取り引き
未来には
夢も希望もなかった──
「現れない?」
そう言ったのは、トーマ。
そう、いつも通りトーマの未来を見せてもらったが、いい新人候補は見つからなかった。
「だから、アンタたちみたいなのがその辺にコロコロ居るわけないでしょう?おとなしく威鶴が正規になれば許すわ」
「だから俺はいつ消えるかわからないから……ってかそんな話じゃなかったよな?」
「大体消えるって何なのよ?確証はあるの?」
この時俺は思ってしまった。
人付き合いとは面倒な事だと。
理解させるために、同じ話を何度もするのは面倒だ。
俺だけか?
依鶴はこういう場合はどうする──あ。
男スイッチ、off。
ピクッ、気付けば『私』が表に出ていた。
……威鶴、逃げたな。
ため息を一つこぼす。
「威鶴?」
レインの声に振り向くと、レインは眉間にシワを寄せた。
「変わったの?」
「あ……えーと、はい。占いの方の柴崎依鶴です」
「ややこしい奴ね、もう!」
私もそう思います、はい。
しかし、さすがレイン。
今代わったばかりなのに、私だとわかるなんて。
「威鶴はどうした?」
「逃げました。威鶴は柴崎依鶴の負の部分なので、面倒事は嫌いなんです」
トーマが頭を抱えてため息を一つ。
彼は威鶴を知り尽くしているから、こういう事もきっと何度かあったんだろう。
それにしても、困るのは私だ。
説明するのはいつも私。
1回くらい自分で説明しやがれ──って思った所で、威鶴の口から話すのはBOMBのルール違反になる事を思い出す。
しかたがない……レインを説得しつつ、今は私たちが消える事の説明をしよう。
「レインさん、話す前に1つお願いしたい事があります。それに了承していただけないなら、私は話しません」
「セコいお願いなら聞かないわよ?」
「そういった解釈は任せます」
このお願いが認められれば、威鶴はここをやめなくてよくなるはず。
そうすれば、今までの生活に戻れる。
「占い師柴崎依鶴とBOMBの威鶴を別々の人格として、別々の人間として解釈していただきたいです」
体は一つでも、人格はみんな違って、思考も、持つ感情も、性別までも違う。
「身体は同じですが、威鶴は威鶴の、私は私の思考や感情があります。双子のような扱いにしていただきたいです」
「全く別々の人間として扱えって言っているのかしら?」
「そうです。トーマがプライベートで会っていたのは私、裏の仕事は威鶴。少なくとも、威鶴という人格は、今までそれを、忠実に守って来ました」
「……そう」
「今柴崎依鶴自身の事を話しているのも私です。レインさんは区別が付いているので、わかっているはずです」
そう、レイン自身が区別が付いている事。
それは説得に繋がる。
関係の浅い雷知は信じないかもしれない。
でも信頼し合っているトーマや、区別を付けられるレインになら……大丈夫。
威鶴の居場所、奪わせないから。
「言いたい事は、わかったわ」
伝えた、伝わった。
私はトーマの居場所も威鶴の居場所も奪いたくないから。
こんな事でしか守れないけど、力になりたいと思う。
BOMBの勧誘で見付ける事が出来ないのなら、今までのやめる・やめないを白紙に戻してやる。
そしていつも通り、全力で爆弾を落として来てほしい。
「柴崎依鶴さん、あなたも策士ね」
「本当の事を言ったまでですから」
「ふふっ……こんな面白い展開は久しぶりよ。楽しませてもらったわ。
いいでしょう。別々の人間と認めるわ」
思わず、笑みをこぼしてしまった。
久しぶりに、笑った気がした。
「本当ですか?」
「私だって出来るだけ優秀な人材を無くしたくはないのよ。それにほら、威鶴はそんな可愛く笑わないしね」
思わず口元を手の甲でサッと隠した。
恥ずかしい、思わず笑ってしまっていたなんて。
「今までの話も帳消し。威鶴とトーマは今まで通りでいいわ。でも一つだけ条件がある」
「条件?」
今度はレインが条件を出して来た。
それに逆らうつもりはもうない。
「トーマ、あと威鶴。あんたら新人教育しなさい」
「は?」
「威鶴がここに来た時は、今はいないけど先輩をパートナーにしたわ。入れ違いでトーマの時には威鶴が。今度はあんたたち二人で手取り足取り教えてほしいのよ」
まさか新人教育させられるなんて、誰が思っていたことでしょうか?
「まぁ難しいわけじゃないから。ただ厄介な奴を拾っちゃったから、二人にとことん教育してほしくてね。それは後で紹介するわ」
もはや強制だった。
「問題は次よ、次。消えるってどういう事か、説明してもらわなくちゃいけないわ」
「あ、はい。話します。トーマには一度話したのですが」
一つ、深呼吸をする。
大丈夫、怖くない、怖くない。
一歩間違えれば、恐怖が私を飲み込む。
いつ消えるか、わからない、漠然とした恐怖が。
「柴崎依鶴は、威鶴が説明していた通り三重人格です。そのうち私と威鶴は作られた人格で、本来の人格がもう一人存在します」
「そうよね」
「本来の『柴崎依鶴』は、何年も眠りについていましたが、最近になり、姿を現し始めました。そして彼女は私たちを認識していませんでした」
この感覚は、きっと誰にもわからない。
「私と威鶴も、彼女が姿を現した時は、漠然としか認識出来ません」
それでも、きっと『依鶴』にはこの人たちの協力も必要。
怖いなんて、もう言ってはいられない。
私が決意を固めなければ、柴崎依鶴を支えられない。
「本来の人格の時、私と威鶴は記憶がありません。つまり今、私たちは1つに戻りかけているという事です」
威鶴に関わった人たちは、威鶴をどれほど頼っているのか、それは私にはわからない。
でもそれとは逆に、私たちも頼りたいと思っているのが本心。
頼ることに慣れていない、人と関わり合うことについては不器用で、それは私も威鶴も一緒で。
それでも私は、このあたたかい人たちを『依鶴』にも知ってほしいと思う。
それには、ここの人たちにも私を知ってもらう必要がある。
もう、怖いだけじゃない。
逃げてるだけの私じゃないから。
「1っに戻りかけている、だから私たちはいつか消える。その時『柴崎依鶴』はとても混乱します。なので今はトーマに協力してもらって、もとの人格が現れた時には、色々と現状の説明をしてもらってます」
トーマに目を向ければ、優しく笑って、頷いてくれた。
とてもありがたい。
「図々しいかもしれませんが、調べた時に知っているかもしれませんが、彼女は人のあたたかさを知らないので……出て来た時には協力してほしいです。お願いします」
私は深く、頭を下げた。
「いいわよ、それくらい」
答えてくれたのは、レイン。
続いて雷知も。
「事情が事情だし、出来るだけ協力する。力になれるかはわからないけどね」
「ありがとうございます」
なんてあたたかいんだろう。
『魔女』と呼ばれていた日もあった。
恐れられていた存在だったのに、今は仲間がいる。
トーマもいる。
家を飛び出して来て5年。
柴崎依鶴の周りには、『大切な人たち』が出来た。
全てを明かし、威鶴として、依鶴として、今まで通りの毎日が始まり、一週間後。
「新人のソラとチョコよ」
二人いるなんて聞いてない……。
俺とトーマによる、ソラとチョコの(またうまそうな名前を……)新人教育が始まった。
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