指名依頼

『トーマ指名で依頼人が来た。でも紹介カードに記名がない。すぐBOMBに来て確認しろ』




遥香と会った3日後、そんなメールが威鶴から来た。




俺指名で無記名の紹介カードっつったら、遥香しか思い当たらねぇ。


でもなんで遥香が?


さっそく困ったことでもあったのか?


それとも会いに──って三日前会ったばっかじゃねぇか。




遥香の思考に考えを巡らせながら支度し、BOMBへ向かった。






しかし、待っていたのは遥香じゃなかった。


BOMBに到着し、俺はその依頼人らしき女と目が合った。




奴は俺を見てニヤリと笑い、そして。




「トーマ」


「おまっ、なんでここに」


「死にさらせ!!」




叫びながら俺に向かって走り出した。






──ヤバい、コレは!!


気付いた時にはもう遅く、ソイツの蹴りをかわすことに必死だった。




連続で俺の顔面目掛けた足技、少しでも状態が崩れそうになれば、その隙を見逃さず、軸足目掛けて回し蹴り。


さらにそれを跳びかわし、逃げる隙を探す。


俺が教えた足技は健在らしい。




とすると、あの必殺攻撃を出すのも時間の問題だ。


早いとこ逃げるか止めるかしないと、本当に俺が死ぬ。




しかもこんな、仕事場の目立つ所でなんてゴメンだ!




「やめろバカ!」


「嫌だねっ」


その時足の蹴りに集中していた俺は、いきなりパンチが飛んできたことに驚き、頭をよけ、バランスをとるために数歩下がりバランスを取るのに足を開いた。




それを待っていた奴は、俺に渾身の一撃を打った。






「社会的に死にさらせバカ兄貴ー!!」






その蹴りは、痴漢対策に俺が教えた通り、股間にクリティカルヒットした。


あまりの衝撃に、バタン、崩れ落ちた体。


痛すぎて、動けねぇ。




「……テメ、かな、か」


「フン、バカにはお似合いだ、その姿」




BOMBに凄まじい印象を植え付けた、竹原叶香という女……我が妹である。




中学のセーラ一服に身を包んでいるその姿からは想像出来ないほど強く、一見普通の女だ。


そして母親に似て顔の造りは可愛い系。




性格は、ほぼ俺だ。


「満足か?」



冷静に、叶香に問い掛けた声。


威鶴、てめぇ、助けやがれ。




「はい、満足です。お騒がせしました」




俺には向けない爽やかな笑顔を威鶴に向ける。


すると威鶴も笑った。




「そうか」




俺を見下ろして。




「いづ、る……知ってて、呼びやがったな」


「当然だ」




この一ヶ月で学んだ。


この男、実に性格が悪い。


こんな女顔しといて信じらんねぇ。




「はい、ペン。いいからさっさとここにサイン書いてくんない?」




そう言われて差し出されたのは、遥香にやった紹介カードだった。


なんで叶香が持ってんだよ。




しかもそこにはすでに『竹原叶香』と記名してある。




「お前、なんでカード持ってんだよ」


「遥香がくれた。だから嘲笑いに来てやったのよ。ほらサッサと書いて」


少しだけ痛みが引いて来た俺は、仕方なくペンを持ち、ヨレヨレなサインを書いた。




「ヨレっちいんだけど」


「お前のせいで力入んねぇんだよ!」


「まぁサインには変わりないか。威鶴さん、コレよろしくお願いします」




ニコッ


俺には見せることのない笑みを威鶴に向ける叶香。




イラッ。


兄としてのプライドが傷ついた。




「威鶴テメェ後で覚えてろ」


「八つ当たりなら他あたれ」




どいつもこいつも冷てぇ奴ばっかだな。




ようやく痛みが引き、立ち上がる。


必殺技を兄貴に使うなっつんだよ。




「で、叶香は何しに来たんだ?蹴りに来たのか?」


「アンタが、困った事があったら来いって言ったんでしょ?」


「遥香にな」




それがどうしてこうなった──あ?




「困ってんのか?」


「バカボケクズしねクソ兄貴。威鶴さ~ん、お願いしますね」




……。


で、俺たちはようやく個室に通され、依頼内容とやらを聞いた。




「ボディーガード、お願いしたいんだけど」


「は?」




叶香の言葉に、正直『お前ヘタしたら俺より強ぇだろ』と思った。


つーか、実際さっき俺を倒しただろ。




「お前はもう、一人でヤれる。俺が保証する」


「違う、遥香に。お姉ちゃんにボディーガード付けてほしいの」


「は?遥香?」




ならなぜお前がここに来た?


でも、それより。




「遥香がどうかしたのか?」




遥香は母親に似て、俺たちみたいに喧嘩や危ないことはしない。


だから叶香のように痴漢対策は伝授していない。


普通の姉貴だ。


だから母親の次に危ない。




ちなみに母親は論外。


アレは何かあっても怖くて動けなくなるタイプだ。


遥香は、反抗くらいするだろう。


しっかり者だ。




で、その遥香に何があったのか。




「遥香、気付いてないのか無視してるのか……いや、あれ多分気付いてない。ここ二週間くらいストーカーされてる」


「ストーカー?」




って、なんで遥香は気付いてなくて叶香が気付いてんだ?




「詳しくお願いします」




レインがそう聞く。




「危険性は?」


「今のところはないけど……接触して来たりしたらどうなるかわからないし、でも何もしてきてないからあたしが殴りに行くわけにもいかなくて」


「そういうことか」




遥香が知ったら動揺するだろう。


なにもしてこないから誤解があるかもしれないし、変に心配させたくない。


それでも叶香は心配なんだろう。




「なにしたらいいかわからないし、だったらトーマに押し付けようと思って」


「オイ」




これは押し付けられてるのか。




「とにかくこの状況をどうにかしてほしいの。遥香に何か起こる前に」


「わかりました」




答えたのは、威鶴だった。




「まずその男の情報を集めて、その後接触。何かありそうならこちらで対処します」


「は、はい」




さすが威鶴、慣れてる。


「そうね。情報は別のペアに頼んでおくわ。安全性を探すだけなら1日で出来るから。威鶴たちは人物特定、最終接触をお願い」


「はい」


「おーよ」




不安そうな叶香の顔に、笑顔が戻った。




「頼もしいです」




こうして俺たちは叶香の初依頼を受けた。






依頼の結果、そのストーカー(仮)男は『渡したいものがあるけど渡せない』、というただのヘタレな男だったわけだ。


ちょっとしたカツアゲから助けてもらったお礼がしたかったらしい。




──叶香に。




当の叶香は覚えていなかった。


特徴のない男だったからだろう。




対する叶香は常に胸元に十字架のネックレスを付けている。


それは遥香からの誕生日プレゼントで、叶香の名前にちなんで 『叶』→『十字架』を選んだらしい。




その十字架を男は覚えていたらしい。


でも顔はともかく態度が怖い叶香に近付くことができなくて悶々としていた。


ちなみに叶香は、いつも家の近くで見るから遥香のストーカーだと思ったらしい。


叶香らしいっちゃ叶香らしい、小さな事件だった。


そんな依頼も、過去もすべて、遠い俺の記憶の中。


小さいことは忘れた。


ガキの頃なんてもうほとんど覚えてねぇ。






でも俺は、忘れないだろう。






『未来を変えたければ、この手を掴め』




俺がこの男と出会ったあの日を。


俺の人生をガラリと変えた、恩人の男のことを。






あの日の未来が、今であることを。




そしてまた、未来が大きく変わっていくことを。

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