民主主義の王

なつのあゆみ

民主主義の王

 若く力のある私が王になるべきである。私は父を殺した。父王殺しの私は強靱な支配をもってこの島国を軍艦とする、戦争に勝ち続ける国こそ真実である。


 私の父が戦争を続けたことだけは尊敬しよう、しかし父は年をとって脳が弱って、愚かな戦法で敗北した戦争に負けた王は殺すべきだ、たとえ父であろうとも。


 私は切り落とした父の首を民衆に掲げ、永劫の勝利を約束した。私は一晩、処刑台で父のさらし首を見ていた。朝日が父のしなびた惨めな首を照らした時に、私はこうはなるまいと信念を持った。


 父は愚者で魔術という戦法において有利な力を、使わなかった、自分が理解できないものは無力という

浅はかな考えだった。


 私は魔力で王座に座った元宮廷道化師の元へ、行った。

 道化師という卑しい身分だったが強大な魔力で龍を殺し王になったライモ王。美しい姫君を得て王座に座り道化師と嘲笑した者たちを黙らせるほどの統治力があると伝え聞く。ライモ王は一度も戦争をしたことがない、私には理解できない、龍殺しの王が戦争をしかければ向こうが尻尾を巻いて逃げる、易々と支配できるだろうに。王は決して広くはない領土で満足して八十歳になったそうだ。魔術師は人間より遙かに長く生きて、老いることがないという。


 ライモ王は老人には見えない。

 みずみずしい美しい青年の姿だった。しかし話し方所作には年老いた穏やかさがありとても龍を殺したように思えなかった。

 大きな水色の目は晴れた日の湖のようで黒髪はしなやかな光があった。肌がとても白い。


「あなたならこの世界を支配できる。どうか私と手を組みましょう。私の力とあなたの魔力で強国となる締結を求めます」


 私が言うと、ライモ王はそっと微笑んだ。


「私の手とあなたの手を見比べてみなさい。あなたの若い手と違って私の手はずいぶんと活気がないでしょう。皺もほら、たくさんあります。手は年が出るものですね」


 ライモ王はそう言って、白い手と私の手を見比べた。たしかに私の陽に焼けた筋肉質な手と比べて、ライモ王の手首は青白い血管が浮き上がっていて、手に皺があった。


「今晩、私の寝室においでなさい。語り合いましょう」


 会食のあと、ライモ王は私を誘った。もしかして男色なのか。ライモ王の目は潤んでいたのだ。

 私は用意された客室でじっとしていられなかった。

 男といえあの美しい顔と、魔術師独特のものなのか、色気にしばし当てられてしまったようだ。

 零時にライモ王の寝室へ行った。

 ノックのあとに、王は白い寝間着で私を迎えた。白い手が私の手をとって、強く手をつないできた。


「ようこそ。さあ、行きましょう」


 そうして連れていかれたのは、ベッドではなかった。


 部屋の中に岩窟があった、ライモ王は私の手を引いて有無を言わさず洞窟へ入って行く。

 しばらくは暗闇の中を歩き続けた。ライモ王の手のひらの体温だけを感じた。

 頬に風を受けた、洞窟の先は森だった。木々の間から陽光が差す。


「これは魔術の力ですか?」


「そうですよ。決して私の手を離してはなりませんよ」


 ライモ王が大きく見える。私は眼下を見て驚く。私の体は幼児になっていた。ライモ王は子供の私を抱き上げた。あの細い腕とは思えなかった、力強く暖かくライモ王は私を抱きしめた。


「おやおや、たくましい青年のあなたはこんなかわいい子供だったのですね。小さいながら鼻筋が通って、かわいいですね」


 ライモ王の指が私の鼻を優しくなでた。私は泣いた。なんとも情けない、ふえふえと泣く声を止められなかった。


「おお、よしよし。かわいい子、愛しい子」


 ライモ王は私の背中をなでてあやしてくれた。

 父は子供の私をこんな風に抱きしめてくれたことはなかった!

 泣けば怒鳴られることが当たり前だった! 

 こんな優しさを私は知らない!


