第五章
ぬくもり
──ある依頼ついでに、俺はこの男を拾ってしまった──
『こんな所で、なにしてるんだ?』
『……』
『こんな冬に、そんな薄着で、寒くないか?』
『……』
『……ッ。……。──捨てられたか?逃げてきたか?』
『……なんだテメー』
『帰る家、ないのか?』
『関係、ねーだろ……』
『……。拾ってやろうか?』
『……何のつもりだ』
『気まぐれだ。死にたいなら別だが』
『……』
『お前には、未来がある』
『……何を』
『その未来、俺にくれよ』
『……どういうつもりだ?』
『役に立つ事、してみないか?』
『面倒くせぇ』
『未来、変えたくないか?』
『……』
『素直じゃないな』
『うるせぇ奴』
『俺に未来を変える力があるとしたら、どうする?』
『……』
『お前の未来を、変えてやる』
『未来を変えたければ、この手を掴め』
躊躇いつつも、しっかりと
──この手は握られた。
『お前、名前は?』
『……竹原、透眞』
『わかった、トーマ。
今日から竹原の名を捨てろ。
過去を捨てろ。
お前は今日から、俺と共に、新しいスタートを切るんだ』
『俺は威鶴、BOMBという裏組織のメンバーだ。……付いて来い』
気紛れに、その男の過去を見た。
暴れることしか能がない。
その裏で本心を隠している。
逃げ場が必要だと悟った。
だから拾った。
アイツを拾った。
あれから三年、お前はまだ、向き合えていない。
あれから五年、俺もまた、向き合えていない。
対象する人物は違えど、俺たちは似た者同士なんだろう。
「うらない、するの?」
午後2時少し前、いつもの占い師スタイルで、その場に座ってお客を待っていた。
「うらないのとこ、でしょ?」
「……」
「むらさきのおねーちゃん、みらいわかるんでしょ?」
「……」
「ねぇ、リオンのママ、さがして」
──だからなぜ迷子が来る?
前回の事件に引き続き、今回は本格的な『子供の』迷子が現れた。
なぜ占いを頼ろうとする?
はぁ、ため息が出る。
じー、その女の子を見ると、泣いたりはしていない。
……迷子に慣れているのかな?
正直、子供には慣れていない。
子供は、少し正直すぎて、怖い。
『魔女』
その記憶が強いからだ。
こういう場合は、どうすればいいのだろうか。
困り、ふと子供から視線をそらすと、別の視線と交わった。
そのまま数秒、理解を求めて思考がさまよう。
だって、ねぇ、なぜ?
「よー、依鶴さん」
「……透眞、さん?」
なぜ、この場所に──トーマがいるんだろう?
目を疑った。
なぜ……と考えた所で、以前姉の遥香さんをここで占った事を思い出す。
教えたのだろうか?
そうに違いないか。
少しの緊張と、少し焦り。
そしてなぜだか、羞恥までもが襲ってくる。
『また、な』
あの風邪の日に言われた別れの言葉を思い出した。
もしかしたらあの時から来ようと考えていたのかもしれない。
「驚かせちゃいました?」
「……えぇ、とても」
でも、考える。
タイミング、いいんじゃない?
「透眞さん、ちょっと頼みたいことがあるんですけど」
「はい?」
「この子、ウチの迷子センターに連れて行ってくださいませんか?私ここを離れられなくて」
そう、トーマに押し付け……違う違う、託してあげよう。
じ……っとその女の子を見つめるトーマ。
女の子もじ……っとトーマを見つめる。
「お兄ちゃん」
「なんだ」
変な緊張が流れる。
──そして
「お兄ちゃん、おかおがゴクアクだね」
ピシッ……空気が固まった。
冷気がどこからか流れ込む。
いや、この冷気を発しているのは、恐らく……。
トーマを見ると、俯いたまま固まっている。
そりゃそうなるよね、こんな子供に極悪顔なんて言われたら……。
そして彼の背中から冷気が流れ出ている。
……怖い。
しかしそうさせた当の本人は気付いていないようで、首を傾げて「もっとゴクアクになった」なんて言っている。
この子は将来大物になることだろう。
そしてトーマ。
彼は子供に顔を向けて──無理矢理作ったであろう笑顔を必死に向けていた。
「お兄ちゃんこわーい」
怖がっている様子は一切ないくせにそんなことを言う女の子。
一体この子はなにがしたいのか。
私には謎すぎる。
「……兄ちゃんと一緒に、マイゴセンタ一行くぞ」
「……行ってあげるー」
そうニッコリ笑ったトーマ。
トーマ、偉い。
強くなったね。
私なら危うく殴ってるよ。
そして2人が迷子センターに向かうのを見送って数分後、無事に迷子のお知らせが放送された。
とりあえずは一安心。
さらに数分後、トーマは私の所に戻って来た。
「占い、したいんですか?」
「いや、別に」
それなら、どうしてずっとここに居るんだろう?
トーマが来てから10分経過、彼は一体何がしたいのか、よくわからない。
占いの机にもたれて、ただ天井を見つめている。
なんというか、気まずい。
「あ、風邪のことなら、無事に回復しましたので……。先日はありがとうございました」
「別に。俺も依鶴さんに会えたし、気にしなくていい」
ならなぜここにいる。
1つまた小さく溜め息を吐く。
居るのはいいけど、正直客が寄ってこない。
トーマが怖いんだろう。
普段から目つきが鋭いから……。
「依鶴さんは」
ふと声をかけてきた、トーマ。
……どうした?
少し言いにくそうに、私に聞いてきた。
「依鶴さんは、俺のこと……怖くないのか?」
そう言ってちらり、私を見る。
でもすぐに視線を外して、遠くの天井へ向ける。
もしかして、それを聞きに来た、のかな?
トーマはよくわからない。
トーマへの気持ちも、よくわからない。
でも1つだけ、私の中でこれは絶対だと言える感情がある。
「透眞さんは、怖くないです」
威鶴との仕事を、ずっと見て来た。
「優しいです」
不器用な優しさ。
遅刻するし、ロも悪くて、手も速いけど。
「私のこと……初対面だったのに、看病してくれたじゃないですか」
「あれは威鶴からメールが来て……」
「心配、してくれたじゃないですか」
こんなに優しいのに、怖いわけがない。
「私の過去、聞いてくれました」
私の歪んだ過去。
少し嘘……というか、言っていない部分もあるけれど、初めて過去を誰かに話した。
『俺はお前を独りにしない』
そう言ってくれた言葉に救われた。
一度人の優しさに触れると、それを手離すことは、とても怖い。
だから、そう言ってもらえた時、とても安心した。
『離れる気はない』
そう言ってもらえたみたいで、ただただ、嬉しかった。
「あの日、ありがとうございました」
そう彼に笑いかけると、トーマは少し照れていた。
トーマはようやく、もたれていた体を起こして、私に向いた。
今度はどうした?
「お前の中で俺がそう見えるなら、それでいいか」
そう言ってまた、甘く笑う。
──だから、なんでそう女に対しては甘い顔をするんだ!!
私まで照れてしまう。
透眞は本当、よくわからない。
「また来ます」
そう言って背中を向けて行ってしまったトーマ。
何しに来たんだろう?
そう疑問に思うも、私の口角は不思議と上がり、心は満たされていた。
「お待ちしています」
そう言ったのは、接客の癖か、本心か。
自分の心なのに、よくわからなかった。
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