第七章
さよなら
それは、疑問じゃなかった。
確信からの、確認。
レインの瞳が、ギラリ、捕らえる。
私の中の、威鶴を、捕らえて……逃がさない。
「えっと」
驚き過ぎて、思考が止まった。
いつ、レインは感づいたんだろう?
レインの洞察力は、私も知っていた。
だからこそ威鶴を勧誘したんだろうし、威鶴は逃げ場を作っていた。
そう、最初から威鶴は、バレる事を予想していたから。
だから私も『あぁ、ついにか』くらいにしか思っていない。
でも、トーマは違った。
ギロリ、睨んでレインをその瞳に捕らえる。
それは、静かな怒り。
でも、堪えてる。
以前は目が合っただけで突っかかっていたトーマが、怒りを……隠せるとまではいかなくても、抑えている。
「そうね、トーマも知ってるのかしら。まぁそれは公表しなければ認知はしないけど。でもこの依頼は違うでしょう?」
「威鶴じゃねーよ。女だろうが」
「威鶴も女よね」
ピクリ、ほんの少し、トーマの指に力が入ったのを、感じた。
でも、私も驚いた。
だってレインは初めて威鶴と会ったあの日『オニ一サン』と、確かに男として声をかけられた。
なのに、女と確信していた?
「不思議よね、体は女で、心は男。私はそれくらいわかっていたわ。でもBOMBにはそんな事関係ない。性同一性障害か何かだと思っていたわ」
そこまで確信していたレインは、凄いを通り越して、もはや恐ろしい。
「でも、柴崎依鶴さん。あなたを見た時に、体格が全く一緒だった」
この発言に、雷知すらも驚きを隠せていない。
これがレインという女、レインの能力。
超人的な洞察力。
「でもまぁ、私だけが確信していた所ではどうにも出来ないから、雷知に調べさせたけど」
そう言いながら、一枚の小さな紙……写真を差し出された。
その写真と、あの時感じた機械音が──一致した。
占い師の時、お昼を食べに席を立った時、カメラの機械音。
トーマと写っている、私。
それと、マンションの中からトーマと一緒に出て来る、私。
「テメェ、隠し撮りとか悪趣味な事してんじゃねーよ!」
そう言って席を立ち、レインを睨み付けるトーマに、私はヤバいと感じた。
トーマの蜘蛛の糸のような理性がプチ切れる!
「トーマ、待って抑えて!」
それなのに、レインはトーマを煽る。
「ここの部屋、私が威鶴の為に用意した部屋なのよね。威鶴一人が男だったり女だったり、そんな事はどうでもいいけど、表で接触する事は契約違反」
「どうでもいいってなんだよ!?」
ついにレインの胸ぐらを掴んだトーマを、慌てて止めに行く。
「あら、契約違反はどうでもいいの?」
「テメェ!!」
「待ってトーマ!いいの、もういいから!!」
今にもレインに殴りかかりそうなトーマの腰に抱きつき、レインから引っ剥がそうと全力で引く。
それでもトーマの力以上の力は出なくて。
雷知は驚いた表情のまま固まってるし、私も現状にパニックで『抱き付いても止まらないじゃん!』なんて思ったりして。
その時、『中』から声が聞こえた。
『代われ』
威鶴の声が聞こえ、気付けば威鶴と代わっていた。
──そう、私と威鶴が誕生した、あの瞬間のように。
「テメェは頭冷やしやがれバカが」
そう言って『俺』は、トーマの後ろから膝裏を蹴り、不安定にさせた所で少し高い位置にあるトーマの額に手のひらを当て、力強く引いた。
当然のように俺の方によろめくトーマ。
その反動でレインを離した。
「威鶴!?」
「レイン、俺は今日限りでBOMBをやめる。それでいいだろ?」
俺はそう、宣言した。
占い師柴崎依鶴の格好をした、威鶴。
端から見れば、おかしいだろう。
「威鶴、か?え?どういう事?」
ようやく雷知が声を出した。
次々と展開していく驚くべき真実に、雷知はついて来れないらしい。
しかし、レインにはやっぱり見透かされていたらしい。
「もしかして、多重人格?」
「当たり」
「威鶴!」
トーマが俺を振り返り、両肩を掴む。
その力は強く、痛い。
それでも構わず、トーマの後ろにいるレインに視線を向ける。
「俺の中には三人の人格がいる」
「三人?」
「そのうち、俺を含めた二人はいつ消滅してもおかしくはない。だから俺はここで逃げ場を作っていた。だからずっとバイトだった」
そう、いつ消滅しても、バイト程度なら必要以上に頼られない。
占い師は以前から続けていたから、その環境も変わらない。
トーマと表で関わった時も、覚悟はしていた……と言うより、この場所にそこまでの思い入れはない。
ない、はずだった。
少し名残惜しいと思うのは、気のせいだと思いたい。
俺には、そんな感情はいらない。
トーマに会ってから、俺は変わったのだろうか?
