第2話 転移と接触

 我が国において、難民の問題が本格的に取り上げられる様になったのは、『異世界人』の流入と『キヴォトス諸島』の出現が起きた西暦2025年の頃である。


 『剣と魔法』の世界に生きてきた者達は、自分達の文明と文化を成してきた要素をも膨大に持ち込み、それが霊災を含む地球上の宗教や文化に対する災禍を引き起こした。それは『東アジア戦争』と『核分裂戦争』によって激化し、一時期『ファンタジー・アレルギー』と呼ばれる文化問題に結びついた。


 これらの問題は、少なくとも我が国では社会再建プログラムを実行するAI『太政官』と有識者達の協力によって解決を見たが、結局のところ一連の問題は2035年に我が国を襲った未曽有の異常事態の前触れに過ぎなかった。


(ある学者の論文より)


・・・


西暦2035(令和17)年8月15日 日本国長崎県五島列島沖合


 日本列島の北西、これまでは東シナ海と呼ばれていた海域を、1隻の艦が進む。その戦闘指揮所CICでは、乗組員が目前のモニターを凝視しながら、艦長に報告を上げていた。


「艦長、レーダーに反応あり。前方より1隻の船が接近中です。こちらに対して敵対の意思は確認されません」


「了解。臨検準備、真横に着いたら内火艇を発進。出迎えてちょうだい」


 艦長の藤田咲江ふじた さきえ一等海佐は指示を出しつつ、小さくため息をつく。そして文句を一言。


「全く…突然空が眩しくなったかと思えば、状況を理解する間も無く、面倒そうな任務が下されるなんて…不幸だわ」


「そう文句を垂れている余裕はありませんよ、艦長。市ヶ谷によれば『太政官』のシミュレーションや『異世界人』からの情報提供などで、20年以内に時空に大きな影響を及ぼす規模の異常現象が起きると予測されていたそうです。この出来事も、ある意味で約束されていた事でしょう」


「ええ。航空機に比して確実に交流を成す事の出来る艦船、それも我が国の現状を最も分かりやすく証明する事の出来る存在である「やましろ」こそが、ファーストコンタクトの担い手として相応しい…『太政官』もそう結論付けた上で、この海域に派遣したのですよ…この私を含めて」


 外務省外交官の田中浩之たなか ひろゆきは黒縁の眼鏡のずれを直しながらそう語り、藤田は彼の部下である朝田紘一あさだ こういちとともに頭を押さえた。だが彼の発言は全て否定できなかった。


 「やましろ」はそもそも企画の立案時点から数奇な運命を約束付けられていた。日本全土をカバーするイージスアショアの整備が、杜撰な下準備の果てに計画の中止という妥当な末路を辿った後、調達が決まっていたレーダーを流用する形で水上運用型プラットフォームの整備に変更。管轄下に置く海上自衛隊の運用ドクトリンも考慮した結果、世界最大のイージス艦として建造される事となったのが、さつま型護衛艦であった。


 その二番艦にして、旧帝国海軍の戦艦より名前を引き継いだ「やましろ」は、沖縄が戦禍に呑まれ、本州でも親中派や工作員が露骨に妨害を仕掛けてくる中で起工。戦後の2029(令和11)年に就役したのだが、その期間中造船所と、そこで働く従業員を守ったのは、100年以上前に横須賀海軍工廠で戦艦「山城」の建造に携わった者達の魂と、旧海軍の「山城」を知る軍人達による霊災であった。


『艦長、相手船より発光信号。『我、エルディア王国所属の客船「エルダー」号。王国使節団を乗せている。代表を迎え入れられたし』との事です』


「了解したわ」


 やがて、真横に位置した客船に自艦の内火艇が接舷。数人の男女を乗せて戻って来る。その身なりからして、高貴な身分にある者の様だった。


 彼らは乗組員の案内の下に、艦橋へと案内される。そこでは田中と朝田、そして藤田の三人が到着を待っていた。


「ようこそ、「やましろ」へ。私は外務省より派遣されました、田中と申します」


「初めまして。わたくしはエルディア王国第四王女のメリナ・ラダグ・エルディア。此度の接触に際し、国王陛下より全権を委任されております」


 二人は自己紹介をしてから、握手を交わす。次いでメリナが口を開く。


「貴国の事は、オルコット氏より伺っております。貴国の首脳はこの事に関してご存じでしょうか?」


「ええ、殿下のご想像通りです。先ずは我が国に向かうとしましょう」


 田中はそう言いつつ、藤田に視線を送る。藤田は頷いて返し、乗組員に対して命令を発した。


「これより本艦は、使節団を乗せた客船「エルダー」号を護衛し、東京へと向かう。面舵一杯!」


・・・


西暦2035年8月16日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸


 翌日、メリナらエルディア王国使節団は東京に入り、首相官邸にて矢口首相と会談を行っていた。


「つまり貴国は、我が国に対して本格的に救援を求めるという事でよろしいですかな?」


「はい…我が国は現在、『ロドリア共和国』の侵攻に苛まれております。貴国もご存じの様に、貴方がたへ亡命してきた難民の多くは、我が国を含むフロミア大陸に住んでいた人々です。事の発端は30年前、フロミア大陸を中心とした第三文明圏と、中央文明圏の間の海域に、ロドリア共和国が転移してきた事から始まります」


