『ハンナ』の真実 ハンナside5
何度も何度も、憲志の家に足を運んだ。
毎回交わすはじめましての挨拶には、どうしても苦しくなった。会えば会うほど、その苦しさは増した。
帆波の中で憲志との思い出が増えるほど、憲志に帆波との記憶がないことを嘆いた。
それでも憲志に会いたくて。
「飛坂さん、いらっしゃいますか」
いつものように声をかけた。
「飛坂さんー?」
返事が無かった。出かけているのかと考え何時間も扉の前で待ってみた。それでも一向に帰ってくる気配が無い。
「飛坂さん、入りますよ?」
ドアノブに手をかける。
かちゃり、という金属音と共に、扉が開いた。
―――嫌な予感。
「飛坂さん、ご在宅ならお返事を――――――」
仰向けに横たわっている、彼は。
「どうしたんですか!しっかりしてください!!」
乱雑に靴を脱ぎ捨て、目を瞑ったままの憲志に飛びついた。
「起きてください!」
眠っているのではないことは、わかっていた。
震える指で、携帯電話を取り出し、一一九をコールした。
「どうしよう……」
憲志の身の回りのことは、帆波にはわからない。このまま救急車にこられても、明日には全ての人の記憶と記録から抹消される帆波ではできることが限られすぎていた。
「飛坂さん、ケータイお借りします」
着信頻度が一番多い人。
「もしもし、橘さんですか」
『はい。あの、あなた憲志じゃないですよね』
「飛坂さんが自宅で倒れてるんです。今すぐ来てください!」
『え、あの。本当ですか』
「本当です。早く、早く来て。お願いします」
それだけ言って、電話を切った。
他に何をしたらいいのか思いつかずに、憲志の手を握った。額に嫌な汗をかいた。
しばらくして、後方でバタンと扉の開閉音がした。
「憲志!」
振り返ると、スーツ姿の男性が肩で息をして立っていた。
「橘さんですか」
「あなたは?」
「瀬戸です」
倒れている憲志を見て、春樹はそれ以上尋ねなかった。
遠くから、救急車の音が聞こえてきた。
憲志は、余命三ヶ月を宣告された。
もっと早くに、憲志の具合が悪いことに気づきたかった。
毎日強制的にリセットされる帆波の人生の中で、ここまで後悔したのは初めてだった。
それからは、ほとんど毎日お見舞いに行った。
どんどんやつれていく憲志の姿に胸が苦しくなる。それでも、少しでも元気をわけてあげたかった。かつて帆波の心の支えになってくれていたように、憲志の支えになれればと思った。
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