きっと変わったんだろう
依鶴が影響を受けた男だ、俺も少なからず影響を受けたんだろう。
このままならきっと、トーマと別になるようにペアを変えられるか、しばらく仕事がないか。
トーマにまで影響があっても困る。
それなら俺の方からやめてやる。
「威鶴、ここをやめる気でいるの?」
「必要なら俺の代わりを連れてくる」
「代わりですって?」
レインが眉をひそめる。
「あなた、その能力をなんだと思っているの?努力して身につくようなものじゃないし、BOMBでしか活かしようがないでしょう?」
「レイン!」
雷知が、怒り混じりにレインの名前を叫ぶ。
その発言に、トーマも俺から手を離し、レインに向いた。
レインの失言を、初めて聞いた。
まるで能力しか必要としていないような……でも、ここではそれが正解なんだ。
能力が全て、そういう世界。
「レイン、言いすぎかと思います」
「あくまでここでの話よ。ここでは能力が第一に求められるわ。威鶴と同等の能力の持ち主なんて、そうそう居ない。BOMBは威鶴が必要で、威鶴はここが必要。そうでしょう?」
「やめなくても、ペアを変えてまた仕事が出来れば、それでいいじゃない」
トーマが拳をギュッと握り締めるのが見えた。
また掴みかかるのも時間の問題か。
そう思っていたら、今度はトーマが想定外の発言をした。
「俺がやめる。そんで威鶴が残る。それでいいだろ?」
「トーマ?」
「バカ力なんて鍛えりゃどうにでもなる。俺以外にだっているだろ?」
「トーマ、やめろ。もともとは俺が話さなかったせい──」
「『いづる』と離れる気なんてさらさらねんだよ!」
そう叫んだトーマは、振り向いて俺に笑いかけた。
何で、笑ってんだよ?
何でトーマが、やめる必要があるんだ?
「トーマ、信頼以上の気持ちはいらないわ。ここでは二人の関係、好意は必要ない。出来ることなら威鶴には残ってほしい」
「俺はいつ消えるかわからないから、頼るな。俺がやめる」
「だから俺がやめるっつってんだろ!」
「お前らそれじゃキリないだろ」
雷知の発言により、一時休戦。
俺も、レインも、トーマも、一切譲る気がない。
「いっそ二人でやめちまうか」
こんなにもこじれるなら、いっそ……。
そう考えていた時に放たれたトーマの答えに反論したのは、当然レイン。
「トーマ、あなた私たちをバカにしているの?」
「違う。俺たちがやめるだけなら、あまりにもBOMBに不利だ。だから俺たちが二人探して来る。それまでは今まで通り、依頼を続ける」
「そんなこと認められないし、簡単に探して来れるわけ──」
「なら、威鶴に未来を見てもらおう」
なんだか、面倒な事になった気がするのは、気のせいだろうか?
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