 『アクシジア教』という一神教を信仰するロード民族を主体とするロドリア共和国は、この世界の多種多様な種族と信仰を認めず、転移から僅か10年で周辺の島々や陸地を占領。普通の人類には改宗と平民プレブスとの婚姻による同化を迫り、それ以外の種族は問答無用で絶滅を強要させているという。そしてその刃はフロミア大陸にまで届き始めたのだ。


「ロドリアが、我が国を含むフロミア大陸の国々に対して戦争を仕掛けた影響は余りにも大きく、今から10年前の頃には『転移魔法』による対外亡命が始まりました。その中には貴族の名家も多数含まれています。無論、我が国も座視していたわけではありませんが、技術水準の格差は如何し難く、何名かを第三者の手を借りて貴国に送りました」


 王女の話に、矢口は成程と頷く。この世界と地球の年月の流れが同じとするなら、10年前は合致がつく。だが不幸な事に、その頃地球では戦争が始まっていたのだ。しかもその際、エルディアは日本の技術を非合法に獲得する動きを見せていたという。


「しかし、貴国には一定の科学技術水準がすでに存在しています。特に艦船は、10年かそこらの期間では得られないものの様ですが?」


「はい…ここから遥か東に、ロドリアに近い技術水準を持った国があります。彼の国、ブリティシアは我が国と50年前に国交を結んでおり、技術交流も行われてきました。お陰で我が国だけは完全に併合されずに済んだのですが、それも時間の問題です」


 テーブルに敷かれた地図のうち、『第二文明圏』と銘打たれたエリアの一点を指さす。そこには『ブリティシア』の単語。どうやら立地としては日本から東側、旧太平洋の向こうにある様だ。


「丁度11年前、我が国とブリティシアの連合軍はロドリアと戦争になりました。1年続いた戦争の結果、国土防衛は達成されましたが、その際戦争難民が多数発生し、国内の暴力団体が奴隷売買を目論んで『転移魔法』を用いました。その多くは貴国に対して売ろうとし、壊滅させられたそうですが…」


 異世界からの難民が日本で悪化し、他の地球諸国にも広く波及したのはこれが原因だった。彼らは無節操に奴隷や珍しい産物を売ってぼろ儲けを画策し、結果として日本政府の怒りを買ったのだ。エルディア出身のマフィアの類は悉く公安委員会によって叩き潰され、商品として扱われるはずだった者達は市民権を得てどうにかまともな暮らしを送れる様になっていた。


「…これ以降、ブリティシアは自身の近隣国との関係悪化で援軍を出せなくなり、代わりに技術供与を進めました。ですがロドリアとの技術格差は埋まらず、貴国からも何かしら得ようとしました。そして今日に至ります。お願い致します、我が国は貴国の助けを求めているのです」


「…成程。話は大体分かりました。貴国の求める結果となるのはお約束致しましょう」


 矢口はそう返し、メリナ達は田中の案内を受けて退室していく。そして矢口はタブレット端末を起動し、通話を繋げる。


「…聞いていましたか?どうやら『彼女』は結構根回しをしてくれていた様です」


『しっかり、会談の内容は把握しました。しかし、此度の異変…危機に瀕する国を助け、強大な悪に立ち向かう…まるでゲームの中の勇者みたいではありませんか』


「ええ…あるいは10年前、異世界より多数の難民が流入してきた時から定められていた、のかもしれませんね…」


 『太政官』の呟きに、矢口は同感と言うかの様に答えた。


 この翌日、日本国政府は公式会見を実施。難民達の故郷である異世界へと国土が転送された異常現象を『転移』と呼称し、対応に当たる事と、現地の国家エルディア王国と接触し、国交を樹立した事を発表した。


 これに対して、公共放送以外の民放放送局の多くが陰謀論を交えて政府を非難したものの、広告を打っていた企業のスポンサー辞退と視聴率の大幅な低下という形で大衆の失望と信用の低下が実体化し、各民放放送局の上層部は強制的に世代交代を進められる事となったという。

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