第六章

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俺にはかーちゃんがいて。


とーちゃんがいて。


ねーちゃんがいて。


妹がいて。




そして、俺を慕ってくれていた『白蛇』の仲間がいた。










「どうする?依鶴さん」




知りたい、トーマの過去。


でも、私の最大の秘密を教える事が、条件。




私の最大の秘密というと、私が偽物だということ、威鶴と私が同一人物ということ、トーマの過去を見てしまったこと、依鶴の過去の続き……。


どれもバラバラに見えて繋がっている、最大の秘密であり、トラウマであり、恐怖の対象。


そのすべての中心である人格は、今は眠っている。




「前に少しだけ、話してくれたよな、過去」


「あ……はい」




あれは、本当に当たり障りのない、一部すぎて……トーマの過去とは決して比べものにならない過去だ。


「あの話の続きと交換」




マンションの部屋の前に着き、話を聞きながらも鍵を取り出す。




「それとも、こう言った方が話しやすいか?」


「え?」




意味深な言い方に、トーマに顔を向ける。






「──いづる」






カシャン、思わず部屋の鍵を落とした。






違う。


これは違う、"依鶴"じゃない。




もっともっと、慣れ親しんだ、いつもの呼び方。


『威鶴──』と、






そう、私に向かって、彼は迷いなく、私の中の彼を呼んだのだ。






私の落とした鍵を拾い、鍵穴に差し込む、トーマ。


私を部屋の中に入れて、自分も入る。




はっと気付き、心を落ち着かせる。


カマ掛けてるだけかもしれないじゃない。




「よ、呼び捨て、ですか」


「明らかに動揺してんだから気付いてんだろ?いづる」


「何のこと──」


「よく知らねーけど、この前依頼帰りに突然依鶴さんになっただろ」


背筋が、凍る。


『あの子』、威鶴の時にも出たんだ。




どう、説明したら……ごまかし方が──




──ごまかす?




ここまで知られていて、まだごまかし続けるの?


本当の事を、いつまで隠し続ける気?




いつか、限界が必ず来る。


それが今なのかもしれない。




もう、私の中に二人居る事、わかってるからこんな事言うんじゃないの?


三人までとは気付いてないかもしれないけど、きっとおかしい事には気付いてる。




「今が依鶴さんだから、聞くんだ」


「……」


「威鶴には、聞けないから」




私しか……私にしか、説明することが出来ない……。




揺れ動かされる、心。


もう、いいかな。


楽になりたい。


威鶴に怒られるかな?


でも威鶴、反対なら口出しするはずだから。




もしかして、威鶴も……トーマに知ってほしいのかも、しれない。




「トーマ」


「あぁ」


「私、」




一呼吸置いて。
















「私は……柴崎依鶴の、偽物、です」






もう、逃げない。


逃げたくない。


知ってほしい。




私を、威鶴を、『依鶴』を……救って。




私の中の何かが叫ぶ。


ずっとずっと前から声のない叫びを、SOSを、知ってほしくて、でも必死に……抑え込んでいた。


トーマに、もう、全てを話してしまおう。




「トーマ、『お前を独りにしない』って前に言ってくれたよね」




その言葉を、信じて話す。


もう、私は私を偽らない。


今は『依鶴』のニセモノじゃなくて、私と言う人格として、彼と対立しよう。




私の意志は、ようやく固まった。




「私の話を聞いても、受け入れるのは難しいかもしれないけれど……これが『私たち』だから。そうとしか、言えないから」




気味悪がられるかもしれない、でも、今までだってそうだった。


最近が以前よりずっとずっと居心地が良かっただけ。




自分を偽ることで得て来た、たくさんの小さな幸せ。




でも、それで本当にいいの?


ニセモノのままで、私は満足?





