プロローグ‐③

 保健室から、二階の校舎までは少し距離がある。

 階段を下りればだが、加納さんは息も絶え絶えの様子だった。


 「へいき?加納さん?」


 「ちょ、ちょっとむりかも・・・。見栄張っちゃった」


 「あたしだって、そうだよ。けど、今は・・・・」


 階段前に立っていたのは、他でもない中村と梶野だった。


 「どけよ、羽月さん運べないだろうが」 

 私は何としてでも、こいつらにどいて貰わなければならなかった。


「ふざけんな、なんでこうなってんだよ?っていうか、何で、このアマ、来てんだよ?」 


「中さん、今それ所じゃないっすわ」 


 「うっせぇ、決めた。ここであったが、100年目。ここで決着つけてやんよ、喰らえ、暁ぃぃぃぃ」


 「だまれよ、ブス。今、それ所じゃねぇって、言ってんだろうが」

 それを言ったのは、朝からへとへとの加納さんだった。


 その形相は形容し辛く、戦慄を覚える程、目が光り、憤怒と憎しみに満ち溢れていた。


 「中さん、手伝いましょ、中さん、中さん?」


 中村は泡を吹き、目の焦点が合っていない程、色んなものを消失していた。


 そうだった。中村華という女は自分が攻められるとメンタルがガチ崩れするヘタレ女だったということを。


 「ご、ごめんなしゃい。てちゅだうんで、ゆるちてくだちゃい」


 「いや、梶野の方がいいし」


 「な、なんでよぉ~」


 「アタイ、人運ぶの無理っスわ」


 「お前等、朝から何やってんだ?」


 石倉先生達が駆け付け、羽月さんは体育の橘先生らに任せ、私たちは教室に戻った。


 その後、中村と梶野は石倉先生に連行され、反省文と説教の刑に処されたが、中村はその日一日、使い物にならなかった為、梶野だけが反省文三枚書かされたらしい・・・。


6


 あたしたちは、教室に戻り、学年主任が代わりにホームルームを始まり、羽月さんの昨日の一件のことについては、深堀されることも無いまま、次の準備へと至った。


 その日のあたしと言えば、何も出来なかった罪悪感と後悔が重く圧し掛かってくるような重圧で胃が破裂しそうだった。


 怒ったこともそうだが、もっとやりようがあったんじゃないか?

 後悔は時が経つほど、重くなっていく気がした。


 その為、大好きな体育の時間も、バレーボールを顔面にぶつけるという大失態を犯す等、散々な物だった。

 2時限目が終わった後、あたしは一人、保健室に向かった。


 入ってみると西川先生は留守で、一人黙々と勉強している間宮さんの姿があった。

 

