鍵
軋むベッド。
静かに、隣から寝息が聞こえるのを確認して、体を起してベッドから出る。
ピカリ、ピカリ、メールを知らせる光が、ケータイを点滅させている。
『今日は帰ってくるの?』
約五時間前に受信したメールに、気付かなかった。
「……遥香かぁ。こりゃ心配かけたかも」
『ごめん、朝に一回帰るから』
姉にそう返し、再びベッドにもぐりこんだ。
「叶香の様子が、おかしいらしい」
「……は?」
依頼帰り、トーマがいきなりそんなことを言いだした。
「ねーちゃんから心配の電話が来た。白蛇からもおかしいっつー連絡が来た」
「だから?」
「依頼になるかもしんねぇ」
そう言われて、トーマの妹・竹原叶香を思い出す。
『白蛇』トーマが以前所属していた族の名称。
その現トップの竹原叶香。
トーマに殺意をむき出しにしている、竹原叶香。
「いつからだ?」
「ここ二・三ヶ月。敵対していたチームとの接触を拒否するらしい。俺にも何が起こってるのかサッパリだ」
お前はお前自身が敵意持たれてるからな。
「ねーちゃんからは、夜家に帰ってこないってよ。メールの返信も遅いらしい」
「……」
俺の中にはある一つの可能性が浮かんだ。
「他に心当たりは?」
「白蛇の奴らが叶香を追跡しようとしても、巻かれるらしい。だから何が起きてんだか誰も知らない。何か秘密でもあんのか?」
俺の中である物とこの内容からの推測が、一致した。
どちらかだけの情報なら、確かに気付きにくいかもしれないが、なぜお前は気付かない?
「トーマ」
「なんだ?」
「単に彼氏が出来たとかそんなんじゃないか?」
トーマの動きが、停止してしまった。
目の前で手をふらつかせてみるも、石のように動かない。
完全にトリップしてる――と思いきや。
「なん、だと?」
そう低い声を出した。
さて、約一ヶ月ほど前に遡ってみようじゃないか。
あれは、そう、一番新しい竹原叶香からの依頼だ。
「お前、竹原叶香からの依頼物覚えてるか?」
「……鍵、だったよな?」
「何の鍵に見えた?」
「大きさからして……家か……?」
そう、あの時に鍵を奪還した。
今考えてみれば、鍵なんてなくしたり取られたりしてはいけない物だから、急ぎで奪還を頼まれるのは当たり前だと思っていた。
だが、トーマは慌てたり怒ったりしなかった。
自分の家の鍵じゃないと、認識していた。
若干金色がかったその鍵は、まだ新しく見えた。
だが、今それを思い出してみると、いろいろとおかしい。
まず、トーマの様子からわかるのは、実家の鍵ではないこと。
そして鍵が新しいということから、鍵を作ったとかそんなとこだろう。
別の奴の家の鍵。
そして家に帰らない。
隠しごと、様子の変化。
「年齢からして、別におかしいことじゃないし、異性や家族に隠したっておかしくもない」
だからジト目で俺を見てくるのはやめてくれ、トーマ。
「アイツが、恋……?」
「その反応が嫌だから言わないんだろう」
「……誰と」
「そんなこと俺に聞かれても――あ」
繋がった。
繋がってしまった、一つの答え。
だがこれは、あっちゃいけないことだったのかもしれない……。
「どうした?」
そう聞いてくるトーマに、俺は苦笑いを向けて、言う。
「もしかしてその、敵対してるチームの奴と、恋愛してんじゃないか……と」
そしてそれは白蛇にとって、大きな弱みになることなんじゃないだろうか?
