緊急事態発生

トーマは実は、とんでもない男だった。




『いや、今の時間アイツ寝てるし』


『お前が行くなら一人増えても変わんねぇだろ』


『部屋が散らかってるかも──』


『外で待っててやる』


『俺も寝るから、トーマ暇になるだろ?』


『それくらい待てる』


『でも女の部屋に男が入るのは──』


『お前も男だろ?それとも何かヤマシイ事でもあんのか?あ?』


『いや、ないけど……』


『ならいいだろ』


『……』




つまり俺は、言い負かされたのだ。


なんて奴だ、なんでこうなった。




それよりなんでいきなり家に来ようと思ったんだ?


もうトーマの考えていることはよくわからない。




さて、この事態をどう乗り切るか……依鶴と作戦会議をしたい所だが、生憎休んでいるらしく、返事が来ない。


せめて俺が眠る前に状況を伝えなければ、依鶴もパニックを起こすだろう。




あぁ、今日は眠れないか……。


眼が疲れるんだよな……。


そうこうしているうちに、着いてしまった。


……ああ、どうしてBOMBの近くに住んでんだ、俺……なんて考えなくても理由は簡単。


レインの紹介でここに住み始めたからだ。




あの日、あの家出した日から、レインにBOMBの勧誘を受けた日から住んでいるからだ。







実家……今、どうなっているんだろうな。


姉と再会して、過去を見て、そのあまりにも衝撃的な事故の記憶を見たショックによって誕生してしまった俺は、そのまま依鶴を守るために家を飛び出した。


そんな俺を拾ったレイン、それからトーマを拾った俺。




レインはもちろん、俺の過去を知らないし、追求もしない。


BOMBのルールに守られているんだ。


それはありがたい。




ただ、トーマには罪悪感が残る。


過去……話すべきだろうか?


人格のこと、トーマの過去を覗いたこと……。


ガチャリ、鍵を開けて部屋に入る。


その後ろからトーマが付いて来る。




ワンルームとかじゃなくて助かった。


リビングと寝室の間の廊下もドアで仕切れる。




「ソファーにでも座ってろ」


「ああ」




現在朝の4時半。


トーマが居ると寝づらいな、かといって今依鶴に変わるのも……ん?




スースー、小さく聞こえてきた音に、ソファーを見る。


──寝てやがる。


そこには、ソファーに座った体勢のまま、寝息を立てているトーマ。




そういえば、普通の人間なら眠いに決まってるよな。


トーマが寝てくれたことによって、打開策が決定。




まずトーマが起きた時に俺が実家に帰った事にするために、置き手紙を書こう。




『俺は実家に戻るから、お前は依鶴が起きてくるまでそこにいろ。

7時頃には起きるはずだから。


トーマの事は依鶴にはメールで伝えておく。




威鶴』





あくまでトーマが先に起きた時前提でメモを残し、俺は寝室に行き、鍵をしっかりとかけて、さて、寝よう。


──7時、たったの三時間睡眠でも、十分な体力回復。




依鶴もしっかりと意識が戻ったようなので、現状を解説してから一応男スイッチをoffした。


それからトーマの様子を見に行くと──まぁ、起きてるわけないですよね。




そうか、3時間って普通ならまだまだ寝たりないんだっけ……?


なんて思い出して、不思議と笑う。


少し、トーマの寝顔が可愛く見えた。




あ、威鶴、トーマにタオルケットくらいかけてあげればいいのに、まったく。


寝室に戻り、一枚タオルケットを引っ張り出してきて、トーマにかけた。






さて、それから私は占いの用意をしなければいけない。


軽く朝食を作り、トーマの分も作って冷蔵庫へ。


自分の分を食べてから、シャワーを浴びて、出たらいつも通りキャミワンピを着て、そのままキッチンヘ直行。


冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いで戻す。




一口飲んでからコップを持ってリビングへ行くと──。






完全にその存在を忘れていた。


振り向いたトーマと目がバチッと合う。




「……」


「……」




プラスチックのコップがストンと落ち、牛乳が床に広がる。






ガラスじゃなくてよかった。












……って、よくない!




