威鶴という男

何が起きてるのか、よく理解出来ていなかった。


気付けばボム?っつーとこの事務所に連れて行かれてた。




「レイン!」


「え、あら、威鶴?──あら」




女は俺を見ると、上から下までじっくり眺める。


品定めされてる気分だ。




「使えるか?」


「これはなかなか。そうね、一件見ただけでも体力と腕力、脚力がすごいわ。足止め役にはピッタリ」




足止め?




「コイツのパートナーにさせてくれ」




そう言った威鶴という男に、俺はこの男を見下ろす。


低い身長、女みたいな弱そうな体型。




それよりまず、ここどこだ?


まぁ金が貰えるなら細かいことはいいか。


どうせそのうちわかる。




「パートナーって、ラテはどうするのよ?」


「最近アピールが酷くて依頼に集中出来ない。いい機会だから離してくれ」




よくわからない。


「って言われても、ラテにも話さないと」


「呼ぶ」




そう言うと、ケータイを取り出した。




「え、今!?」


「俺は一刻も早く、あの女と解散したいんだ」




どんだけ嫌ってんだ……。















数十分待たされた部屋に、一人の女が連れ込まれた。




「威鶴さんっ」




一見大人しく見えるその女は、来てまっ先に威鶴のもとへ行き、そいつの頬に手のひらを当て固定すると顔を近付ける。


しかし慣れているのか、おそらくキスしようとしただろうその女の額に手を当て、阻んだ。




「離れろ」


「もう、いつになったら堕ちてくれるの?」




威鶴の隣に座るその女は、俺のことを全く見ることがなかった。


故意に見ようとしないのか、見えてないのか?


どうでもいいけど、確かにこの女とは一刻も早く離れたい理由は理解出来た。


そう時間も経たないうちに、さっきのレインという女も部屋に入ってきた。




「さて、ラテ。あなたを呼んだ理由、あと新入り、アンタの今後の話もするわ」




今後、か。




ラテを待っている間、この威鶴という男にこの機関『BOMB』の話を詳しく説明された。


ここは裏の仕事というやつで、とにかくこのレインという女に会わせるまでは話せなかったそうだ。




ここでは二人一組が原則。


威鶴は戦闘に向いていない。


そのパートナー、つまりこのラテとかいう女もまた戦闘向きではないらしい。


となると、いつもどうしているかというと、リーダー格の奴を先に気絶させて逃げているらしい。




体力がないから全員相手はムリ。


だから基本的には危険の少ないものにしてるけれど……仕事の幅は狭い、らしい。


っつわれても、全然わかんねぇ。


わかってることは、とりあえず俺は運良くこの男に拾われたってことくらいだ。




「威鶴、BOMBの話はしてくれた?」


「はい。細かい所まではまだですが、大体」


「そうね。体で覚えてもらうのが一番手っ取り早いわ。じゃ、ラテから話すけれど」


「はい」




俺は眼中にないくせに、この女は認識すんのか。


それとも無視か?あ?




