合同捜査の終結

いつもより広い部屋。


マサルが居ない中、恒例の報告タイムが始まった。




「まずは威鶴、トーマ、雷知、そしてここには居ないけどマサル、お疲れ様。思っていたよりは早く片付いたわね」




そして恒例の質問。




「どうだった?」


「問題なく遂行しました」




その質問に、真っ先にそう答える俺。


感想を言う気もない。




「やっぱり威鶴はそうよね。トーマは?」


「暴れ足りねーな」


「暴れることが目的ではないものね」




もっともだ。




「雷知はどうだった?」


「そうですね、思っていたよりもすんなり場所が割り出せたのが少し残念です」


「早く済んでよかったわ」




全く、まともな感想を言う奴が一人もいないなんて。


被害者が眉間にしわを寄せてジト目で見てるぞ。




「今回被害を受けた方々も、無事で何よりです。それでは依頼人の渡辺春さん」


「はい?」


「こちらにサインをお願いします」


「あぁ、はい」




渡辺春は周りのだれが見てもご機嫌だとわかる顔で、依頼完了のサインをした。




「皆様の会員登録はすでに済んでいますので、また何かあればいつでもBOMBに足をお運びください」




そこでちょうどノックが鳴り、見送りの男が迎えにきた。




「出口までは彼に付いていってください。それではまたのお越しをお待ちしています」




そう言われた後、俺たちと雷知の膝で寝ている子以外はみんな席を外した。




「レインさん、この子どうします?」


「そのうち母親がくるわ。悪いけどもう少しそこで寝かせてあげて」


「了解です」




雷知は子供の頭をなでながらそう言った。


どうやら子供好きらしい。




「それで今回は依頼が二つ来たから、雷知とマサルの報酬がこれ」




その報酬金の封筒の厚みに俺とトーマは驚きを隠せなかった。




「プ・ラ・ス、予定期間を超過してるから追加分がこれ」




さらに上乗せされる封筒に俺たち二人は金額の推測を立てる。




「「は……!?」」




思わず、俺とトーマの声がハモってしまった。




報酬的にもすごいが、それを払っているのは依頼人だ。


しかも二人分と、それプラス俺達の分……うわ。




バイト組は苦笑いしか出来ない。




「バイト二人はぁ~、これね」




そう言われ差し出された封筒の厚みは、明らかに雷知たちの1度目に渡されていた分の、半分以下。




今、バイトと正規の差を感じた。


そして、レインが『してやったり』な顔をしている。


これはいつものアレが来るだろう。




「どう?威鶴、正規だとすごいでしょう?」


「……お断りします」


「今、揺らいだんじゃなぁい?」




ニヤリ、誘惑するように笑うレイン。


悪魔だ、この女まさかこの為に合同捜査させたんじゃ……。




「俺は揺らがない俺は揺らがない俺は揺らがない……」


「威鶴、ムリすんな」




そう言うトーマはもう諦めたのだろうか。




「やめろ、お前が正規になったら俺の時間まで増える」


「いや、大丈夫だ、大丈夫、全然気にならねーからな」


「チッ、しぶといわね」


「ここはあくまでバイトです。すみませんが変えるつもりはありません」




ここで正規になったら負けだ。


トーマがなぜバイトなのかは知らないが、俺は将来があるかわからないからだ。


つまり、『依鶴』がまた元に戻ったら、俺がいるこの場所は必要ないもの……むしろあっちゃいけないものになる。


昼も夜も働くなんて『依鶴』一人では不可能だ。


体力的にも、精神的にも。




これは二人居るからこそできる特殊な生活スタイルだからだ。




そうなれば必ず、『依鶴』は占いを選ぶだろう。


以前からずっと続けていたものだから。




だからこそ、俺はせめて、バイトで留まっている。


いつまで続けられるかはわからないが、早く辞められる状況になることを願って。




俺は、依鶴とは考え方が違う。


依鶴は元の『依鶴』に消されることを、吸収されることを、恐れている。


恐れて、自分から眠ることすら怖い。




だが俺はそうなることはいいことだと思っているから、出来れば早く吸収されたい。


俺たちが吸収された時、それが『依鶴』の心が回復した証だと考えているから。




昼間、鏡の向こうにいる『依鶴』が姿を現した、らしい。


俺も、こっちの依鶴も目を覚ました覚えがないからだ。


終わりが近付いている。


嬉しいような、寂しいような、終わりが。




その終わりのカギとなるものは、俺の中でなんとなく予想が付いている。


