選択
前例がない事態に、私は少し焦りを感じていた。
「あの、えぇと……」
どうしたら、いいだろう?
「妹に今何が起きているのか、知りたいんだ」
「……えっと」
「危険なことに足を踏み出してるかもしれないんだ」
そう言ったトーマの声は、少し震えていた。
心配、しているのか。
こんなでも1人の女の子の兄。
族のTOPだとしても、1人の女の子。
「……わかりました」
この選択が正しいのか、なんなのか、よくわからない。
でも今は──助けたいという思いが強かった。
トーマは、ホッとした表情で私を見る。
私もその目を、見つめ返す。
……威鶴に怒られるかな。
それでもいいや、この人を助けたい。
竹原透眞の力になりたい。
「ありがとう」
ポツリ、そう言ったトーマに、少し恥ずかしくなった。
だっていつもなら『どーも』とか『サンキュ』とか『わりーな』とか言うでしょう?
こんな時に……頼ってくれた時にそんな事言うなんて、なんだかズルい。
もっと頼ってほしくなる。
「依鶴さん、これからまた占いか?」
そう聞いてきたトーマに、コクリ、頷く。
トーマはニッと笑って言う。
「じゃ、送る」
「……送る?」
「仕事場まで一緒に付いていく」
……トーマと一緒に出勤!?
遠慮するがトーマにうまく言いくるめられ、ワタワタと残りの支度をして、トーマと家を出た。
と、欠伸をしたトーマにふと少し考え、隣を歩く彼を見る。
「眠いですか?」
私の家に来てから少し寝たと言っても、3時間くらいじゃないだろうか?
それなら当たり前に、眠いと思う。
「寝る前よか意識ハッキリしてる。悪いな」
以前来た時も、トーマはこうして謝ってきた。
その時も確か、寝た事に対して。
「気にしないでください。眠い時は寝ていただいて構いません。お仕事、大変でしょうからね」
「悪いな」
そう言ってトーマは、私の頭に手を乗せた。
その瞬間、まるでスイッチが入ったように、トーマを意識し始めた。
隣を歩いている、歩幅を合わせてくれている、車道側を歩いてくれている、20センチの距離、頭をなでてくれたその手。
初めて気付いた。
私──初めて女の子として扱ってもらっている。
トーマは女慣れしている……と、思う。
当たり前のように、こんなにも自然と。
それを少し寂しく思うのは、おかしい事なのだろうか?
今までどれくらいの女の子が、こうしてもらっていたのだろう?
このモヤモヤとした感情は、何?
怒り、とは少し違う。
寂しくて、悔しいような、困るような……悲しいような。
ツキン、小さな胸の痛みに、初めての感情に、戸惑った。
仕事場に着くと、トーマはまた私の頭を撫でた。
「何時頃終わる?」
「えっと、夜の7時頃」
「じゃ、その時間にまた迎えに来る。BOMBに付いて来てほしい」
一瞬、ドキリと心臓が大きく跳ねた。
今日の私は本当に、一体どうしてしまったのだろう?
ドキリと跳ねて、少し寂しくなって。
『なんだ、BOMBのためか……』なんて、思ったりして。
「わかりました」
そう言っていつも通り、また偽りの笑み。
営業スマイル。
トーマが何か言いかけたように見えたけれど、聞き返しはしなかった。
「また夜な」
そう言ってトーマは、出口へ向かう。
また今日も、偽りの占い師としての一日が始まった。
いつもとは少し違う、甘い甘い、熱を持って……。
『占い』に集中できていなかったと思う。
朝からあんな事が起きたり、自分の気持ちに戸惑ったり、トーマの気持ちがよくわからなかったり。
脳内はその事ばかり思い返して、意識を飛ばす。
意識が飛ぶ。
それなのに占いはしっかり出来ている。
妙な違和感。
気付けば一時間、二時間、記憶が飛んでいる。
嫌な予感にようやく気付いたのは、夕方4時を回った頃だったと思う。
考えたくない。
怖い、こわい、コワイ……。
不安と予感、それと自覚。
『依鶴』が……本来の『依鶴』が、姿を現してる。
気付かぬうちに覆い込まれる。
飲み込まれていく。
侵蝕、しんしょく、シンショク──
消える前兆に
絶望が支配する──
コ ワ イ
また気付くと、右手に何かを掴んでいる感触。
ふに、ふに、ふに。
その中に固い芯(骨?)を感じ、顔を上げる。
そこには、トーマが居た。
「ど、どうした……?」
珍しく、焦っているようなトーマ。
その顔に、ひどく安心する。
ポロリ、ポロリ、安心の涙が頬を伝った。
「トーマ、さん……?」
私は、トーマの腕を掴んでいた。
なぜかはわからない。
それでも、恐怖から逃れるかのように、縋る気持ちで掴んでいるのは、明らかだった。
「大丈夫か?」
心配の声が頭上から響き、落ちる。
……あんなに怖かったのに、一瞬でそれが消えた。
「大丈夫、です……。すみません、心配かけてしまって」
そう言って、私は立ち上がる。
すで占いの時間は終わっている。
これからBOMBで依頼を申請しなければいけない。
ケータイを確認すると、レインからの連絡はなかったから、今日は依頼なしか……よかった。
「少し待っていてください」
そう言って私は、帰り支度を始める。
支度……とは言っても、時間がかかるものではないけれど。
この時、私は気付いていなかった。
トーマの瞳を見ることを、少しだけ、躊躇っていたから。
取り乱した心を、知られたくなかったから。
トーマに刻まれた、数分前の記憶。
『助けてください、私──』
『数年記憶が飛んでいるみたいなんです』
トーマと『依鶴』が接触したのは、これが三度目。
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