家出
「と、透眞……」
「あ?」
「ひっ!!」
あからさまに怖がる母親、うぜぇ。
俺は何もしてねぇし、第一お前が産んだんだろ?
満たされた気持ちが吹き飛ぶ。
「あ、あの、学校……」
「チッ」
「い、あ、その、呼び出されたのよ……。ちゃんと行って」
「うぜぇ」
「……」
悲しみに満ちた顔で、怯えて、逃げて行った。
でもいつも黙っているはずの親父がこの日初めて俺に口出した。
「お前はそろそろそのダラシナイ生活をやめろ。まだ続けるなら出ていけ。目障りだ」
暴れてから、出て行ってやったさ。
親父の望むように。
両親とも俺のことを何もわかっていないと、ムカついた。
でも、俺もわかってなかったんだ、両親が何を考えているかなんて。
その足で俺は、直接白蛇の溜まり場へ向かった。
中央にある一人掛けソファーは、メンバー全員で金を集めてプレゼントされたもの。
今更ながらに、このソファーの意味を考えた。
これも、慕っているから、だろうか?
それとも、形だけか?
チッ、イライラしてる時に考えたら、ヒネくれた考えになる。
考えを放棄した。
「トーマさん……?」
「あ?」
メンバーの一人が話しかけてきた。
割と下っ端だった気がする。
つーか、今日に限っていつもよく話してる奴らがいねぇ。
さらにイラつく。
「何か、ありましたか?」
「何が」
「ご機嫌がよろしくないように見えるんですけど……」
たぶんコイツは、メンバーを代表して俺に話しかけてきたんだろう。
運が悪かったな。
「テメーが機嫌とってくれんのか?」
「へ!?」
「さっき少し暴れて来たんだけどよ、足りねぇんだよな」
そう言って俺は、ソイツの胸ぐらを掴む。
観戦していたメンバーがざわめき始める。
今の俺にとっては、そのどれも煩わしい。
「死にはしねぇと思うが、どうする?相手してくれんのか?」
怯え、震え、恐怖に歯をガチガチと噛み鳴らす男。
そりゃそうだ、ただでさえ強面の俺が、隠すことなく怒りを現してんだ。
震えもするだろうよ。
こういう奴は相手になんねぇな。
敵ならぶちのめしてる。
でも生憎味方を痛みつける趣味はない。
パッと手を離してやるとそいつは地面に崩れ落ちた。
「トーマ!」
俺を呼んだ奴に向くと、初期メンバーの年上の奴だった。
「喧嘩は外でやってくれ。仲間は傷付けんな」
兄貴的な存在。
誰かが呼び出したのか、ちょうど来たのかはわからないが、今ここで俺を止められる唯一の奴だからか、全員が安堵している。
「心配しなくてもここじゃ暴れねぇよ。俺より強い奴もいねぇしな」
この場所自体、俺に負けた奴らが集まってんだ、俺より上はいない。
「互角くらいならいんじゃねーの?」
「あ?」
「俺だって他の奴だって、強くなってんだ。俺なんて初期メンだろ?もうずっとお前と戦ってねぇし、そりゃお前は本当に強いけど、今じゃどうなのか──」
「ヤるか?」
何もかもが、イラつく。
「……悪い、俺も言い過ぎたな。そういうことじゃなくて、とりあえず今は落ち着けよ」
「イラついてんだ。抑えられたら最初からこんなんなってねぇよ」
怒ってる時っつーのは、どうしてこんなにも自分が抑えられなくなるんだ?
沸々と暴れたい衝動が湧き上がってくる。
「トーマ」
「失せろ。いつ俺がキレんのか、俺にもわからねぇんだ」
「だとしても──」
その時、その男の、もっと奥の方から、また俺は呼ばれた。
「トーマさんっ!!」
その声は、そう、恐らく白蛇の中で俺が最も信頼し、きっと唯一このイラつきを止められるであろう……トモの、声だった。
あんなに奥から叫んで来るということは、誰かが呼び出したんだろう。
走って俺の所まで来たトモは、俺の前に来て……ヘラヘラと、得意の笑顔を見せてきた。
その顔を見て少し、冷静になる。
「何かあったんすか?トーマさん」
「家出した」
その俺の答えに、全員が声を合わせて『は!?』と驚きを示した。
俺自身は、『あれ、なんで俺、トモには話せるんだ?』と、驚く。
「家出っすかー。青春の思い出っすね」
「そんな可愛いもんじゃねーよ」
メチャクチャに暴れて、あの家を出て来た。
もう帰ることすら許されない気がする。
「家出なんて、急っすね」
「親父にキレてきた。家ん中メチャクチャにして来ちまったからもう帰れねぇ」
『うわぁー』という声が遠くから聞こえる。
容赦なく暴れて来たことが伝わったらしい。
「どうするんすか?これから」
「なんも考えてねぇよ」
「家来ますか?」
「いや、いい」
ここで俺はようやく通常思考に戻ったことに気付いた。
遠くでメンバーが、ペンギンの群れの如く塊になって、俺たちを見ていることに気付いた。
あぁ、やっちまったな。
俺は一つの覚悟を決めて、トモに向く。
「トモ」
「なんすか?」
「白蛇、お前にやるよ」
笑顔だったトモの顔が、だんだんと真顔になる。
他の奴らも、驚いている。
「なに、言ってんすか?」
「このままじゃ俺は、お前らに何するかわからねぇし、しばらく一人になりてぇ」
考える時間がほしい。
子供の家出だからってすぐ帰る気もねぇし、この場所じゃいつ暴れるか自分でもわからねぇし、心配かける。
ならいっそ、誰も俺を知らない所にでも行っちまおうか。
中途半端な気持ちじゃ、守るべきものも守れねぇだろ。
「白蛇、このままチームでいるのも解散も任せる」
「トーマさん本気っすか?」
「もともと俺はチームを作ったわけじゃない。勝手に出来て、そのTOPになってた。やめるのもアリだし、お前らに俺の決めた事に反対する権利はない」
「……」
「ここでは俺がルールだ。後はトモに任せる」
トモの肩を叩いて、出口へと向かう。
マジこれからどうするか、何も考えてねぇ。
「じゃーな」
珍しく静まるその場所に、本当はあと少し居たかったその場所に、別れを告げた。
電車に乗って、適当な駅で降りる。
とにかくあの街から離れなきゃ、自分の気持ちが揺らぐ。
ケータイの電源を切り、駅の端で考える。
バイト、っつっても未成年だし。
とりあえず金と家が必要。
家はまぁ、なんとかなるか。
金は……カツアゲするわけにもいかねぇしな。
はぁー……。
その時だった、アイツが来たのは。
『こんな所で、なにしてるんだ?』
それが、威鶴だった。
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