プロローグ‐④

 翌日は、羽月さんは学校を休んだ。


 その次の日は、昨日の晴天から打って変わって、6月らしい大雨が降っていた。 朝練は休みの日とはいえ、いつもの習慣で学校に早めに到着してしまった。 

 一応、カッパは着用していたけれど、少し濡れたのはしょうがないよね。


 下駄箱に靴を入れて、一人、教室に向かい、あたしは荷物を置いた。 

 誰もいない教室、椅子に座っているのもシャクなので、予習復習をしようと思ったが、ガラじゃないので、寝ることにした。


 「おい、起きろ。ここは自室じゃねぇぞ」


 「へっ?はへ?」


 「おいおい、随分なご様子じゃないですか、暁ぃぃ」


 「せ、先生?何で、ここに?」


 「いやいや、私のクラスだし」


 「いや、授業は」


 そこには既にその他のクラスメイトが訪れていた。


 「羽月さん!」


 「今日は来るってさ」


 「そうなんだ。じゃあ」


 「おっと、待ちな」


 「ん?」


 先生は神妙な面持ちで、あたしを見つめた。


 「ありがとな、暁」


 「そんな、あたしは」


 「やりたいことやってるだけか?それ位が丁度いいのかもな」


 「先生?」


 先生は頭を搔きながら、あたしから一度も目線をそらさず、いつもの表情とは違う顔で話を続けた。


 「あんまり、抱え込むなよ。お前もあいつも中学生なんだからさ。気楽に気楽に」


 「それって・・・」


 「はい、終わり!ホームルームまでには戻れよ」


 「は、はい」


 あたしは教室を離れ、下駄箱へと駆け足で向かった。


 あたしは登校する同級生に挨拶をしながら、羽月さんを待っていた。


 その中には、昨日のあの2人もいた気がしたが、軽くしかとされた。

 八つ当たりはするもんじゃないな。


 「待ってくれてたの?」

 その声は紛れもなく、彼女の声だった。 

 「今日は来るらしいって、聴いてたからさ」


 「なんで?」


 「なんで?って、何で?」


 「何で、待ってたの?何が目的なの?」


 「目的って言うなよな。そんなもん、決まってんじゃん」


 あたしは彼女に勢いよく、近づいて来た。


 「羽月、私と友達になってよ」


 こんなストレートな言葉じゃなければ、彼女とは対等になれない。 

 彼女を動かすには、言わなきゃ、分からない。 

 少なくとも、あたしはそう思っていた。


 「あんたと友達なんて、死んでもごめん」


 「えっ・・・・」 

 まさかの一言に少し驚いた。けれども、ここで折れたくはなかった。 羽月と友達になるには、踏み込みが甘い。


 「何で、私なんかと友達になりたいの?石倉先生の差し金?それとも」


 「友達って、そんな面倒な物なの?」


 「いや、知らんけど。私は一人がいいの。だから、ほっといてよ」


 あたしは下駄箱に靴を入れ、下履きに履き替えた瞬間の羽月の腕を握っていた。


 「な、なにやってんのよ、馬鹿」 

 彼女の抱えていたカバンが、あたしのみぞおちに当たった。

 あたしは満面の笑みを浮かべていた。


 「何で、笑顔なのよ?酷いことしたのに」


 「酷いことしたのあたしでしょ?先生から聞いてたのにさ」


 「あの担任、なんてことを」


 「いいんだよ、我慢しなくても。いいんだよ、わたしは羽月を受け止めたい。羽月の力になりたい。だから、私と」


 「私は、わたしは・・・・」


 考え込む彼女を後目にあたしは一歩も引きたくなかった。

 こんな荒療治で良くなるとか、漫画位なものだろう。

 変わるべきなのは、羽月じゃない。あたしなんだ。

 あたしは彼女から一度も視線を外さず、彼女を見つめていた。


 「私はあなたの友達にはなれない。だって、わたしはあんたが」


 「嫌いなんでしょ?そりゃ分かるよ。皆に好かれる為に生きてないし」


 「じゃあ、何で?」


 「羽月が好きだから。それだけじゃ、だめ?」


 この好きがLIKEなのか?LOVEなのか?あたしには分からない。 

 もしかすると今のあたしは危ういのかもしれない。

 けれど、バカなあたしはこうでなきゃ、友達にはなれない。


 「いちゃいちゃしてるとこ、悪いんだけど、そろそろ、予鈴鳴るよ。おはよう、ひよっち、暁ちゃん」 

 心配してか、知らずか、加納さんは降ってわいて出て来た。


 「いちゃいちゃしてない!いちゃいちゃって、何?おはよう」


 「なんだよ、突っ込めるじゃん。やっぱ、羽月は面白いな。ひよっちって、呼んじゃだめ?」


 「それ呼んでいいのは、加納さんだけ。次呼んだら、縁を切る」


 「縁を切ると言うことは、友達になっていいんだね」


 「そういう意味じゃないし、何でいきなり、呼び捨て?馴れ馴れしい。順序があるでしょ、順序が?」


 「順序って、何?呼び方なんて、自由じゃん」


 「うっざ、これだから、天然陽キャは手に負えない」


 「天然陽キャって、どういうこと?」


 「あんたは幼稚園児か。いちいち、突っ込んでくんな!」


 「もういいから、ホームルーム始まるよ」


 未来も過去も関係ない。あたしたちは何だって出来る。 

 けれど、あたしの自己満足を、あたしを変えてくれたのは、本当にあたしを助けてくれたのは、他の誰でもない妃夜だったと思う。 

 少なくとも、あたしたちのくだらなくも、何処にでもあるような青春の物語は始まったばかりだ。


 「言い忘れてたことがあるの」


 「ん?」


 「あ、ありがとう。3回も助けてくれて、それだけ」


 「い、いやぁ、照れますなぁ、えっへへへへ」


 「キモ」


 「だって、さっきから罵倒ばっかだったから、素直に照れるじゃん」


 「言わなきゃ良かった」


 「もっと、頼ってもいいんだよ」


 「あーあ、この女の足元に弾丸みたいな隕石落ちて来ないかな?」


 「酷すぎない?流石に泣いちゃうんだけど」


 「お前等、いちゃいちゃしてないで、ホームルーム始めんぞ」


 「いちゃいちゃしてません!」

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