「よしよし。たくさん泣きなさい。私がずっとこうして抱きしめていますから、安心して」


 ライモ王が私の頬に頬ずりをする、私の涙にいつしかライモ王の涙も交じりとめどなく熱い涙が流れ続けた。


 泣き疲れて眠ってしまった。目が覚めてもライモ王は私を抱いてくれていた。木にもたれかかって、ライモ王は座っておりその膝は暖かい。ずっとこうしていたい。


「これが安心ですよ。親というのは何があっても子のそばにいるものです。私の子供たちが幼かった日を

思い出します、夜泣きした子を抱いたまま椅子で眠った日々は思い返し愛しいことです」


「知りません。私はどうやって子供時代をすごしたのか、記憶がない」


 発した私の声はとても幼くつたなかった。


「では、私が教えます。さて、歩きますよ」


 ライモ王が私を抱き上げて、

大地におろした。湿った土の感触かがする。ライモ王は私の手をつないで森を歩く。森はどこまでも明るく空気が澄んでいた。


 森は恐ろしいものだと思っていた。どんな動物がいるかわからない、どこが道でどう歩けばいいわからない。どこに兵士が隠れていて、どこに罠が張られているかわからない。私は血なまぐさい戦争の森しか知らない。


「人は愛情を貰わないときちんと人間になれません。かといって親に愛されなかった人々が悪いのではない。そして愛されなかったとしても、決して人生を諦めてはいけません。私は親に捨てられた孤児でした。私を拾ってくれたサーカス団の団長と我が王と妻が私に愛を教えてくれました」


 やさしい顔でライモ王は語る。

 愛など考えたことがない。

 母は私を産んで死んだ。どんな女だったかも知らないし、興味がなかったが。さて私の母は私を身ごもったとき、ライモ王がしてくれたように私を抱いてみたいと思ってくれた

だろうか。

 わびしくなる。


 森がざわついた。私はおびえた。

 森にはいつも敵がいて私を殺そうとしたからだ、戦争のどくさに紛れて私を殺そうと忍び寄ってきた、母親違いの弟を殺したのも森だ。

 

 幹から出てきたのは、子鹿だった。耳をぴくぴくと動かして、こちらを見ている。ずっしりとした足音がした。子鹿の二倍はあるだろう、立派な角をした鹿が出てきた。子鹿の額に口をつけて、そしてともに歩き出す。


「怖くないよ」

 

 ライモ王が私の手を引いた。

 私たちは鹿の行くほうを歩いた。

 ひらけた場所に出た、泉があった。鹿の親子は水を飲んでいる。

 がさがさと音がして、振り返ると白いものが飛び出てきた。私はライモ王にしがみついた。


「大丈夫、うさぎだよ。ほら、真っ白でかわいいね」


ライモ王にうながされ、私はしゃがんでうさぎを見た。真っ白な毛に覆われた小さな体に黒い目、長い耳を立ててひくひくと鼻を動かしている。 


「さわってごらん」


 わたしはそっとうさぎをなでた。

 やわらかい、あたたかい。

 うさぎはおとなしくなでられている。あいらしい。こんなにも小さな生き物をめでるのは初めてだ。


 子馬から育てた白い愛馬がいた。 ただ体を乗せてくれるから好きなのではなかった、つやつやとした毛並みと優しい瞳、不機嫌な時にぶるぶると鼻を震わせるが、機嫌が良い時はいつまでも顔を私の体にこすりつけてくるのがかわいかった。

ある出陣の日、老いた馬は父によって殺された。十五の春のことだった。父は古い馬より若い馬でなくては戦に勝てぬと、新しい馬を私に与えた。

 動物は道具でしかないと父から教わった。


「ただ生きているだけで可愛らしいでしょ。ほら、ごらんなさい。小鳥たちがやってきた」


 鳥が歌う。

 青に緑、茶に白。様々な鳥たちが心地よい音楽を聴かせてくれた。森で鳥はいつも逃げていった、鳥が歌うのを私は初めて知った。


「ほら、こうしてうざきを抱いてみなさい」


 ライモ王が私の胸にうさぎをおしつけた。私はおそるおそる、そっとうさぎを抱く。うさぎの鼓動が腕の中に響く。


「めぐりめぐり時、

 いちのをつなぎ、

 ともに生きよう

 めぐりめぐる時に、

 あなたとこここにいる、

 とても小さなあなたの

 ささやきに耳をかたむけ、

 愛する人と

 めぐりめぐる時、

 自分を愛する時」


 ライモ王が小鳥の伴奏で、高く透き通った声で歌い、私は聞きほれた。初めて聴く歌唱だ、私は志気を高める軍歌の荒々しさしか知らない。


「歌は好きですか?」


「わかりません、でもライモ王、あなたの歌声は素敵だ」


「歌ったことは?」

 