そんな俺の心境も知らず、レインという女は告げた。




「ラテ、威鶴は解散。ラテのパートナーについては後日紹介するわ。威鶴のパートナーはそこにいる──」


「待ってください!」


「なに?」


「いきなり解散って、どういうことですか!?」




ラテと呼ばれた女は、レインの言葉に食いついた。


それにレインはため息をついてから話す。




「威鶴は今日まで隠していたし、確信的なことはなかったから今まではスルーしていたけれど、その必要がなくなったのよ」


レインは俺に向いて言う。




「彼は新人くん。登録はまだだけれど、威鶴は彼とパートナーを組むことを申請してきたわ」


「な、なんですって?」


「あなたのそのスキンシップは依頼を進めるにあたって障害になり得る。それなら引き離して別々に依頼遂行に励んでもらうのが一番よね?」




ニヤリ、レインは笑った。


そしてラテという女は俺を睨む……が、視線を逸らす。


俺の顔のせいだな。




「解散するなら私はここにいる意味はないです!威鶴さんが好きなの!」


「ムリだ」




だ、大胆告白しやがった。


しかも即振りやがった。




さらに追い討ちをかけるように。




「解雇ね」





ニコリと笑ったレインがそう言い、ラテという女は追い出され、そして俺がここ『BOMB』に入った。


威鶴という男は、不思議な奴だった。




真面目そうな顔して大雑把。


男なのに女のように弱く、女のように扱おうとすれば男らしい。


なにより、力は俺より弱いくせに、戦闘には無駄がなく、ある意味俺より強いのかもしれない。




だって人間の弱点を知り尽くしてる。


でも力があるわけじゃないから、人間以外には使えない。




そんで、変な特殊能力の持ち主。


こんな奴見たことねぇ。




冷たくてつまらない奴かと思えば、他人事にも首突っ込んだりするあったかい奴だし。




自然と信頼出来るようになった。















そして




「トーマ!」




BOMBに入って一ヶ月、俺は姉の遥香に会う決意をし、喫茶店に呼び出した。


他の家族とはまだ会えない、家にも帰らないという条件でも、遥香は了承してくれた。


喫茶店に入って来た遥香は俺の目の前に来ると、両手で俺の頬をビンタした。


いい音と共に、両頬に痛みが走る。


ピリピリとしびれた感覚、そして──ぎゅっと温かいものに包まれた。


遥香に抱きつかれたということに気付いたのは、「バカ……」と耳元で言われた時だった。




久しぶりに会った遥香に、目が潤みそうになる。


最悪な形で家出をして来たのに、俺を嫌ってもおかしくないのに、なんで抱き締めてくるんだよ。




「遥香」


「……」


「座れよ」




ぐすっ、聞こえた音に、俺の心臓が跳ね上がる。


泣いて、る?のか?


途端に俺は焦り出す。




だって女を鳴かせることはあっても泣かせた事はない。


勝手に泣き出す奴を見ていても何とも思わないが、泣かせたとなると焦る。


だってこの涙は俺のせいだってわかってるんだ。


「は、遥香」


「バカ。大バカ。みんな心配させといて、全く連絡よこさないで」


「あんなことしといて帰れるわけないだろ」


「しなければよかったのよ」


「過去は戻らないだろ。いいから座れよ」




遥香はようやく落ち着いたらしく、向かいの席に座る。


話さなきゃいけないことがある。


誰よりも話しやすい遥香にしか、今は決心がつかない。


それでも伝えたいことだけは、伝えられるだろう。



言いたいことがあるのはわかる。


しかもなんでドサクサに紛れて俺の彼女事情を探ろうとしてんだ。


しかも捨て犬みたく『拾う』とか言いやがって。




でも、そうだな。


俺は拾われたんだろう。




「通りすがりの男が仕事紹介してくれて、部屋も用意してくれた」




勧誘、とは少し違ったな。



あの出会いは本当、不思議だった。




「遥香」


「なに?」


「困ったこととかあったら、紹介カード持ってここに来い。依頼として引き受ける」




○印をつけた地図と、紹介カードを渡した。


「依頼?それがトーマのお仕事なの?」


「あぁ」




細かいことは、言えない。


裏の仕事なんて、よく思われるわけがない。


だからこそ、『裏』なんだ。

「トーマ、今どこに住んでるの?ちゃんとやってるの?拾ってもらえたの?それとも女の子の家とかにお世話になってるの?彼女とかは?いるの?いるなら安心だけど格好つかないよ?それより学校は?行ってないでしょう?退学に──」


「なげーよ」




終わる予感がしない言葉の羅列を制した。


言いたいことがあるのはわかる。


しかもなんでドサクサに紛れて俺の彼女事情を探ろうとしてんだ。


しかも捨て犬みたく『拾う』とか言いやがって。




でも、そうだな。


俺は拾われたんだろう。




「通りすがりの男が仕事紹介してくれて、部屋も用意してくれた」




勧誘、とは少し違ったな。



あの出会いは本当、不思議だった。




「遥香」


「なに?」


「困ったこととかあったら、紹介カード持ってここに来い。依頼として引き受ける」




○印をつけた地図と、紹介カードを渡した。


「依頼?それがトーマのお仕事なの?」


「あぁ」




細かいことは、言えない。


裏の仕事なんて、よく思われるわけがない。


だからこそ、『裏』なんだ。


「わかった。ありがとう」




遥香はそう言って受け取った。




「あと、女はいねーし、学校はやめる」


「中退するの?」


「これ以上迷惑かけらんねぇ」


「……そう」




後の気持ちを察してくれたのか、遥香はそれ以上は言わなかった。






それから俺は、家出してから今日まで何があったかを話した。


仕事内容は、ごまかした。




一通り話も終わると、遥香が手洗いに立った。


そのスキに俺は、これまでBOMBの依頼で貯めた報酬を必要分以外全て、遥香の財布に突っ込んだ。


遥香はレジでそれに気付いて返すと言ってきたけれど、俺はシラをきった。




外へ出れば空はオレンジ、今日は依頼は来ていない。


帰り道、そういや紹介カードに名前書けとか言われたっけ?と思い出すが、時すでに遅し。


もう渡しちまったし、来た時でいいや。






と思った俺がバカだったんだろう。

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