――嫌、私は、イヤだと思う。




『依鶴』がそれを望んでいたとしても、『私』という人格は、いつまでもごまかして居たくない。


だって、トーマがそうだから。


私なら、トーマに、トーマの口から、隠してきた想いを聞かせてほしい。


そう、強く願うから。




私は、私の隠してきた想いを、知ってほしい。




トーマに。




「言っただろ?俺はお前を独りにしない」


「……」


「たとえお前の中に何人居ようとも、独りになんてしねーよ」




『だから、どんな話しでもいい。話してくれ』




その言葉を、信じていい……?


でも、もう後には引けない。




私はトーマの顔を見て、苦笑いを向ける。




「私は、『柴崎依鶴』という人の中の、一部の『人格』です」




ポツリポツリ、『私』を話す。




「柴崎依鶴の精神は、数年前に三つに分裂しました」


「分裂?」


「はい。主人格の『柴崎依鶴』、トーマさんもよく知る『男』の人格『威鶴』、そして、柴崎依鶴の……コピーのような、『私』という人格」


トーマは、ちゃんと理解出来ているだろうか?


付いてきているだろうか?




「簡単に言ってしまえば、『多重人格』です」




トーマが眉をひそめる。




「依鶴の過去の話をしたでしょう?本当は占いなんかしてないです。あれはただ言い変えただけ。子供の頃から『魔女』と呼ばれてきたのは、この能力のせい」


「能力っつーと、つまり、威鶴の……」


「そうです。威鶴の瞳、聴覚、触覚、スピード、正確さ。イコール全て、私も持っている能力ですし、『依鶴』ももちろん」


「……」


「特に瞳は最も恐れられました」




誰もが逃げていく。


瞳を反らす、目が合わない、まるで化け物から逃げているような、恐怖の眼。




「知っていますか?人って、簡単に壊れるんです。『何も見ていない』『関わらない』、それだけで自分の存在理由はないも同然なんですよ」


「そんなこと」


「私は『いない』存在だった。家でも、学校でも、外出先でも。幽霊と同じですよ。そこに実体があるだけで、誰にも見えていないような、幽霊」




私は、幽霊だった。


私の名前は誰も覚えていなかったし、噂で呼ばれる名前は『魔女』。


きっと、依鶴という名前を使えば分ってしまうから、そう呼び変えていたんだと思う。




でも、私はそれが自分のことだと、気付いてしまっていた。


『魔女』と呼ばれる理由は、既になくなっていた。




「それでも、姉だけは違ったんですよ。両親は帰ってすら来ないのに、姉はちゃんと姉としての義務を果たしてくれていました」




ちづる。


ちづる、チヅル、千鶴――。




彼女は、私を忘れてしまった今、幸せだろうか?




「瞳は最後まで合わせてはくれませんでしたが、ご飯を作ってくれたり、風邪の時は薬を持ってきてくれたり、『普通』には及ばないながらにも、優しさをくれました」




我慢していたものが、耐えきれずに、ポロリ、ポロリと頬を伝う。




「両親が私を捨てて、姉も独り暮らしで出て行って、私は一人になった。それでもなんとか『占い師』として、ゼロからスタート出来ました。全て姉のおかげです」


「その姉が」




視界からも伝わってきた、大きな衝撃。


視界いっぱいに広がる空、人、地面、車――赤。




「事故で」




狭くなる視界を埋め尽くす、赤。


赤い道路、赤い手、赤い車、赤い――。




「『依鶴』の記憶だけを、全てなくして、帰って来た時に」




帰って来た時に。


『……え、誰?』




『依鶴』を唯一『居るモノ』として接してくれていた、姉。




真っ直ぐと――『依鶴』の瞳を、見つめて。


目が合って、過去を見て、事故に合っていて。




私の唯一の大切な人が、私の全てを創ってきた存在が。




記憶、ヲ、失クス、ホド、ノ、衝撃――赤。


真ッ赤、世界ガ、






血 丿 色 ニ 染 マ ル






「『依鶴』は、現実から、逃げました」






ソシテ






ワタシ ハ






コ ワ レ タ

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