 私は首を横にふる。歌うなど考えたことがなかった。


「じゃあ、いっしょに歌いましょう。私に合わせて、口を開いて声を出して」


 ライモ王は私の肩に手を置いて、目を合わせてゆっくりと歌いだす。口の動きに合わせて声を出してみた、自分の声じゃないみたいだ、調子外れだけど、悪くないと思った。


「めぐりめぐる時、

 あなたを愛して

 自分を愛して、

 めぐりめぐる時、

 愛する時に愛そう

 愛せない自分を許そう」



「上手ですよ」


 ライモ王が笑う。私はうさぎを離して、ライモ王の胸に飛び込んだ。


「ずっと、寂しかった!」


 ライモ王は私を抱きしめてくれる。とても強く。


「父は、戦争のことばかり! 父は私に人を殺すことしか教えてくれなかった。あなたのように、いろんなことを、父は教えてくれなかった」


 産まれた時も子供の時も、成人しても。私は戦争の中で生きた。戦争をすることが当たり前だった。


 人が死ぬことなど、人を殺すことなど、どうでもいいと思っていた。

 今はそれが怖い。


 ライモ王の愛に触れ、命を奪った罪悪感と後悔が激痛となった。私は血がつながった弟と父を殺した。母は私を産んだせいで死んだのだ。なんと私は血なまぐさい存在なのだ。


「あなたは悪くはない、あなたは悪くないんです。戦争は人を狂わせます。あなたのお父様のお父様もまた、戦争に狂わされていた」


 ライモ王が私の耳元で語る。


「でも、あなたはそうはならないで。あなたは本当は素晴らしい存在だ」


「違う! 私は人を何人も、いや何万人も殺した!」


「それは戦争のせいです」


「でも私には考える力があったのに!」


「そう、あなたには考える力がある。だから、私のところに来たのでしょう? だから私はあなたに教えます、あなたの本来の姿を。賢明にして強靱な肉体を持ち、実行力がある若き王。それがあなたなんですよ」


「私を、どうして、こんな私を愛してくださるのですか?」


「私はあなたのすべてを見抜いたから。あなたは愛されたいと願っていた。愛を求めている者を愛するのが私の使命。さあ、まだ子供のまま、このままでいなさい」


 ライモ王の愛に私はしがみついた。自分を許し愛されることを授与した。


「さて、そろそろ帰る時間です。元の場所に戻るのには、この森のどこかにある鍵を探さなくてはいけないんだ。一緒に探してくれるね?」


「うん!」


 私とライモ王は森を走り回った。

 これはタンポポ、レンゲ、コスモス、花の名前を教えてくれた。

 走りまわるリスを追いかけて木に上ったり、小枝を振り回したり私はぞんぶんに森で遊んだ。


 土と草の匂い、風の向きが見えた時、青空のすこやかさ。

 

 私は生かされた。


「あの紫色の花がライラック。我が国の国花です。あの花の房をとってください」


 木に咲いた房状の紫色の花を、ライモ王が指して言った。


「でも僕じゃ手が届かない」


「じゃあ、こうしましょう。肩車だ!」


 ライモ王が私を肩に乗せて立ち上がる。一気に上がる視線、たわわに咲いた花をとる。


 小さな花が集まって咲いた房の中に、金色が光っている。


「鍵があった!」


「でかしたぞ、デーモクラティー!」


 力強くライモ王が私の名を呼んだ。そうだ、私の名はデーモクラティーだ。


 ライモ王の寝室に戻った。

 私は大人の体に戻って、ライモ王を抱擁した。


「私に愛を教えてくださりありがとうございます。戦争をやめて、国民を愛するにはどうすれればいいのですか?」


「気が済むまで私のそばにいなさい。教えてあげよう、戦争をやめて民主主義の国にするのです。愛する国民が主権の国です」


 私は三ヶ月ほど、ライモ王から民主主義の精神を学んだ。


 私は国に帰って、終戦を永劫とした。武力を放棄した。

 戦争軍需で肥え太った者たちを大臣から解雇した。


 私はすべての植民地を解放し、頭を下げて回った。すべての国を独立させた。どれだけ拒否されても私は平和な国交を請い地に額をこすりつけて贖罪した。


 二度と戦争はしない。

 国民の中から治世を行う者を選出しその者が国民の崇高なる目的を達すると、誓願する。


 国民のすべてに平和に生きる権利、貧困と恐怖に苦しむことなく、幸福に生きる権利がある。


 戦争をやめて、国は豊かになった。国民は自由を謳歌して生きていると、王として胸を張って言える。

 私が愛し愛したライモ王は、長い余生は旅に出て各地で逸話を残した。その最後は穏やかであったと伝え聞く。悲しみよりあの人が多くの人に愛を与えた慈悲に胸が熱くなった。

 いつかライモ王の前で胸を張って言いたいことがあった。

 


 私は民主主義の王である。


       終

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