下着はもちろん着ているものの、キャミワンピ1枚、髪はまだ濡れたまま。


そしてそしてそして……お風呂上がりの牛乳を、見られてしまった。






──恥ずかしい!!!






みるみる顔に熱が集まってくる。


それを隠すべく、顔に両手を当ててしゃがみこむ。




やだ、いつから起きてたの?


私、鼻歌とか歌ってなかったよね?


大丈夫だよね?




……あぁ、体洗ってる時にちょっと歌っていたかもしれない!


他に変な事は?


とにかく牛乳見られたのが嫌だ、一番嫌だ、恥ずかしい!




指の隙間からソロ~……っとトーマを盗み見る。


トーマは私を目を見開いて見ている。


その顔は私同様、真っ赤だ。




え、トーマまて真っ赤になっちゃうの?


そこ真っ赤になっちゃうの?




とにかくお互いにパニック。




長い沈黙。


なにしたらいい?


まず何、どうしよう?




ひんやり、足に感じる冷たさで、ハッと気付いた。


下を見れば、転がるコップと、広がる牛乳。




「あ、濡れちゃっ……」




まずは牛乳を片付けることから始めなければ、というかまたお風呂行き……。




「……大丈夫か?」




そこで初めて、トーマが口を開いた。


色んな意味で、恥ずかしい。




「あ、はい、気にしないで……ください」




たぶん、ムリかもしれないけど。




首にかけていたタオルでとりあえず足を拭き、洗濯カゴにポイ。


雑巾を持って来て残りの牛乳を拭く。




……まだ一口しか飲んでいなかったのが心残り。




お風呂へ行こうとした時に、ふと朝食の存在を思い出した。




冷蔵庫から取り出して、レンジでチン。


ソファーの前にある机に置く。




「よかったら食べてください。あ、暇ならテレビをつけてもかまいませんから」


「……あぁ」




それだけ言って、足を洗いにお風呂へ。


一時しのぎで拭きはしたけれど、牛乳の臭いがやっぱり気になる。




足だけ洗って一度リビングへ戻った。


朝からこんなにワタワタするとは。




「ごめんなさい、朝から慌ただしくて」


「いや、こちらこそ……」




どうしよう?


とりあえず、メイクまではして来ようかな。


髪も乾かさないと。




「あ、えっと、もう少しだけ待っていてくださいね」


「あぁ」




脱衣場で髪を乾かし、寝室で着替え、メイクをする。


終わった頃には八時半、まだ余裕はある。




……と、なんとなく急いで用意をしていたけれど、トーマは一体何のために家に来たんだろう?


威鶴からは、いきなり言いくるめられたとしか聞いてない。




特に理由はないとか?


ただ眠かったから家で寝ようと思ったとか?


会うだけなら占いの所でもいいはずなのに……。




よくわからないけれど、とりあえずリビングへ向かった。


「透眞さん」




言いながらトーマの逆にあるソファヘ座る。




「終わったのか?」


「あと少しありますが、それは仕事に出る前でいいです。とりあえず透眞さんの用件をお聞きしようかと」




そう言うと、トーマは真剣な目を向けてきた。




……え、何?




「依鶴さんに、頼みたい事がある」


「頼み、ですか?」






「俺の代わりに、依頼人になってほしい」


……あ。




私は瞬時に理解した。






あの時、竹原叶香さんの事をレインに相談した時の事。


なんてことだ、トーマはあの時からきっと決めていたんだ。


私に、『柴崎依鶴』に、依頼人になってもらうことを。




確かに威鶴じゃない、女だから。


依頼も出来るは出来るだろうけど……本当に、バレないだろうか?




「BOMB知ってるよな?威鶴の仕事」


「知ってます、けど……」


「頼む」




そう言って頭を下げてきたトーマに、私はどうしたらいいだろう?


ここで


間違わなければ






あんなことには




ならなかったのかな

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