ひとりぼっち



私には母親がいて。


父親がいて。


8つ上の姉がいて。




他には何もなかった。




幼少時代から中学まで、この能力のせいで怯えられていたし、気味悪がられていた。


透眞にはまだ言えないから、『色々あって』と言葉を濁す。




学校では友達が出来なかった。


家では私を姉に押し付けてほとんど両親は外出。


姉は会えば優しかったけど、ご飯の時間以外は家に居なかった。


隠しているつもりがあったのかはわからないけれど、避けていたのは確か。




私はずっと独りだったけど、寂しいと思った事はなかった。


それが『当たり前』だったし、生きる事に苦はなかった。


独りに慣れていた。






そして両親は、私が16歳になると同時に、私を捨てたのだ。




両親は、私を家に置いたまま、突然消えた。




最初は何も気付かなかった。


両親はいつも帰って来ていなかったし、ただ偶然両親の部屋の隙間から見えた景色が、『空っぽ』だった。


私ごと、家を捨てて、消えた。




姉は社会人になっていたし、お金に困ることはないし、一人暮らしだった。




しかし私には、何もなかった。




姉の連絡先も知らず、両親も消え、高校にも友達はいない。


頼れるものは何一つない。


お金すら、今月の食費の、ほんの数万円しかなかった。




こんなんじゃ、いつか底を尽きる。


バイトをするにしても、学費までは稼げない。


なにより、すぐにバイト先が見つかるとも限らない。




──それなら、未来を考えるならいっそ、退学してしまおう。


迷いはなかった。


止める人も、誰もいなかった。


私には何もない。


私はひとり。




一人。


独り。


ヒトリ。




なぜか過去を思い出した。


楽しいとも、悲しいとも、何も感じない過去。


ただ一人、会った時だけでも優しい姉、目を合わさない両親。




怯えるクラスメイト、先生、近所の人。


誰も目を合わそうとしない。






──なぜ?


そこて初めて、思い出した。






いつの間にか、能力をコントロール出来ていた。


だからここ数年は誰の過去も未来も見ていないし、直接会う人の目の奥を見てそれを覗くから、自分の未来は映せない。


だから『見る能力』の事は完全に忘れていた。




散々人の過去を掻き乱しておいて、大人に近付くにつれて忘れていった。


でももし、この能力が今、役に立つのだとしたら?




未来の事は、わからない。


でも少なくとも今は、試す価値がある。


そして偽りの『占い師』になった。




誰に会っても気付かれないように、変装をして。


幸い、私の名前を知る人はいなかったから、そのまま本名で占い師になった。




『魔女』




みんな私をそう呼んでいたから、本名なんて覚えている人はいない。




魔女。


まじょ。


マジョ。




──私は、そんな万能なものですらないのに。






高校を辞めて、私が占い師になって2年が過ぎた頃。


それが人生最大の、私が壊れるほどの、出来事だった。




「ただいま」




そう言って突如帰ってきた姉。


その声に反応して、勝手に動いた体。


『私』を認識する、ただ一人の姉。


『私』に笑いかけてくれていた、ただ一人の姉。




なのに






「え、あなた誰?」


「……」


「なぜこの家に居るの?私のお父さんとお母さんは?どこにいるの?」


「ちづ──」




様子が、おかしい。




「勝手にこの家に入らないで、出て行って、それにお父さんとお母さんは?……それともまだ帰ってないのかしら」




私のことを──覚えていないかのように。






すると姉の後ろから見知らぬ男性が姿を現した。




「あれ、妹さん、かな?」




私に向かって、ポツリ、聞く。


「はい、妹の依鶴ですが」




そう答えたのに、姉は言う。




「ち、違うよ。こんな子知らない」


「千鶴?」


「それよりはやく、お父さんとお母さんに結婚の報告しなきゃ。ね?靴がないから今日はいない日だけど──あなたは早く出て行って」




キッと睨みつけてくる瞳。


あの頃には向けてこなかった、まっすぐな瞳。




無意識のうちに、その過去を探ってしまい、ある一点を見て、身が凍った。




一年前くらいに、千鶴は事故で入院。


頭を打っていた。




それ以前の記憶は、私の顔だけにモヤがかかっていた。


姉は、事故を境に、私を消去していた。




まるで後頭部を鈍器でなぐられたような衝撃が走り、次の瞬間には、私の意志ではない『何か』によって、走らされていた。


私の世界でただ1人、ただ1人だけ、私を認識していた姉が、私を消去した。




そのショックは私が思っていた以上に大きくて、苦しくて、逃げたくて、痛くて。


走っている体は熱くて、背筋が凍るほどに怖くて。




嫌だ


必要のない人間となったことが






そしてそれまでの自分の世界を壊した──。


公園のベンチ、気付けば空を見上げて、笑っていた。




「笑える。もう1人なんかじゃないぜ」


「笑えない。鏡の奥に閉じこもってしまった、私」


「……」




「眠らせとけ」


「いつか、目が覚めるまで、私が依鶴をする」


「……」




「俺はお前の嫌な所を引き受ける」


「あなたは、依鶴の怒りの部分?悲しみの部分?」


「……」




「俺は依鶴の我慢していた負の塊だ」


「私は、優と善、依鶴の偽者」


「……」




「それと本心、だろ」


「そう、ね」


「……」




──壊れた。


依鶴は3つに分裂した。




負・偽・無。




簡単に言えば、『多重人格障害』。


次第に辺りは、闇に包まれていく。


未来までもが、闇に包まれていく。




「オニ一サン」




ふと、声をかけられた。




「誰だ?」




髪がショートだからか、そう女に声をかけられた。


いや、人格も男だが。




「オニ一サンて、何か特技とかあったりしない?」




そう言って笑った女。


これがレインと、BOMBとの出会いになった。




「誰だ?」


「私はレイン。本名じゃないけど。今はあなたを勧誘中」


「……」


「訂正、抜け殻みたいになってるあなたに、裏の遊びを教えてあげようと思ってね」




そう言うレインを睨むように見るが、怯える気配はない。


「爆弾、落としていくの。精神的な爆弾。落とす度にあなたはスッキリする。依頼人は満足する。そういうお仕事」


「仕事?」


「そう、遊ぶお仕事。依頼人からの報酬が、あなたのお金になる」




──金、か。


住む所を出て来た俺は、家を探さなければいけない。


それはつまり──金が必要だということで。






「やる」






ちょうどいい。


それに憂さ晴らしにもなりそうだ。




「ついて来て」




そう言ったレインに付いて行き、俺はBOMBの──バイトとして、働くことになった。

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