依頼人役
依鶴の姿でBOMBに来るのは、初めて。
だけど長年ここへ来ていたから、ある程度手順はわかるし、値段も大体わかる。
あ、でも雷知に頼むわけだから、威鶴の倍は覚悟が必要。
となると、情報料のみで……マサル使うかな?
竹原叶香が読み通り、最悪な事態に巻き込まれていたら、トーマが黙ってるはずがないし、追加依頼も覚悟しておいて……。
あ、でも別にトーマに請求すればいいのか。
BOMBに行く間、様々な思考が巡る。
トーマの過去さえ見せてもらって竹原叶香の未来を覗けばわかるものを……。
BOMBの事務所に着き、レインを呼び出す。
「あ、トーマさん、私今日初めてなんですけど、紹介者は威鶴でいいですか?カード貰っているので」
「あぁ、構わない」
常に常備している紹介カードを取り出し、レインを待つ。
奥からレインが姿を現し、トーマを見て、それから私に視線を移し、またトーマに戻って眉根を寄せる。
「アンタ、彼女でもいたの?」
唐突な質問に何を言ってるんだと思ったけれど、隣にいるのは私だけ。
……あ、私か。
……え!?
え、ちょっ、かの、え!?
「ちょ、ち、ちが、おいおいねーちゃん何言ってんだよ!?」
「ふ、珍しく取り乱したわねトーマ。でも本当に可愛いけど、なんだか威鶴そっくりね。まぁアイツも可愛い顔してるし」
じー、そんな目で見てくるレインに、体が強張る。
そんなに見ないでほしい。
見透かされそう……。
「ねーちゃん忘れてんのかよ?」
「だからそのネーチャンて言うのやめなさいっていつも言ってるでしょう?」
「……。紫崎依鶴さんだよ」
「あんた無視って……紫崎依鶴?占い師の?渡辺春の時の?」
あ、よかった。
うまく気を反らしてくれた。
「初めまして。占いをしている柴崎依鶴です」
「私はレインよ。BOMBへようこそ。トーマ、威鶴は付いて来なかったの?」
「あ、今回はトーマさんの変わりに依頼人を引き受けたので、威鶴はこの件は一切関係していません」
トーマの説明次第で契約違反になるから、この説明は譲れなかった。
威鶴の家族となっている私が、本当はトーマと知り合ってちゃいけない。
威鶴経由となるとプライベート問題に引っかかるから面倒だ。
あくまで占い師として、偶然、偶然。
「でもここの紹介カード自体は威鶴に以前もらっていたので、これでよろしくお願いします」
そう言ってレインにカードを渡す。
「わかりました。先に部屋に案内していただいてください。すぐに向かいます」
いつものように、案内人の男が部屋を案内してくれた。
その場所にトーマと座り、依頼の話はトーマに任せることにした。
とりあえず私の役割は一時完了。
しばらく待っていれば、レインが部屋に入って来た。
「依頼人は、紫崎依鶴さん。内容自体はトーマのものよね。話して」
「あぁ」
一呼吸置いてから、トーマは話し始めた。
「竹原叶香に今起きていることを、探ってほしい」
「今?範囲は?」
「過去2ヶ月くらいから、とりあえず明日まで。出来れば早く知りたい」
うーん、と唸り、少し悩むレイン。
依頼自体は問題ないはずだと思ってたけど、何かまだあるのだろうか?
「竹原叶香はウチの常連さんだからねぇ。トーマ、それは誰のためにすること?」
あの話を聞く限り、『誰』と明確にするのは難しい。
あえて言うなら竹原叶香の為……?
私はそう思っていたけれど。
「家族の為だ」
「あくまで家族の問題と思っていいのね?」
「あぁ」
トーマにとっては、家族の問題らしい。
きっとその中に、白蛇の事も含まれてるのかな、なんて、なんとなく思った。
「いいでしょう。竹原叶香の身辺調査依頼、承諾しました」
そう言ってレインは笑った。
「でもトーマ、自分で探る気なの?」
「いや、雷知に頼みたい」
「威鶴じゃダメなの?」
「……俺の過去は知られたくないし、叶香にも知られたくないから接触はしない」
「了解」
私の入るスキもなく、次々と話を進めていく二人。
「それでは先に値段交渉から。そうね……難しくはないけど指名代が入ってるから、とりあえず」
電卓を叩いた音の後にこちらに向けられた数字を見て──背筋が凍る。
とりあえずでコレってボッタk──
「あぁ、覚悟してた。前回の報酬もそのまま持ってきてある。短い付き合いだったな。ほら持ってけ。くっ……俺は後悔なんてしない……」
「言ってる割には手放さないじゃないのよ」
トーマとレインは封筒の引っ張り合いをしている。
よくわかるよ、私も手放したくないもの。
その半額すら。
最終的に勢いをつけてレインが封筒を引き抜いた。
「た・し・か・に・受け取りました。そしたら依頼書に名前を書いて、今日はおしまい」
トーマは眉を寄せてとっても悔しそう。
人間、諦めも大切よ、トーマ。
でもその分、トーマの不安は大きいんだと思う。
私は依頼書に名前を書き、トーマとBOMBを出た。
会話はない。
トーマから、緊張が伝わって来る。
やっぱり、心配なのかな?
