第3話
「はぁー、ねむ...」
担任教師の有難いお話が終わり、帰りのホームルームも終わり、すでに放課後となっていた。
ここからはほとんど自由な時間。
部活動に勤しむ者は各々の活動場所へと向かい、部活動不参加の者はそそくさと下校の準備を進める。
もちろん、俺は後者。なので、慣れた手つきでカバンに教材やらなにやらを詰める。
「よし」
下校する者の中には、友達と一緒に帰る人間も多い。しかし、俺にはその友達はいないので、特に誰かを待つという必要もない。
「お待たせ、じゃあ帰ろっか?」
「うん、せっかくだしさ、帰りにどっかよってかない?」
「あ、いいねー、じゃあムーンバックスは?」
「うん、いこ!」
そんな会話が聞こえてくる。
ははっ。
いや、寂しくないよ?ほんとだよ?
俺はまるで逃げるかのように教室からでて、下駄箱に向かい昇降口から外へ出る。
さあ、後は校門をでるだけだ。
ここから自由。夏休み。学年1位でも俺は学校があまり好きじゃない。だからこその夏休みの開放感。これは凄まじいものがある!
と、思っていたのも束の間。
「あ、一ノ瀬さん、お待ちしてました」
と、非常に耳障りのよい綺麗な声が、俺の鼓膜に響いた。
「...なんでいんの?西園寺」
校門前で俺に声をかけてきたのは、かの学園の天女様こと、西園寺瀬奈だった。
「?友達ならば、下校は一緒にするものだと聞いたのですが」
「いや、別にそうとは限らないんじゃないか?」
「ですが、一理あります。お友達として距離を縮めるには、まず一緒にいる時間を多くすることが重要ですし」
「...まあ、そうなんだけどさ」
まあ、普通に同性とかの友達なら俺もそれはそれでいいとは思うんだが...
相手は異性、ましてや学園で有名な美少女なのだ。
今でもほら。なんか下校中の人間がこちらを見ている。というかもはや睨んでる。
「!?」
目を凝らすと、部活動をしているはずの奴らまでこっちを見ている。
なんだあいつら。視力バケモンだろ。なんでこの距離で見えんの?
「それでは、行きましょうか」
笑顔で歩き出す天女。
「いや待て。おれは一緒に帰ると言ってねえぞ」
真顔で静止させる俺。
「?一緒に帰らないのですか?」
コテっと顔を倒す天女。
あ、向こうの方で誰か倒れたらしい。なんか大丈夫か!?!とかの声が聞こえる。
「...一緒に帰る理由がない」
「友達だからですよ」
ダメだこいつ会話ができねえ。
今まで関わってこなかったからあれだけど、こいつってこんなに我が強いのか。なんか、可愛い顔して有無を言わせない迫力というかオーラがある。
「...分かったよ。別に俺に特別な用事があるわけではないからな」
「ありがとうございます!」
笑顔の天女。
「ぉぉぉおおおい!出血してるぞ!!!しっかりしろぉぉぉぉ!!!!」
多分そいつはもうダメなんじゃね?死因尊死ってことで。
「それでは、帰りましょうか」
「ああ」
今度は2人で足を進める。
足を進めてしばらくして、俺はある疑問を天女に投げかけた。
「なあ、お前なんで俺と友達になりたいんだ?」
「友達になりたいからですよ」
ダメだこいつ会話(以下略)
「...そうじゃなくて、もしそうなら去年のうちに声掛けてくるだろ」
「去年は友達になりたいとは思わなかったもので」
はっきり言うなこいつ...
「それでは、私から質問してもいいですか?」
「なんだ?」
「一ノ瀬さんは、今でこそ学年1位ですが、去年の最初の方はそもそもTOP10にも居ませんでしたよね。何か理由があったんですか?」
「それは...まあ、色々あったんだよ」
「その色々を聞いてるんです」
「...図々しいなお前」
「図々しいんですか?私」
「自覚ねえのかよ」
「で、どうなんですか?何があったんですか?」
「...だめだ。言えない。今はな」
「今?ということは、いずれは教えてくれるということでしょうか」
「そうだな、お前が俺にとってかけがえのない存在になったら、教えてもいいかもな」
「なるほど、では、私は一ノ瀬さんのかけがえのない存在になればいいんですね?」
あれ?俺結構無理なこといったつもりだったんだけど。
「まあ、無理だろうけどな」
「な、ちょっと酷くないですか?」
「酷くねえよ」
「もう。そうですね。今のままだと、私は一ノ瀬さんのこういった存在になるには時間がかかる気がします。なのでまずは」
「!?」
気付いたら、西園寺の顔がすぐ側にきていた。
「一ノ瀬さんが自然の笑顔を出せるように、努力しますね」
と、にこっと笑顔で言う。
「な、なんのことだ」
たじろぐ俺。
「他の人は誤魔化せても、私は誤魔化されませんよ。まだ一ノ瀬さんは、私に、いえ、そもそも他人に対して素の表情を見せていない。」
...まさにその通りだった。
俺は幼なじみに振られてから、親友に裏切られてから他人を信用することができなくなっていた。
そんでもって、元々人当たりが言い訳でもなく、 表情筋は死んでいる。
作り笑顔などはすることもあるが、それは教師や大人に対して。同年代の人間にすることはない。
学校では誰かと話すことも無いため、教師と話している俺の表情が素であると周囲の人間は思い込んでいるが、こいつだけはこれが素じゃないと感じたらしい。
「...よく、見てるんだな」
「ええ。人を見る目はありますから」
なるほど。こいつの周りに取り巻きがいるのも頷ける。
おそらくこいつは、人の表情などに対して非常に敏感なのだろう。だから気遣いもできるし、人間的に好まれるのだ。
「正直、友達になりたいって言って、OKされるとは思いませんでしたけどね」
「ああ。まあ別に、俺は友達がいらないわけではないからな」
「?そうなんですか?」
「...とあることがあって、俺は他人を信用できなくなった。そんで表情が死んでる俺に声を掛ける人間もいなかった。」
「まあたしかに。声をかけにくいことは分かります」
「他人を信用できないとは言うが、別に友達が欲しくない訳じゃない。だからまあ、嬉しかったんだよ。お前が声をかけてきてくれて」
「っ、そうですか。それならよかったです」
「まあ簡単にいうなら、友達になるには擬似友達期間を設けて、こいつは信じられるかどうかを調べる必要があるんだよ」
「なるほど。なら私は、1次選考は突破ってことですね」
「まあ、そうなるな」
「分かりました。一ノ瀬さんの友達になれるように、日々精進しますね」
「ああ」
「あ、私はこっちですので。ここら辺で」
「ああ。またな」
「はい」
手を振って別れる俺たち。
「...久しぶりに、あんなに話したな」
正直、いつもよりエネルギーを消費したため疲労感はある。
しかし、徒労とは感じなかった。むしろどこか満足感を感じている俺がいる。
「...まあ、友達っつっても、夏休み入るし、連絡先交換してないし、会うことはないだろうし、もしかしたら関係性解消されてるかもな」
そんな考えが生じたが、明日からの夏休み、今までで1番濃いそれになることは、この時の俺はまだ知らない。
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