依鶴は気付いているだろうか……いや、依鶴は気付いていないかもしれない。




目の前にいるこの男が、本来の『依鶴』の再成に繋がるということに。




「威鶴、どうかしたか?」


「あぁ、いや、少しボーッとしてた」




トーマの声でスッと意識が現実に戻った。




少し暑いかもしれない。


熱がまた出て来たか。




そう思った時、いきなり扉が開かれれ全員の意識がそこに集中した。




「マサル?」




そう雷知が言った通り、そこにはマサルがいた。


少し息を切らしている所からして、急いで来たんだろう。




でも、なぜ?




「よかったー!間に合った!」




そう言ってフラフラと雷知の隣に行き、座った。




「今日は来ないんじゃなかったの?」




そう言うレインにも、予想外だったらしい。




「ちょ、待って、俺、……はぁ、めっちゃ走って来たから、ちょい、タンマ」




どんだけ全力疾走してきたんだ。




少しすると、ようやく息が整ってきたらしいマサルは、急に立ち上がる。




寝ている少女以外のこの場にいる全員が、その突然の行動にビビる。


そしてまた急に腰を90°に曲げてお辞儀をする、俺たちに向かって。




俺たちはそれを見て、まばたきを数度、返すことしか出来ない。


理解が出来ない。




「ありがとうございましたっ!」




そしていきなり礼を言われた。




「は?」




トーマは気の抜けたような声を出すが、言葉が思いつかない様子だ。


俺も言葉が出ない。




「威鶴とトーマがいなかったら、この依頼は片付かなかったし、こんな早くケリがつくこともなかった。やっぱお前らすげーよ!」




そう言われ、依頼人の渡辺春の未来を思い出す。


彼女が未来にいないと、あの時は淡々と告げていたが、本当は酷く怖かった。




それが自分の事だったら?


例えばトーマとか。




今ここで会っているのが、俺の人生で最後に見る姿だったとしたら。




俺は……依鶴はまた、壊れるかもしれない。


何よりそれは、依鶴が最も恐れる未来だから。




依鶴が自ら仮眠をとるほど、本当にあの時は焦っていた。


渡辺春の未来に彼女がいないことと、姉の過去で依鶴が消されていたこと。




それが重なった。




「威鶴」




マサルに名前を呼ばれ、またトリップしていたのかと気付く。




「今回で会えるの最後かもしれないんで、一応ちゃんとお別れしたかったんだ」




そのために、急いで戻って来たのか?




「トーマも。お前少し生意気だったけど」


「テメーに言われたかないな」


「でも少し楽しかったぜ。仲間救えて、よかったな」




にっこりと、純粋な笑顔を向けるマサル。




マサルは苦手だ。


でも──いい奴だと思った。


雷知もな。




ノックの後にガラリ、再び扉が開かれた。




「レミちゃん……?」




そうまっ先に声を出した女性。


この人はもしかして……。


そう思ったのは俺だけではないらしく、全員の視線が雷知の膝で寝ている子にそそがれた。




「お母様、ですね?」




レインのその言葉で確信となった。




「すみません、レミは一体……」




女の子は雷知に膝枕されて寝ている為に、机より下にいるため、見えないんだろう。


その上、マサルが雷知の隣に座ったことによって完全に姿が隠されている。




それに気付いたマサルは席を立ち、母親に子供の姿を見せる。




「レミ!」




そう言って近付いた母親は、レミちゃんの寝顔を見て微笑む。




「寝ていたの」




そっと頭を撫でてからレミちゃんを抱き上げた。




「ありがとうございました、本当にどう感謝したらいいのか……」




そう言ってお母さんは頭を下げた。




「いいえ、ご無事で何よりです。また何かあればここへいらしてください。いつでも力になりますから」




そう言ったレイン、そして俺たちを見回して、彼女は頭を下げた。




「ありがとうございました、お世話になりました」




そう言って、眠る娘を連れて帰って行った。




こうして、珍しく長引いた依頼は完了し、俺たちはBOMBを後にした。




いつも通りにトーマと別れ、俺はマンションに戻り、寝ることにする。


マサルと雷知は別の依頼があるらしく、BOMBに残った。




さて、今日こそは占い師の仕事に戻れるだろうか。






──その後再び38℃の熱が出て俺が苦しんでいたのは、誰にも言わない事にする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る