妹の事、だもんね。
家族の心配、普通はするものだろうから……。
「ついて来てくれて、サンキュな」
ポツリ、トーマが呟いた。
「いえいえ、お役に立てたならなによりです」
私もそう答えて、暗くなった空を見る。
夜の10時前、この時間まで依鶴でいたのは、久しぶりかもしれない。
だからか、少し疲れた。
トーマがいなければ、すでに威鶴と変わっているところ。
そう考えながら、ボーッとした頭でトーマの隣を歩く。
トンッ……肩が触れ合ってしまった。
「あ、すみませ……」
トーマの顔を見るとなぜか少し驚いたような表情。
辺りは暗くて、顔色までは見えないけれど、すぐに顔を反らされてしまった。
気分を害させてしまったのだろうか?
「すみませんでした、もう少し離れて歩きますね」
「え?あ、いや、ちが、コレは!」
すると突然、掴まれた手。
大きく、私の手をスッポリと覆ってしまえる、大きくて力強い、男の人の手……?
!!?!?
自分の状況を理解すると、途端に顔に熱が集まる。
手を、握られて、いる。
そんな事は今まで経験したことがなくて、それだけでも限界なスキンシップ。
母も父も姉にすら、された事がない。
触れられることに、慣れていない。
しかも不意打ち。
自分から触れる事なら出来るのに、逆に触られると心臓が跳ねてしまう。
緊張、してしまう。
思考が渦巻く。
でも、ふと思い出してしまった。
あの風邪の日、私は起きたらベッドに移動していたけれど。
あれはトーマが、その……だ、だっこ、とか、し、したり、したんだろうか、な、なんて……。
それとも、『あの子』が起きて、自分で……いや、動けるはずないか、あの熱で。
優しく握られて。
そっと、その手を引かれた。
先へ歩みを進めるトーマに、手を引かれるままに、ついて行く私。
え、え、え?
動揺。
このまま、行くの?
このまま、歩っちゃうの?
トーマが何を考えているのか、わからない。
ただわかる事は、私の家に向かっている、ということ。
手、離さないの?
は、離したい、わけじゃないけど。
人に見られちゃうかもしれない。
恥ずかしい。
ちゃんとお互いに繋げているわけじゃないけれど、引っ張られているような形だけれど、恥ずかしい。
「依鶴さん」
「は、はい?」
「俺は、依鶴さんの事、もっと知りたい」
はい……?
トーマ、いきなりどうしたの?
え、何、知りたいって、何をデスカ?
もう混乱が混乱を呼んで大混乱状態。
こんなことは、本当に初めてで、免疫がなくて、どうしていいのかわからなくて。
こんなにも私の中に踏み込んで来る人は、本当に……初めて、で……。
「もっと、って……言われましても」
「もっと深く知りたい。ダメか?秘密主義?」
「え、いや、えっと……透眞さんだって、秘密主義じゃ、ないですか……」
言ってからハッと気付く。
誰にも……威鶴にも話そうとしない、トーマの過去の事。
いや、話さないのは別に、BOMBの決まりうんちゃらでおかしい話じゃない。
でも、その過去を見せようとしない。
どうでもいいと思っている過去ならば、浅い過去くらいなら許可してくれるはず。
それでも、未来しか見せてくれない。
それはつまり、トーマにとっては大きな問題だったということで……。
「ご、ごめんなさい、違うの、今の取り消す……」
それはトーマの、地雷だろうから。
「依鶴さんは、俺の事、知りたいと思う?」
「あ、えぇと……知りたい、です、けど……」
「なら、教える。俺の最大のトラウマ。
その代わりに
依鶴さんの最大の秘密、聞きたい」
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