第6話

「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」

「一ノ瀬さん、そういう時は雉を狩ってくるって言うものですよ」

「?お花を詰みに行くじゃなくて?」

「それは女性の場合です。男性の場合はまた違うんです」

「そうなのか、じゃ、雉狩ってくる」

「はい」


西園寺に自分の過去を話して、肩の荷が大分軽くなった気がした。

苦しいことほど誰かに話すといいというのは、なるほどこういうことだったのか。


俺は用を足して、手を洗う為に水道に向かう。


「...ははっ、おれこういう顔もできんのか」


正面の鏡に映った自分を見てみると、そこには微かに口角が上がっている俺がいた。

自分のことだからよく分かる。これは、作り物のものなんかじゃない。

俺が本心から思って現れた表情だ。

イケメン...とまではいかないまでも、少なくとも今までの顔よりかは爽やかさがでている。

それもこれも、西園寺のおかげだ。

あいつは俺の過去を話しても、特に動じなかった。それどころか、俺の復讐を手伝うなどと言っていた。

思い出すだけで少し笑える。

復讐の手伝いって、どこの悪役だよ。

まあでも、そのお陰で、俺はあれ以来初めて友達として他人を認識することができた。

トイレから戻ったら、そのことを伝えよう。

連絡先とかも交換するか。約束だったし。

そして俺がトイレから出ると、なにやら俺らの席の方で若い男グループが集まっていた。


「なあ、君どこの学校なの?」

「言いません」

「この後時間ある?」

「ありません」

「俺ら金あるからさ、なんでも奢るよ?」

「いりません」


...ああ。あいつナンパされてんのか。

まああいつ、学校で天女って呼ばれてるほどだし、ナンパの1つや2つされるもんなんだろう。

実際なんかあしらい方手馴れてる感じだし。

かっこいい正義感強い主人公なら、ここでやめろ!とか言って突っ込むとこなんだろうが、生憎俺は正義感に熱くない。

突っ込んで俺が被害被ったらただの殴られ損だ。

あいつも慣れてる様だし、ここは任せよう。




って、さっきまでの俺なら、考えてたかもな。




「あの」

「あ?何だてめえ」

「一ノ瀬さん...」

「すみません、僕その子のツレです。困ってますので、ここはどうかお引き取りくださいませんか?」


俺は渾身の作り笑顔で西園寺の元へ歩き、穏便にすませようとする。


「お引き取りだあ?ああいいぜ。お引き取りしてやるよ。この娘を俺たちでなあ!」


タバコくさっ。


「あっはっはっは。上手いねえようちゃん!」


いやただのバカだろ。病院行けよ。


「ほら、こういってる事だし、俺らと一緒に遊ぼうぜ」


西園寺の腕を無理やり掴んで引っ張ろうとする男。


「っ、困ってるっつってんだろうが」

「!?」


俺は男の腕を引っ張る。


「ったく、人が穏便に済ませようとしてんのに、お前らバカだろ」

「なっ、なんだとてめえっ....?」


必死に振りほどこうとするが、俺の手はビクともしない。


「なっ、どんな力してんだよっ!」

「いいか、もう1回言うぞ」


今度は俺が顔を近づける。

タバコくさっ。


「困ってるから、お引き取りください」


ドスの効いた声で俺は男に告げる。


「っ...わ、分かったよ」


俺が男の手を話すと、男達はその場からそそくさといなくなった。


「はあ、あんな奴らほんとにいるんだな」


正直、漫画やラノベの世界にしかいないもんかと思ってた。


「あの、一ノ瀬さん、ありがとうございます」

「ああ、いいよ別に」

「一ノ瀬さん、力強いんですね。あの人驚いてましたが」

「ああ。俺が復讐するって決めて、筋トレやら護身術やら、独学してたんだよ。今は道場とかジムとか行かなくても、ネットでやり方とか知れるしな」