 「あら、おはよう、暁さん。」


 「おはよー、間宮さん。今日は学校来てたんだ」


 「そりゃ、もうすぐ、期末ですからね」


 「聞かなきゃ良かった」


 「まぁ、頑張って下さいな。赤点にならないように」


 「頑張ります、先生は?」

 何だか、寿命が縮んだような気持ちだ。


 「今は職員室じゃない?それより、怪我平気なの?」


 「見た目程じゃあないけどね。ちょっと、意識失ってたけど」


 「それ、病院行った方が・・・」


 「平気平気、いつものことだから」


 「えぇ・・・・」


 よくあることなのは、本当だ。

 幼い頃は沢山、危険なことをやって、大怪我しかけたなぁなんて、余計なこと言って、間宮さんを驚かせたくなかったので、話をやめた。


 「羽月さん、どう?」


 「ずっと、眠っていらっしゃいますわ?まるで、白雪姫のよう・・・」


 「白雪姫?面白いこと言うね」


 「そうかな?」


 「まぁ、先生もいないみたいだし、帰るわ。じゃあね!」


 あたしは教室を後にした。


 「・・・もしかしたら、あなたなら」


 それから、次の時間、着替え損ねたあたしは三時限目の数学を体操着で行った。 次の時間、そのまま着替えようとして、茜に止められてしまった。

 仕方なく、別室に着替えに行うことにした。 


 四時限目の理科で目が限界だった気もしたが、とりあえず、乗り越えることが出来た。

 ようやく、昼休みが訪れた。


 「飯に行くぞ、飯」

 朝は何処からともなく、現れた。さながら、忍者のように。


 「ダメ。羽月さんの荷物運ばなきゃ。終わったら、絶対お前等来いって、石倉先生が」


 「チッ・・・、アタシ関係ないじゃん。ジュース貰ってないし」


 「いや、ジュースは別にどうでもよくない、というか細かい」


 「私も付いていくからさ。いいよね?暁ちゃん、朝さん」

  加納さんは羽月さんのカバンの荷物をまとめていた。


 「加納さんも来るなら、朝は帰っていいよ、先に皆とご飯食べてなよ」 

 何か、面倒臭いので、ぞんざいに扱ってしまった。


 「ジュースを貰いに行くから、付いて行く」 

 本当は素直にしてればいいのに。


 「ジュースに対しての執着ヤバない?」 

 加納さんはそう言っても、羽月さんのカバンの準備を終わらせていた。


 「素直についていくって、言えばいいのに。可愛いなぁ」


 「アタシは可愛くない、それマジでやめろ」


 「仲いいね、2人とも」 

 加納さんの混じり気の無い言葉が何だか、嬉しかった。


 「そうかなぁ?」


 「早く行くぞ」

 誰よりも速く朝は教室を後にした。


 「荷物、一つ位持てよ」


 「マイペースな人」


 途中、黙々と反省文を書く梶田と焦点のあってない中村を確認したけれど、それを無視して、あたしたちは保健室に辿り着いた。


 その扉を開けようとした瞬間のことだった。


 「待って」 

 しっと手を口元に置く加納さん。


 聞こえて来たのは、羽月さんの声だった。

 あたしたちはその声に耳を澄ました。


 「あのな、羽月。君はよくやってる。けどな、君は中学生だ。出席日数も足りてて、勉強も出来ているし、真面目に取り組んでいるのは皆分かってる」


 「でも・・・」


 「体調が悪い時に、勉強したって、何の得にもならんし、意味も無い。それで本当に体壊したら、それこそ、周回遅れになる。焦るな、恐れるな、親御さんにも、皆にも甘えていいんだ。その時間は余りにも、短いんだからさ」


 「ごめんなさい・・・」


 「謝るなとは言わんが、私だって、完璧じゃない。ダメなとこも多いし、誰かに甘えてもいいんじゃない?もっと、人を信じてみるのも、悪くないんじゃないか」


 あたしは一瞬、ためらいながらも、扉を開けた。

 彼女にはちゃんと伝えたい。気持ちを訴えたい。嫌われるかもしれないし、あたしのことが嫌いかもしれないけど、言わなきゃ、彼女は救えない。


 「先生、持ってきました」


 「ありがとよ、今度、ジュースおごるからさ」 

 先生はいつものように、どこかひょうひょうとしながらも、いつもと違う雰囲気を醸していた。

 とりあえず、あたしたちは近くの机に荷物を置こうとした瞬間だった。


 「先生が生徒に奢るって、ありなんすか?」 

 「アタシは水とお茶で」

 「それ、ジュースじゃなくない?」


 「なんで?」


 「決まってんだろ?暁と加納が君を保健室までじゃなくて、途中まで運んでくれたんだよ」 

 先生の言葉に羽月さんの心はかき乱されるように揺れていた。

 そして、あたしに目線を合わせることも無く、言葉をぶつけて来た。


 「なんで、なんで助けたの?私のことなんて、どうでもいいじゃない。分かってる、分かってる。けど、分かんない。良かれと思って、やってるんでしょ?なんで、私にかまうの?なんで、私なの、答えてよ」


 羽月さんがやっと、自分の言葉をぶつけてくれた。嬉しかった。 

 それまでの彼女なら、そんなことは言わず、包み隠した言葉で自分を律していただろう。 

 けれども、今の彼女は弱い自分を見られ、挙句、醜態を晒されたことで、動揺している。彼女には本当のことを言わなくてはいけない。


「そんな理由なんてないよ。苦しんでる人がいたら、誰だっては言い過ぎだし、もしかたら、何も出来ないで立ち止まってたかもしれない。

 けど、あたしは後悔したくないの。それは良かれでも、得点稼ぎかもしれないけど、あたしは後悔したくないだけ。自分にも、誰かにも」


 「一回目助けたのアタシが先でこいつ、それからだったし。褒められるべきはこのゴリラじゃなくて、アタシだろ」


 「確かに矢車さんに言われるまで、全然動いてなかったけど、暁さんは動けたよ。私なんて、羽月さんの役に立ちたかったのに、何も出来なくて、見栄張って、疲れちゃった。無理しすぎたなぁ、えへへへ」


 言いたい放題、言い過ぎだったかもしれないが、誰一人とっても、嘘は無い。ここで嘘を憑いたら、きっと、自分を許せなくなる。 

 あたしたちの勝手な言葉に羽月さんは大粒の涙を浮かべ、泣き始めた。


 「うざい、うざい、うざい、うざい。何なの?何なのよ、何で、何で、何で・・・・。うぐっ、うっうぅぅぅぅ、あーあぁぁぁぁぁ~」


 不謹慎かもしれないけど、この顔が観たかった気がした。 

 その涙はきっと、あたしたちの為じゃなく、これまで隠して来た自分への涙。許しの涙だったのかもしれない。

 あたしはそれが何だか、嬉しかった。同時に彼女の為に出来ることは無いのだろうか?同情でも、哀れみでもなく、純粋に友達として。


 羽月さんのお母さんが現れ、あたしたちは解散となった。


 羽月さんと別れ、あたしたちはいつものように、部室へと向かった。


 「お茶と水」


 「今度、貰えるよ。というか、本気にしすぎじゃない」


 「あれは本心?」

 朝の瞳はいつになく赤みを帯びていた。


 「知ってるでしょ?あたしはいつだって、本気だよ」


 「あっ、そう」


 朝はポケットにいれていたバナナの皮を剥いて、口にほおばっていた。

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