トーマの顔が、いきなり真顔になった。
これはマズイ。
「トーマ、あくまで推測だ、落ち着け、竹原叶香の恋愛事情は知らないが、それと敵対するチームは関係ない可能性だってあるわけだし、もしかしたら逆に単独で仕掛けている可能性だってあるわけで、それにまだ依頼になってないんだろ?」
「叶香が仕掛けてんなら鍵なんて奪還する必要ねーはずだろ」
ダメだ、完全に疑ってかかってる。
これはいっそ本当のことを調べた方がいいのかもしれない。
そして調べるスペシャリストを、俺たちは知っている。
「雷知に頼んで調べてもらおうじゃないか」
そう言って俺は、若干ひきつった笑みをトーマに向けた。
BOMBに戻った俺たちは、真っ先にレインのもとへ行った。
「……何よ?」
そう言うレインをガン見している、トーマ。
いつもと違うその態度に、レインも気付いた……と言うより、気になっていたようだ。
報酬も貰い、依頼人も帰って行ったところで、トーマはようやく口を開いた。
「依頼したいことがある」
「……BOMBに?」
コクリと頷いたトーマは、もう依頼を決意したらしい。
俺は見守るまでだ。
「うーん……」
レインが腕を組んで考える。
「オススメは出来ないのよねぇ……」
「なんでだよ?」
トーマが不満そうに言う。
なんとなく、レインの言いたい事はわかる。
トーマは気付いてないのか……。
「何のためにこっちは偽名で依頼人に本名名乗らせてると思ってんのよ?ただの決まりじゃない、意味があるでしょう?」
そう、実際には俺たちの名前は偽名とは言えないかもしれないが、ここの形式上は偽名。
単に本名と漢字が違うだけであって、偽名とは言いがたいが、雷知やマサルはきっと偽名。
そしてプライベートは詮索厳禁、個人的に雷知を頼るのはアウト。
だからといってBOMBを通じて頼もうとすると、こちら側のプライベートで依頼することになる。
ただしそれはBOMBのメンバーとしてのプライベートということになるから、禁止事項に引っかかる。
つまり、俺たち2人じゃ頼めない。
「つまりは、BOMBのメンバーが依頼人にならなければいいの。わかる?」
「別の奴に依頼人を変わってもらえと?」
「そういうことになるわね」
はぁ、と1つ、ため息をつくレイン。
「とりあえず、あんたたち2人じゃなきゃ何も言わないわ。誰でもいいから連れて来ちゃいなさい」
テキトーだなオイ。
そう言われたところで、俺の知ってるトーマの知り合いといえば、家族と白蛇の仲間くらいだ。
でもその両方に関わる事を調べるわけだから、ヘタに頼めない。
トーマにアテがあるのだろうか?
そう考えてトーマに向いた時。
「わかった、連れてくる」
普通の顔でそう言った。
悩むも何もなく、すんなり決まったようだ。
トーマ、アテがちゃんとあったのか。
……どっかの知らないネーチャンじゃない事を祈る。
そんな、まるで父親のような感情を抱きながらも、今日の仕事は終了。
帰ってから占いまで少し時間があるから寝るかな、なんて考えながら、途中までトーマと帰る。
「なぁ威鶴」
「どうした?」
「お前……依鶴さんの家の方向と、同じだよな」
この時俺は、トーマも侮れないな、なんて考えていた。
そういやコイツ、風邪の時に家来てたんだった。
今更になって思い出す。
思えばあの日を境に色々と変化があった。
まず、依鶴と出会った事から始まり、家を知られ、昼の仕事場を知られ、過去を知られ──そして未来ではなぜかトーマの実家に行くことになっている。
何がどうなってそうなるのかはわからないが、確実な事は1つ。
依鶴と透眞が出会ってから、確実に、少しずつでも、俺たちに変化が起きている。
――…
――――…
「……威鶴?」
「……あぁ、実家が遠いからな、BOMBの仕事後は大体あいつん家で休んでんだよ」
「……。……そう、か。だから、風邪ん時お前から連絡来たのか」
「そうそう」
怖ぇ、マジ怖ぇ。
嘘って見抜かれそうで嫌いなんだよな。
でも、さすがに人格が3つあるなんて言えないからな……。
うーん……トーマの悩むような声がなぜか聞こえる。
怖いから悩むな、変に焦らさないでほしい。
「威鶴」
「なんだ?」
そして、最悪な事態になった。
「俺も行く」
「……は?」
「俺も依鶴さん家行く」
──あぁ、なんてことだ。
俺は一瞬、目の前が真っ白になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます