開し、現地の制海権を掌握します。潜水艦も複数隻投入し、これにてロドリアに圧力をかけます。航空宇宙自衛隊は第2・第3・第5・第8航空団より1個飛行隊を抽出し、戦線における制空権の奪取を実施。航空優勢を確固たるものにします」


 戦後の10年という長い期間と、『核分裂戦争』で国家として崩壊の憂き目にあったアメリカの影響力低下は、防衛費の増大を招き、結果として2個護衛隊群の編制と飛行隊の増数をもたらした。特に横須賀と呉を母港とする第5・第6護衛隊群は海上自衛隊初の本格的な空母機動部隊であり、『核分裂戦争』で稼働状態にある空母が減少してしまったアメリカはこれの整備に大々的な支援を行った。


 航空宇宙自衛隊も同様に、アメリカ本国の航空産業が悲惨な状況にある中で優遇措置が取られ、三菱重工業や川崎重工業は北海道や東北、九州の三地方での工場建設と整備、そしてF-35〈ライトニングⅡ〉戦闘機やF-15E〈ストライクイーグル〉戦闘爆撃機、E-2〈ホークアイ〉早期警戒機のライセンス生産を実施。沖縄県上空での空戦で消耗した航空戦力の再建に勤しんだ。


「また、米軍及び台湾中華民国国軍も、我が国と自衛隊の作戦支援に協力すると表明しております。少なくとも大衆の想像する形の勝利は無くとも、敗北はあり得ないでしょう」


 『転移』直後の海上自衛隊航空集団と海上保安庁が実施した調査にて、台湾とグアム、北マリアナ諸島が巻き添えになっている事は把握できている。エルディアはあくまでも日本に援軍を求めているため、米軍と台湾はあくまでも制海権の維持とエルディアとの航路の防衛に回ってもらうのがいいだろう。


『…我々はあくまでもエルディアの独立主権を守る事を勝利条件とし、かつての大日本帝国の様な、武力による版図の拡大ではない事を、此度の戦争で示さなければならない。必ずや外交で決着を付けられる様にするのだ』


「承知しております」


 西田は自信満々にそう答えた。


・・・


8月24日 南足柄市 陸上自衛隊南足柄駐屯地


 この日、駐屯地の司令官室に数人の幹部自衛官が集められていた。


「各大隊長、よく来てくれた。先程、市ヶ谷より有事編制の指令が下った。即応予備自衛官の招集とアンドロイド部隊の完全動員による充足が完了次第、我が第54普通科連隊はフロミア大陸にあるエルディア王国及びその同盟国へ向かい、戦線にて展開する」


 第54普通科連隊長の笹田ささだ一等陸佐は部下達にそう言い、第1大隊長の皆本みなもと三等陸佐は皮肉を口に出す。


「…つまりは、その国の防衛戦争に同盟国として協力しろ、という訳ですか」


「そういう事だ。なお燃料及び食料などの兵站については、王国側がある程度負担するとの事だ。上からの話によれば、『異世界人』の一部が地球の技術を向こう側へ持ち込んでいたそうだ。それで我が国に対して十分な見返りをする事が出来るという訳だが、甘えてばかりはいられんぞ」


 笹田は部下達にそう言いつつ、席を立つ。


「分かったら、直ちに準備を開始せよ。相手は待ってくれないぞ」


『了解!』


 直後、駐屯地内がにわかに騒がしくなる。隊員の多くは戦闘装備を身に付け、出撃の準備を進めていく。その中には十数人の女性自衛官に女性隊員の姿もあった。


「三尉、有事編制だなんて、入隊して初めてですよ」


「いずれ慣れるわ。にしても、『里帰り』がこうも早く実現する事になるとはね」


「そう言えば三尉は、『難民』でしたね。私も似た様なものですが…」


 カティル達が話しながら駆ける中、アンドロイド区画も多忙を極めていた。


『やれやれ、魔物駆除で修理したばっかだというのに忙しい忙しい!』


『ぼやいている暇はないぞ!上は2個大隊分900機全て、ハンガーから叩き起こせって言ってる!さっさと休止状態の連中にパワーセルぶち込んでこい!』


「アンドロイドのみなさんも、大分忙しそうですね…見た目は全然生き物っぽくないのに、言動が随分と生臭いです」


『生臭い?馬鹿言え、嗅いでも俺達からは機械油の臭いしかしねーよ!』


 皮肉交じりの返答を返され、カティルは肩を竦めながら駐車場に向かうのだった。


 この数十分後、第54普通科連隊は基地を発し、横浜港へと向かう事となる。


・・・


8月25日 神奈川県横須賀市 海上自衛隊横須賀基地


 東京湾の入口に面する浦賀水道、その近くにある港湾都市横須賀。100年以上前に軍港として整備され、旧帝国海軍の主力艦が建造・配備されたそこは、今も尚海上自衛隊の基地として利用されている。その一角、埠頭に接せずに沖合に錨を降ろす大型艦の艦橋で、一人の男が藤田を呼び寄せていた。


「藤田一佐、『東アジア戦争』で我が国の国防戦略は変革を余儀なくされた。それは何故か?」


 その問いかけに、藤田は眉を歪めながら答える。


「…アメリカの弱体化でしょうか」


「その通りだ。それに加えて、国民が平和主義に幻滅し、強き者を求めたのもある。故に海自は本艦を生み出す事となった」


 今二人がいるのは、第5護衛隊群の旗艦を務める航空機搭載護衛艦(DDV)「いぶき」、広大な飛行甲板が望める艦橋であった。


 『東アジア戦争』では、アメリカ海軍の原子力空母2隻が空母としての機能を喪失し、横須賀にて機能回復のための修理を受ける事となった。『核分裂戦争』にてアメリカ本土のニューポートニューズ造船所が大混乱に陥り、原子力空母の整備に支障が生じたためである。


 戦後、アメリカ政府の民主党政権がどうにか安定を取り戻したものの、混乱の余波は大きく、海上自衛隊は在日米軍を当てに出来ぬ状況を強いられる事となった。その中で航空母艦2隻の整備が決定。2028年の防衛力整備計画に基づいて、かつらぎ型DDVの2番艦として建造されたのが本艦であった。


 約30機の固定翼型艦載機を搭載・運用するために設計された本級は、基準排水量42000トン、全長278メートルといずも型護衛艦より遥かに大きい巨艦として設計されており、機関も最新の統合電気推進方式を採用。最高速力は30ノットを超えている。


 だがこの艦を語る上で外せないのは、空母としては相当な重武装が施されている点であった。メディアにて『日本版アドミラル・クズネツォフ級空母』『海上自衛隊の戦闘空母』などと呼ばれているのは、対空ミサイルのみならず対潜ミサイルや巡航ミサイルも搭載可能なミサイル発射装置を備え、僚艦や艦載機が無くとも単艦であらゆる敵と交戦できる戦闘能力を有していたからだ。故に艦長として選ばれた安本剛志やすもと つよし海将補は汎用護衛艦で艦長を担った実績を有する人物であった。


「藤田一佐、此度の派遣は長期に渡ると市ヶ谷は見ている。面倒ごとは覚悟しておくといい」


 

 その翌日、先遣隊として第5護衛隊群と第16旅団第54普通科連隊を乗せた輸送船団が横須賀の港を立った。そうして向かうは、エルディアの港湾都市コンバス。

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