『ハンナ』2


 自己紹介の段階から、男女共にやけにテンションが高かった。

「シュン、二十二歳。よろしく!」

「イエェェイ!!!」

 拍手と歓声が起こる。

「次、ケン」

 脇腹を突かれて、しぶしぶ立ち上がる。

「ケンです。……よろしくお願いします」

「よろしく!」

 俺がたじろぐのも気にせず、勝手に盛り上がっている。

 俺たちの大学のバスケ同好会と、浦女のバドミントン部がセッティングした今回の合コンは、男女各五名でのカラオケだった。

「じゃあ、女子も自己紹介いっきまーす」

 マイクを使っているので、変な方向から声が飛んでくる。

「ミライ、二十一歳!今日はよろしくです」

 整った顔立ちをしていた。

 端から順にマイクを回し、彼女たちは慣れた様子で元気よくしゃべった。

 だけど、最後の子だけは、少し様子が違った。

 マイクを受け取ると、恐る恐る立ち上がり、小さな声で

「ハンナ」

 名前を言っただけで、座ってしまった。

 盛り上げるタイミングを逃した男衆は、曖昧な作り笑いを浮かべて、歌う曲を決めだした。

 女子たちも、ハンナを放って男子たちと会話をすることに専念する。

 存在感が全くなかった。

 俺には、ハンナがわざと息を潜めているように感じた。

 一旦そう考え始めると、俄然ハンナに興味が湧いた。

 さりげなく、彼女の隣に移動する。

「合コン、初めて?」

 驚いたように顔を上げた。瞳が大きかった。

「こうやって遊ぶのも……初めて」

 消え入りそうな声。

「何で。友達少ないとか?」

 遠慮ない質問を口にしてしまってから、しまった、と思った。でも、ハンナは気を悪くしたようには見えず、代わりに自嘲的に笑った。

「それもあるけど。……虚しくなるのが嫌だから」

「虚しい?」

「そう。朝になって昨日のことを思い出すたびに、虚しくなる。あぁ、また全てが無駄だったな、って」

 不思議な人だ。

 儚げな横顔はこの世界を諦めてしまっているかのようだった。

「皆、いつかは全てを忘れるの。今日という日も、皆忘れてしまう。意味のある行いなんて、何一つありはしない」

 ここではない、遠くを見つめる目。

「じゃあどうして今日、ハンナは参加したの」

「気まぐれ。一度くらい、経験してもいいかなって」

 嘘だ。

 ハンナは、自分で言うほど割り切れてはいない。でなければ、こんなにも悲しい表情をするはずがない。

「信じたいんでしょ」

「え?」

 ハンナが顔をあげた。

「意味のある今日があるって、信じたいんでしょう」

 途端に、ハンナの目が潤んだ。

 やはり。

 棚に置いていたリュックサックを肩にかける。

「すみません。俺ら抜けまーす」

 ハンナの手を握り、席を立った。

「え、ちょっと、ケン!?」

 シュンの焦ったような声を置き去りに、俺はハンナと外へ出た。

「何処へ行く気?」

 引っ張られるように走りながら、ハンナが問いかけてきた。

「何処へでも。ハンナが行ってみたい場所に」

 意味のある今日をつくるために。

「それなら、二十四時間営業のレストランがいい」

 思わず、つんのめるように止まり、後ろに向き直った。

「ここは、遊園地とか水族館とか……そういうんじゃないの?」

 ハンナはふて腐れたように、そっぽを向いた。

「あっという間に時間が経ったら、虚しさ三割り増しだもの」

 そういうものかな、と首を傾げる。

「それに………どうせあなたも、私のことを直ぐに忘れてしまうから」

 走り出したハンナに、今度は俺が引きずられる番だった。

 華奢な身体からは想像できないほどの速さで、ハンナは夜の街を駆け抜けていった。

「ちょっ、速い速い」

 周りの視線が突き刺さるのを感じる。

「ケン、明日には有名人になってるよ」

 面白そうに笑う。ハンナの笑顔は、女優顔負けの美しさだった。

「その時は、ハンナも噂の渦中だぞ」

「いーやっ。噂になるのはケンだけだよ。だってケンは、一人で走ってたんだから」

「はぁ?」

 意味不明だったが、ハンナが楽しそうだったので俺はそれで十分だった。

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