「なるほど。でも、ちょっと意外でした。一ノ瀬さんの性格上、こういったことには巻き込まれたくないと思われていると考えていたので」

「ああ、そりゃ、友達がああやって絡まれてたら、さすがに助けるだろ」

「そうですか。...え、とも...だち?」


目が天になったように驚く西園寺。


「ああ」

「えっと...私たち、友達、なんですか?」

「俺の中ではな。俺の過去を話して、それでも尚お前は気持ちを変えなかった。それどころか俺の背中を押してくれた。そんな奴を、友達じゃないとか言えねえよ」

「...」


俯く西園寺。


「 ...なあ、西園寺」

「...はい」

「改めて、こんな俺でよければ、友達になってくれるか?」


顔を上げ、学校でも見せたことない、今までの1番の笑顔で、西園寺はこういった。


「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」

「よし、それじゃあ、連絡際交換しとくか」

「え、いいですか?」

「元々そう言ってただろ?そもそも、今日のお前を見てると、少し心配だわ」

「な、どこが心配なんですか?」

「まずマイペースなとこだな。勝手に本屋寄って迷子かと思わせる。せめてどこ行くかぐらいから行ってくれ。事後報告でもいいから」

「ああ、すみません」

「あと、さっきだな。多分お前のことだから、ナンパは初めてじゃないんだろ?」

「はい、こうして出かけると、ほぼ確実に声をかけられますね」

「そこまでとは思ってなかったわ。まあ、そんな時に助け呼べる手段があった方がいいだろ。今回は特に被害なかったけど、今後どうなるか分かんねえからな」

「...はい」


なんか、西園寺ちょっと顔赤くないか?


「...おい、西園寺?」

「え?ああはい。連絡先ですね。こちらこそお願いします」


そうして、俺たちは連絡先を交換。


おれのそれに、家族以外の人間が登録されているのは久しぶりだった。


「よし。そんじゃ、今日はもう帰るか」

「はい、もういい時間ですし。今日の分の課題もやらないとですからね」


そうして、俺たちは店を後にした。



帰り道。



俺と西園寺は、集合場所と同じ駅前に到着した。

各々乗る電車が違うため、ここでお別れになる。


「それじゃ、またな」

「はい、また近いうちに」


近いうちに、か。まあ連絡先交換したし、夏休み中どっか遊び行くぐらいは全然OKだ。


「あ、一ノ瀬さん」

「?なんだよ」

「私たち、せっかくお友達になったんですし」

「?ああ」

「お名前で呼び合いませんか?」

「ああ、いいぞ、またな瀬名」

「?!」


よく、名前を呼ぶのは恥ずかしいという風潮が男女仲にあるが、俺にはそれは理解できない。彼氏彼女ならともかく、友達同士で名前呼ぶなんて普通だろ。だから、俺はなんのひっかかりもなく彼女の名前を呼ぶ。


急に俯く瀬名。

え?なんだ?お腹が痛いとか?


「おい、大丈夫か瀬名」

「っっ!?」


さらに縮こまる瀬名。


「...」

「おーい、瀬名?」

「...もう、ずるいです」


全く聞き取れない声で何か言ってる瀬名。


「っ」

「おわっ」


すると、急に顔を耳元に近づけてきた。

それと同時に、女性らしい香水ほどくどくない彼女の香りが俺の鼻孔をくすぐった。


「また、近いうちに、彩人さん」

「!?」


一気に顔が沸騰するのが分かる。

彼女の低くなく高くなく、とても綺麗な声が鼓膜を叩き、俺の全神経を擽ってきた。


「ふふっ、少しは仕返し、できましたね」


前言撤回。名前呼び、恐るべし。


「それでは今度こそ。今日はありがとうございました」


タッタッタッと、彼女は自分の乗る電車のホームへ進んで行った。


俺は、しばらく棒立ちしていて、乗る予定だった電車を1本遅らすことになった。

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