第四章



俺のこの身体に流れている血は、家族と同じ血だ。




母ちゃんの血。


遥香の血。


叶香の血。




そして、大嫌いな親父の血。


小供の頃から、俺はこの目付きのせいで色々と言われて来た。




『いじめっこ』


『鬼』


『いつも怒ってる』


『怖い』


『人一人殺した事あんじゃねーの?』




いい噂は、全くなかった。


実際それは相手が勝手に泣いたり、面倒で冷たく接したりした事に尾鰭胸鰭が付いて結果的に噂として広まったものだ。




次第に俺は荒れていった。




誰にもわかってもらえない。


噂がなんだってんだよ?


顔が怖ぇくらいで。




ついには上級生から生意気だと目を付けられ、俺は喧嘩を覚えた。






喧嘩に勝った時の快感を知ってしまった。






ひれ伏す6年を見下ろす小学4年。


涙を流す男の腕を軽く踏めば、その顔は許しを求める。




中学3年で既に部下ができ、名もないチームとして成り立っていた。


だから俺は、高校に入った時に、このチームを名付けた。






『白蛇』と。


俺の名前が『透眞』。


透明、純粋、まこと……漢字の意味は、どれも俺には似合わない。


それなら少しくらい濁っている方がいい。


毒もある。


牙も向く。


ニヤリと、狂気に満ちた笑みを向ける方がにあう。




──蛇だ。


白く濁った、決して透明でも普通色でもない蛇。


そうして白蛇と名付けたチームは、どんどん大きなチームになっていった。




もう、俺ですら止められないほどに。




基本は喧嘩を楽しむチームだった。


そのうち女が寄って来るようになり、女遊びにも手を出した。




楽しい、なのにイライラする。


毎日好き勝手やって、喧嘩に勝って、快感を得る。


それでもなにか足りない。


なんでだ?






なぜか、空っぽな気がしたんだ。




「なー、トモ」


「なんすか?トーマさん」




俺は、初期の頃から一緒にこのチームを作り上げてきたトモに、気紛れに今の気持ちを話した。




「空っぽだ」


「腹っすか?肉食いにでも行きます?」


「ちげーよ」




求めても求めても、手に入らない何か。




「満たされねんだよ。喧嘩しても女食っても」


「あぁ、心的なアレですか」


「女みてぇで嫌だ、その言い方」


「何言ってんすか、トーマさん。男にも心はあって、欲望があるんじゃないすか」




欲望、か。




「その欲望がなにか、わからねぇ」




トモは、紙パックのカフェオレをちゅーっと吸い込んだ。


リーダーが話してるっつーのに、なんだよそれ。




「トーマさん、『リア充爆発しろ』って言葉知ってますか?」


「あ?りあ?銃?爆釣?地雷か?」


「いやいや、『リアル充実してる奴よ、滅びろ』という、嫉妬の表現す。トーマさん今まさにそれ」




リアルってなんだよ、リアルって。


嫉妬だぁ?




「トーマさん、今幸せって感じますか?」


「いや、別に」


「それが答えっす。トーマさんに足りないもの」




『幸せ』が、足りない?


幸せなんて、考えたこともなかった。




「幸せってなんだよ」


「え?あー、まぁ人にもよるっすけど、単純な人ならなんか食ってるだけで幸せっす」


「そりゃお前だろ」


「あ、バレました?」




ニヤニヤ笑みを崩さないトモ。


こいつはいつも幸せそうだ。




「トーマさんはきっとそんなんじゃ足りないんす。とするときっと、物じゃないものが欲しいんすよ」


「なんだそりゃ?」




トモはさらに笑って言った。




「心とか信頼とか、好きな人とかじゃないっすかね」




それは、今までほとんど感じたことのなかったものだった。




「そんなもん、ムリだ」




だってほら、もう諦めている。




「でも女ならその辺にいる」


「そうじゃないんすよ、自分から好きにならなきゃ意味ないっす」


「自分から?」




俺が、人を信頼したり、好きになったり?


そんなもん、できねぇよ。




「いつ裏切るかもわからねぇ奴ばっかじゃねぇか」


「それそれ、その不信感とかネガティブシンキンが邪魔してんすよ!トーマさんはその辺の女じゃ満足出来ないんす!」




うわ、欲深い奴みたいに思われてんだな。


でも案外間違っちゃいねぇ。




疑い癖や諦め癖のせいで、人に深くは入り込まない。


全員同じ、特別はいない。




「性格っつーのは直らねぇよ」


「待つしかないんすかね、トーマさんを満足させられる奴が現れるのを。でも」


「でも?」


「—―絶対いるっす、トーマさんを満足させられる奴は。そんでいつか絶対出会えるんすよ」




すごく、バカらしく思った。


そんな根拠もねぇ予言。


それでも少しだけ、期待が胸を駆け巡った。




「実際ほら、俺らはみんなトーマさんを慕ってるっす」


「俺が強いから逆らえねんじゃねぇのか?」


「違うっす!トーマさん、強くて優しいじゃないっすか。憧れてんす。だからみんな白蛇に集まって来るんすよ」




納得するのに、時間がかかった。


『仲間になれ』と言ったわけじゃない。


売られた喧嘩にただひたすら勝って、いつの間にかグループになり、チームになった。


他人事のように見て来たが、実際それは俺を中心として成り立っている。




なんだ、そうだったのか。


俺は今更ながらに知る。




「お前ら、俺のこと慕ってたのか」


「えぇ!?い、今更っすか!?白蛇出来て何年経ってると……」


「そうだな、俺たちは仲間だったな」




初めてだった、自分が好かれていると自覚したのは。


好かれている、それは自信にも繋がった。


俺は、俺のままでもちゃんと、好かれている。


ちゃんと俺を見てくれている奴らがいる。




それだけで、満たされちまったじゃねーかよ。






でも、問題は家に帰ってから起きた。

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